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第58話 キル・ゼム:暗躍する存在③

 ファンの横顔へ叩き込まれた強烈な蹴り。その衝撃で巨体がよろめき、地に膝をついた。


「……チッ、馬鹿みたいに固いな」


 新海 練は、魔導銃をファンに向けたまま、手の甲で額の冷たい汗をぬぐった。


 遅れてその場に駆けつけたのは、杉谷 悟、有村 恵理、大島 諒、中谷 海翔、南雲 陽太、真壁 翔一らの面々だった。


「新海くん。やはりあなたは、一人で先へと駆け出してしまうのですね。…状況は?」


 駆け寄ってきた杉谷の問いに、新海は無言で顎をしゃくった。視線の先、石柱の根元には、片膝をついて荒い息をつく二階堂の姿があった。


「……なんとか気を張って意識を保ってるみたいですけど、限界っすね」


 即座に恵理が駆け寄り、二階堂の前に膝をついた。


「今すぐ、治療しますね……上級治癒ハイヒール


 淡い光が二階堂の全身を包み、血と痛みを少しずつ洗い流していくように、傷が癒えていく。


「……うん、これでひとまず大丈夫」


 恵理は光を収めながら立ち上がると、新海に告げる。


「私は、あちらを見てきます」


 彼女はすぐに踵を返し、倒れた吉野と必死に手当てをする今泉たちの元へと駆けていった。

 その反対側から、ナイフの剣戟が聞こえてくる。


「杉谷さん、向こうのフォローをお願いしてもいいっすか?」


「わかりました。二階堂さんのこと、任せます」


「そちらへは俺と中谷も加わる。南雲と真壁はここに残って彼の援護に回れ」


 大島の指示に、大島隊のメンバーが頷く。杉谷は短く了解を返すと、素早く篠原たちの方へと走り出した。

 新海は全員の配置を確認し終えると、ファンを正面から見据え、低く言い放つ。


「さて。あんたには悪いっすが……時間がない。三人がかりでいかせてもらう」



 *  *  *



 篠原 拓馬は、迫るナイフを弾き、捌きながらも、内心に微かな違和感を抱いていた。


(速い……だが、決定打に欠ける)


 確かに目を見張る速さではある。常人ならそれだけで致命的だ。しかし、篠原の目は既にその“速さの裏”を見抜いていた。

 単なる速さだけではない。斬撃の軌道、足運び、間合いの取り方――おそらく裏社会に関わる人間で、物心付く前から鍛錬してきたのだろう。すべての動きが極めて理に適っている。加えてステータスを速さ中心に割り振ることで、技術に手数を乗せている――しかし、それだけだ。一撃一撃の威力は弱く、篠原の経験と技術を持って防戦に徹すれば、捌けないものではなかった。それが逆に、篠原の直感に引っかかった。


(この攻撃……手数と牽制の組み合わせで翻弄してくるタイプか。だが、時折混ざる――)


 ガンッ!


 刹那、ナイフが鋭く跳ね、篠原のナイフをわずかに弾く。その反動で腕が痺れる。


(……これだ。ときおり混ざる、“悪寒を覚える”異質な一撃)


 篠原はナイフを構え直しながら、唇をかすかに動かした。


「……スキルか」


 その一言に、まるで呼応するかのように、少女――イザベルは距離を取った。

 不敵な笑みを浮かべたまま、口元に手を当てて小さく笑う。


「正解ぃ〜。バレちゃったかぁ。……オジサン、やるじゃん」


 その瞬間、三人の影が横から駆け込む。杉谷、大島、そして中谷が、篠原の左右に並ぶように布陣を取った。


「間に合ったか」「篠原さん、怪我はありませんか?」


「あぁ、問題ない」


 短い言葉で状況を確認し合う三人に、イザベルは楽しげに手を広げて言った。


「いいよ、楽しませてもらったし、最初の質問に答えてあげる。

 アタシはイザベル。金色の黄昏オーリエイト・グロームの席を預かるジン・ビナハルの配下、イザベル・サントス・ガルシア。職業は――暗殺者アサシン。レベルは161だったけど――」


 名乗ったイザベルは、視線をちらりと遠くに送る。そこには、倒れた吉野に対して懸命に蘇生を試みている恵理とそれを見守る平野と今泉の姿があった。


「キャハハハ! マジ笑えるんですけど。

 いくら頑張っても、その人はもう無理だってば。暗殺者アサシンの“暗殺スキル”で刺してあるんだからさぁ、その死は確定しているの。

 その証拠にアタシのレベル、183まであがったんだからさぁ。キャハハハ!」


 瞬間、全員の顔に怒りが浮かぶ。拳を握る者、無言で睨みつける者、堪えてじっと観察する者――しかし篠原だけは、静かに怒りを押し殺し、低く問いかけた。


「……お前らの目的は、何だ」


 イザベルは片手を額に当て、わざとらしく首を傾げてため息を付く。


「はぁ、ほんと日本人ハポンってバカだよね。普通教えると思う?

 ……でも面白いからぁ、教えてあげる。……神の復活」


 神。その言葉に全員が息を呑む。杉谷が続けて疑問を問いかける。


「つまり、あちこちにできたダンジョンは、そのための装置ということですか。そして目的ということは、現在はまだ途中の段階。あなた達は何らかの理由で、この階層に調査に来た。……たとえば、キメラに問題がある、つまり不完全で調整が必要――」


 杉谷は少女の反応を観察するように、言葉を続ける。しかし、イザベルによってそれは遮られる。


「キモッ! 調子に乗らないでよね。出す情報はここまでだよ?

 それに、オジサンたちは、アタシたちの“暇つぶし”だから、あえて生かされてるって事わかってる?

