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第57話 キル・ゼム:暗躍する存在②

【お詫び】

掲載時、誤って58話の内容を掲載しておりました。

2025年6月30日9時20分、正しい57話をアップいたしました。

「それにしても、ジンジン、どこ行ったんだろぉ? なんか日本人ハポン降りてきちゃってるんですけど。これって、想定外だよね?」


 少女は、篠原たちの存在など意にも介さぬ様子で、まるで独り言のように呟いた。その声は無邪気な子供のものに聞こえながらも、どこか背筋を凍らせる冷気を孕んでいた。まるで陳列棚の商品を見定めるように、少女の視線は一人ひとりを順に舐めていく。


「お前は……何者だ?」


 篠原拓馬が低く問いかける。その声には動揺はなかったが、全身は緊張で硬直していた。これまで数多の現場を潜ってきた彼の勘が、目の前の存在は“危険”だと警鐘を鳴らしていた。


「んー? まぁいいっか。ちょうど退屈していたところだし。帰ってこないジンジンが悪いよね。ファンファンもそのうち来るだろうし。

 正体が知りたいんでしょ? アタシを楽しませてくれたら――教えてあげるよ、オ・ジ・サ・ン!!!」


 次の瞬間、少女の笑顔が狂気に染まった。

 跳躍。地を滑る影のような加速で、視界から消える。現れたのは、篠原の目前――胸元に迫るナイフの切っ先だった。


「っ!」


 篠原は即座に銃を下ろし、腰のアーミーナイフで切っ先を受け流す。鋼同士がぶつかる硬質音が洞窟に響いた。火花が散るたびに、少女は楽しげに笑いながら、矢継ぎ早に刃を繰り出す。


 篠原は一歩も退かず応戦するも、少女のナイフ捌きは年齢を大きく超えていた。防戦一方のなかでも、なお彼女の笑みは消えず、まるで“遊んでいる”かのように見えた。


 その傍らでは、二階堂瑞希と今泉玲が倒れた仲間の元へと駆け寄っていた。


「平野さん! 今、止血します!」


 今泉が治療キットを広げ、切断された右腕を縛って止血しようとする。しかし、平野航は青ざめた顔のまま、今泉の必死な手を制した。


「俺はもう大丈夫だ。さっき……ポーションを作って飲んだ。それより――」


 平野は震える左手でスキルを発動し、もう一本のポーションを生成して今泉に手渡す。その視線は、すでに動かぬ吉野へと向けられていた。


「……うそ……吉野さん……息してない……!」


 二階堂の叫びが洞窟に響いた。彼女は吉野の胸に耳を当て、心臓の鼓動を探っていたが――沈黙しか返ってこなかった。


 今泉は慌ててポーションを握りしめ、吉野のもとへと駆け寄る。吉野の胸元の装備を外し、シャツを破り、傷口を露出させる。ナイフが突き刺さった箇所は、わずか三センチほどの小さな傷が一つあるだけで、ほとんど血も流れていなかった。しかし、傷口の周囲の皮膚が、まるで凍りついたように冷たい――それは生命そのものを否定するような、異質な力の痕跡を残していた。


「今、飲ませます!」


 今泉はポーションの蓋をこじ開け口に含むと、ためらうことなく吉野の口へと運び、無理やり流し込んだ。一回、二回、三回と、全てのハイポーションを飲ませ続ける。吉野の胸元の傷口は、ポーションの力でみるみるうちに塞がっていく。肉が再生し、皮膚が滑らかに戻っていく。だが、それだけだった。


「だめ、傷は塞がったけれど心臓が動いてない!」


 今泉の絶望的な声が響く。肉体的な損傷は回復したものの、生命活動そのものが停止していることは覆せなかった。


 二階堂は、吉野の胸元に手を当て、泣きそうな顔をしながら心臓マッサージを始めた。その隣で今泉も人工呼吸を行う。だが、吉野の体はぴくりとも動かない。


(警戒に全く引っかからなかった……私のせいだ……)


 必死に人工呼吸しながら、今泉は後悔していた。


(……っ!?)


 後悔と焦りに胸が締めつけられる中、今泉の索敵に“異変”が走った。


「……二階堂さん! もう一人来てます!」


 叫ぶと同時に、二階堂も顔を上げた。洞窟の奥――不自然に建てられた家の影から、もう一つの“気配”が現れる。


 姿を現したのは、190センチを超える巨漢の男だった。無表情のまま、隠れるわけでもなく、ただゆっくりと、まるで舞台に上がる役者のように歩み寄ってくる。


「……っ! 今泉さん! 平野さんと吉野さんの事お願い!」


 二階堂は、絶望的な状況の中であっても、状況を判断して切り替える。彼女は、吉野と平野の傍らに留まる今泉にそう叫ぶと、怒りに震える拳を握りしめ、新たな脅威へと向かっていく。



 *  *  *



 2メートル近いその男は、フィリピンの伝統衣装、バロン・タガログと呼ばれる白い透かしの入ったシャツに、ダークブラウンのパンツ、革製のサンダルというラフなスタイルで現れた。その顔には一切の表情がなく、まるで作り物のような、静かで無機質な印象を与えていた。


