第63話 交わるダンジョン
大阪ダンジョン・第四層。
荒野の中心で、異形の鬼の亡骸が放つ瘴気が、静かに霧散していく。
その亡骸を前に、漆黒の装束を纏った五人の影が、荒い息を整えていた。
彼らが身にまとうのは、伝統と革新が見事に融合した漆黒の装束。一見すると、上質な仕立てのスリーピース・スーツのようにも見えるが、よく見ればジャケットの代わりに羽織られているのは、狩衣の意匠を取り入れた特製の上着だった。
光を吸い込むような深い黒の生地は、現代的なシャープなラインを持ちながらも、袖はゆったりとした広袖で、どこか古の貴族を思わせる気品を漂わせていた。
その羽織の背縫い中央には、晴明桔梗をモチーフとしたKIRCSの紋が銀糸で刺繍されており、ダンジョン内の明かりに反射して輝いていた。
KIRCS――
平安の時代より朝廷に連なる、由緒正しき守護組織。彼らの言葉で門と呼ばれる異界の出入口の管理を担い、常世と現世の境界を千年にわたり守り続けてきた。
しかし今回の、予想を遥かに超えた世界規模のダンジョン・パンデミック発生に際しては対応が後手に回り、拠点である旧土御門邸のある京都市内の防衛で手一杯となっていた。
状況を打破すべく、そのKIRCS指折りの実戦部隊である菅原隊が、大阪ダンジョンの探索・調査任務の命を受け、攻略を進めていた。
「はぁ…はぁ…。まさかあの、茨木童子までが利用されているとは…」
副隊長・壬生 兼道が、ずれた眼鏡を押し上げながら苦々しげに呟く。すぐ隣では、双子の若手退魔師・橘 泰成と橘 道成が、やれやれといった様子で口を揃えた。
「“特級”の隊長と和歌さんがいなかったら、正直ここで詰んでましたね」
「うん、僕らだけだったら、初撃で魂ごとミンチにされてましたよ」
後方で一つに束ねた髪を揺らしながら、隊の主力である特級退魔師・祠堂 和歌が、袖の土埃を払い、口を開いた。
「ってか、ここ。これまでウチらが閉じてきた門、お役人の言葉やとダンジョンか。とにかくこれまでのダンジョンとは違いすぎるねん。
一層に屍鬼がおるのもやばいけど……地上の崩壊を見越しとったかのような三層の快適空間、そしてこの先へはくんなっちゅうくらいの、いかれた強さのボス。計画的やし、意図があからさますぎません?」
そう言って、和歌はその切れ長で涼やかな視線を隣へと向けた。その先にいるのは、白髪だらけの短髪と、左頬に刻まれた古傷が歴戦の風格を感じさせる隊長の菅原 崇雅だ。彼は、探査用の式神を次の階層、五階層への階段へと飛ばしながら、落ち着いた声で確認する。
「この場所は人為的に歪められた神域で間違いない。静佳の報告どおりやな。それに、神獣さんの力を利用しとるなら、こんだけの規模のもんが出現できたことも頷けるわな」
副隊長・壬生 兼道は険しい表情を浮かべ、低く言葉を継いだ。
「……それに加えて、封印されていたはずの妖までもが利用されていました。15年以上組織に所属している私でも、かつて封印されたという事実以外、その詳細を知らされていない存在です。人為的であれば、相当な知識を持つ存在の関与は否定できません。あるいは……内部からの裏切りという線も――」
だが、隊長・菅原 崇雅がその言葉を遮るように静かに言った。
「アホ。断定するにはまだ材料が足りひんわ。……今は疑念より、任務が優先や」
その声音には、四半世紀以上前線に立ち続けた経験と、部下たちへの冷静な指揮が滲んでいた。
「……想定外の戦闘で護符の消耗は避けられへんかったが、予定通り任務を続行する。進むぞ」
菅原隊の五人は黙然と頷き合い、第五層へと続く階段へ歩を進めていった。