 ま、何をしようが、オジサンたちはあそこの死体みたいに“経験値”になるだけなんですけど?」


「経験値、ですか。おそらくステータスを持つ人が対象なのでしょうが、ダンジョンでは人を殺すことで、経験値が得られる。

……あなた達はどこまで……ふざけているんですか…!」


 命をまるでゲームのように扱う態度に、冷静な杉谷ですら声を震わせ怒りをにじませる。しかし、イザベルは気にすることもなく、身勝手に振る舞う。


「お説教ウザ。それにしても、ジンジン遅すぎ! もういいや。ファンファンはきたみたいだし、二人で経験値山分けしちゃおっと」


 そして視界の中で何かを確認するとまた笑みを浮かべる。


「キャハハハ! うん、これで発動条件、ぜーんぶクリア!

 ねぇ、さっきからペラペラ喋ってたの、意味わかってなかったんでしょ? そんなバカな日本人ハポンにも理由を教えてあげるね?」


 そこで、わずかに彼女の目が鋭くなった。


「暗殺者って、“正体や狙いがバレる前、殺意を認識する前にのみ効果が強まる暗殺スキル”を駆使する面倒な職業なんだけどさぁ。

 でもね――逆に、“正体や秘密を知られた場合にのみ発動できるスキル”もあるわけ。アタシはこっちが好みなんだよね」


 一瞬、空気が凍る。篠原、大島、中谷、杉谷。全員が咄嗟に構え直し、緊張が一気に張り詰める。


 イザベルは、そんな彼らを舐め回すように見渡し、にやりと口角を吊り上げた。


「──キャハハ、みんな死んで、私の経験値になってね。

 抹殺の刻印(スレイヤーズ・マーク)


 笑みが消えたイザベルの宣言と共に、空気がねじれた。


 その瞬間、四人の身体に異様な熱が走る。次いで、鋭い痛み。皮膚の下を焼けた鉄が這うような感覚が、喉元、胸元、腹部へと次々に浮かび上がる。


「……なっ、これは……!」


 中谷が呻くように叫び、杉谷は即座に状況を読み取った。


「攻撃……いや、スキルによる刻印マーキング――!」


 その言葉通り、四人の身体に、黒と紅で刻まれた呪紋が浮かび上がっていた。文字でも記号でもない。理解できないはずなのに、命を掴まれたと感じる、禍々しい印。


 そのとき、足元が、ずるりと沈んだように感じた。わずかに重力が狂う。心拍が跳ね上がり、視界が微かに滲む。全身の力が、じわじわと削がれていくようだった。


(身体が……重い!?)


 篠原が瞬時に気づく。筋力の低下。反応速度の遅延。

 刻印により、全ステータスがダウンしていた。


 《抹殺の刻印〈スレイヤーズ・マーク〉》――暗殺者が自らの命を懸け、秘密を知るものを抹消するためのスキル。


 正体を知られることがリスクである暗殺者にとって、“重大な秘密”を明かした対象に刻まれる、必殺かならずころすことを誓った死の呪印。

 しかも、刻印の内容――明かされた“秘密”が暗殺者にとって重大であればあるほど、その効果は拡大する。


 対象となった者は、スキルの発動者――この場合はイザベル――を殺さない限り、この戦闘から逃れることはできない。

 つまり篠原たちは、今、完全にイザベルと強制的に命の奪い合いをする契約を結ばされた状態にあった。


 逃げられない。勝つか、死ぬか――それだけだ。


 スキルを発動して自らの命を懸けた証として、イザベルの胸元が発光し篠原たちとは別の刻印が浮かび上がる。

 笑みを浮かべながら跳ねるように間合いを詰めたその動きには、もはや先ほどまでの可愛げなど一切ない。


 ナイフの一閃。篠原が反応し、防ぐ――はずだった。


「っ――!」


 鋭く、速い。体が追いつかない。受け止めたはずの刃が、刃先を滑らせ、袖を裂く。


(俺の動きが……遅れている。いや、それだけではない…ヤツの速度も上がっている!?)


 次いで、中谷に飛び込む。防御態勢に入る彼の前に、イザベルはわざとバックステップを取って距離を取り、その場で跳ねながら笑う。


「キャハハハ! ねぇねぇ、うまく動けなくて焦ってる? 焦ってるよね?」


「……黙れ!」


 大島が銃撃する。だがイザベルは、まるで動きを先読みしているかのように、するりかわすと、その懐に滑り込むように回り込み――


「ほら、“経験値”になっちゃうよ〜?」


 ナイフが突き出される。


「大島さんっ!」


 フォローに入った杉谷の銃が火を吹くが、弾道が逸らされ、そのまま大島へとイザベルのナイフが届いた。大島は左腕を盾にすることで、ギリギリ致命傷を避ける。

 イザベルは大島の腕からナイフを抜くと、息つく間もなく跳ねるように跳躍し、前線へと誘い出された杉谷の喉元へと手を伸ばす。


 篠原が叫ぶ。


「杉谷、オマエは下が――!」


 しかし、その声が届く前に杉谷の首筋をナイフがかすめ、鮮血が吹き出し、その場で膝をつく。杉谷も致命傷を避けるのがやっとの状況だった。


「こいつは超近接型だ! 中途半端な銃撃は効果がない」


 篠原の声とともに、大島、中谷が動けない杉谷のフォローに入る。


「さあ、どうするの、オジサンたち?」


 イザベルは笑う。楽しそうに、残酷に。それはまるで“遊び”の続きを始めようとするかのようだった。

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― 新着の感想 ―
第57話と第58話の内容が一緒だと思うので、修正した方がいいのではと記載させて頂きました。
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