「あなた達は、何が目的なの!?」


 二階堂瑞希が叫ぶ。その声には、吉野と平野の惨状を目の当たりにした怒りと、未知の敵に対する警戒が入り混じっていた。しかし、男は何も言わずにただ立っているだけだ。その無反応さが、かえって二階堂の焦りを煽った。


「……」


「答えてくれないのか、言葉が通じてないのか、どちらにしてもやるしかないってことね。肉体活性フィジカル・ブースト!」


 そう言うと、二階堂は両手に握ったトンファーを構え、自身にSTRとVITを一時的に上昇させるバフをかけた。彼女の身体から薄い赤いオーラが立ち上り、筋肉がわずかに隆起する。地面を蹴って、男に向かって一直線に飛びかかった。


「……」


 二階堂の渾身の突撃を、男は何も言わず、軽く片腕を上げただけで受け止めた。ドスッ、と鈍い音が響くが、その腕はびくともしない。


連掌破コンバットラッシュ!」


 二階堂は間髪入れず、スキルによって威力の強化された武術兵コンバットの連撃スキルを放った。トンファーを軸にした拳や肘、膝が、嵐のように男の胴体を襲う。ダンッ、ダンッ、と重い打撃音が連続し、男は思わず膝をついた。


「……ぐっ」


 かすかに唸り声を漏らす男。しかし、それだけだった。二階堂は連撃のあと、すぐに距離を取る。


「顔を歪めて膝をつく程度とか……正直、ショックなんだけど」


 二階堂の額には汗が滲み、その表情には驚愕の色が浮かんでいた。レベル180を超える彼女の全力を込めた連撃で、相手にこれほどの余裕があるとは、想像もしていなかった。


 後ろの方では、イザベルと篠原が繰り出すナイフがぶつかり合う甲高い音と、吉野に必死に呼びかける今泉と平野の悲痛な声が響いていた。二階堂は、自分がここでこの巨漢に立ち向かうしかないことを悟る。


「……オマエ、ツヨイ、ナ。ワタシ、ハ、ファン、ナ。」


 突然、眼前の男が低い声で話し出した。その言葉はたどたどしいながらも、二階堂を認めていることが伝わってくる。


「……ホンキ、タタカウ。……祭祀《Baki》」


 男がそう言うと、その体が眩いばかりに輝き出した。光は強烈なまばゆさで、二階堂は思わず目を細める。その輝きは徐々に男の身体に沿って弱まっていくが、光が消えたわけではなかった。


 男の輪郭に、何かが重なったかのようにダブって見える。その目つきは、それまでのぼんやりとした虚ろなものから、獲物を狙う狩人のような鋭い光へと変わっていた。その口から、異質な響きを持つ言葉が紡がれる。


「Ipaitak di bikas nan Anito-k.(我が祖霊の力を見せよう)」


 男は獣のように低く構えると、二階堂に向かって一直線に飛びかかる。とっさに左に避け初撃を交わしたかに思った。


「っ……!」


 避けきったと思っていた右肩に痛みが走る。相手の追撃に合わせ、かろうじて左のトンファーでカウンターをいれる。

 しかし、2撃、3撃と攻撃を交えるたび、じりじりと後退させられていく。


「Kinaling-ad na!!(楽しいぞ)」


 連撃に食い下がる二階堂に、ファンは狩りを楽しむかのように、嬉しそうな表情を見せる。感情に合わせてギアを上げるかのように、攻撃が強くなっていく。

 そしてついに、右手のトンファーが弾かれ、ファンはその隙を逃すことなく次の一撃に力を込める。


 二階堂は全身の毛が逆立つような感覚に襲われ、とっさに左手に握ったトンファーを胸元で構え、防御の構えを取った。

 しかし、その一撃はこれまでとは次元が違った。


 次の瞬間、強烈な一撃が胸元に入る。構えたトンファーは折れ、二階堂の防御を、まるで紙のように打ち破る。折れたトンファーが身体にめり込み、その強大な力に耐えきれず、彼女はそれごと後方の石柱へと吹き飛ばされた。


 洞窟内に激しい激突音が響く。二階堂は背中が激しく石柱に叩きつけられ、全身に激痛が走る。息が詰まり、肋骨が軋む。口の中に、鉄の味が広がる。


「……ぐっ……! ……めちゃくちゃ……でしょ……!」


 口元を拭うと、血が滲んでいた。視界が揺れ、平衡感覚が麻痺する。

 男は満身創痍の二階堂に容赦をすることなく迫る。強烈な一撃を浴びせようと拳を振りかぶった、その瞬間だった。


 黒い影が横から滑り込み、ファンの横顔へと強烈な蹴りを叩き込んだ。ファンはかろうじて腕で防御をするが、その巨体がぐらりと揺れ、地に転がった。


 飛び込んできた男は、肩に掲げた魔導銃を降ろしてファンに向けながら、二階堂に告げた。


「……悪い。遅くなったな、瑞希」


 二階堂に聞き覚えのある、声が響いた。それは、憎まれ口を叩きながらも心の奥底で信頼を寄せていた、ライバルであり同期の声だった。

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