第五層。石柱が幾重にも連なる、広大な洞窟空間に足を踏み入れた菅原隊。その空気を切り裂くように、祠堂 和歌が立ち止まり、何かに気づいた様子で声を発した。
「……菅原隊長。この気配――」
「あぁ。階段を降りる前に放った式神らの一部が戻ってきとる。
……中央とこの場所から右方に進んだ場所、2箇所に気配があるようや。しかも、右方では戦闘が起きとるようやな」
菅原 崇雅の言葉に、橘兄弟が驚きの声を上げる。
「えぇ!? 僕たち以外にも、ここまで来てるってことですかね?」
「……僕たちが通ってきたルートに、誰かの痕跡なんて一切なかったよ!」
双子の騒がしさに、壬生 兼道が苦言を呈しつつ、隊長に問いかける。
「お前ら、ダンジョン内で無用に騒ぐな。……隊長、“戦闘”というのは、モンスターとの交戦ですか?」
だが、菅原は首を横に振った。
「いや……人同士や」
驚く壬生と橘兄弟を見ながら、和歌が続ける。
「もっとややこい話しよか……ごく微かやけど、中央方向からは“神獣”の気配も漂ってきとる。気配がピリピリしとるし、そっちでも戦闘が起きるかしれんわ」
その一言に、壬生も橘兄弟も一瞬、表情を固くした。
「……隊長、どちらへ向かいますか?」
和歌の問いに、菅原は即断した。
「みえてへん状況で戦力を分けるのは愚策や。全員、中央へ向かうぞ」
静かに、それでいて確かな意志を込めたその一声に、隊員たちは無言で頷き、再び歩を進めていった。
* * *
モンスターと交戦しながら中央を目指すKIRCSの一行。
その移動の最中、空間の探索に出していた残りの式神たちが、次々と風のように菅原のもとへと戻ってくる。
式神から情報を受け取った菅原は、静かに目を閉じて意識を重ね、数秒後、推測を交えて口を開いた。
「どうやらこの空間へ降りてくる入口は、我々の来た入口とは別に、四箇所あるようやな。おそらくやが、この五層で他の入口とつながっとるわ」
菅原の言葉に、副隊長の壬生が確認する。
「つまり、現在交戦中の者たちは、他の地域から降りてきた可能性がある、ということですね」
祠堂 和歌が少し考えた後、「ほーん、なるほどなぁ」と呟き口を挟む。
「ようやく全体像が見えてきたわ。ウチらが通ってきた入口を含めたら、降りてくるとこは五箇所。ほんで現在、この国で大型のダンジョンが発生しとる都市は、札幌、東京、名古屋、大阪、福岡――ちょうど五つやん。
ほんで、ダンジョンの中は異界の影響で空間が歪んでるんやし、この五つが全部この層でつながってんちゃうの?」
「そういや、三層を調査したときも、大阪内の別の入口につながってたね」
「きっと階層を上がるごとに、ダンジョンが枝分かれしていってるんだよ」
橘兄弟が軽快に言葉をつなぐ。それらの推測を、壬生が隊長へと確認する。
「菅原隊長。和歌の言う通り、大型ダンジョンが発生した五都市は、神獣によって結界が張られとった都市とも一致しています。
つまり、中央の気配、“神獣”はその五体が集まっているということでしょうか?」
それに対して、菅原は首を横に振りながら答える。
「いや、そないやあらへん。式神の報せやと、中央には何者か三名と、神獣が一体――それだけが確認できたらしいわ。理由はわからんけどな」
「……何にしても、ここにはダンジョン発生の手がかりがあることで間違いなさそうですね」
「戦闘が始まっとるみたいや。おしゃべりはしまいにして進むぞ」
菅原の鋭い一喝に、一行は再び口を閉ざす。神獣、そして未知の気配――その先に待つものを確かめるべく、五つの影は洞窟の闇へと迷いなく進んでいった。




