第5話 インベントリィ/収納︰第二層探索
翌日。拠点で仮眠を取っていた丈一郎は、夜の訪れとともに目を覚ました。
「……さて、行きますかね」
非常灯と鉄パイプ、非常食、そして充電済みのスマホ(もちろん圏外)をリュックに詰め込む。新宿駅構内を抜け、裂け目の先――ダンジョンへと向かう。目指すは、前回見つけた第2層への階段。
階段を降りた瞬間――空気が変わった。湿り気が増し、足元にはぬめりのある水たまり。湿度の高い空気に包まれた空間は、どこか“生き物の体内”のような錯覚さえ起こさせる。
「……気持ちわりぃな、なんか」
警戒しつつ、前へ進むと――ぽよん。
「……ん?」
通路の先に、ぬらりと揺れるシルエット。透明感のある青い塊が、ぷるぷると震えながらこちらに迫ってくる。
「……って、スライム!?」
スライム。ゲームやRPGでは定番の雑魚モンスター。最初に戦うモンスターと言ってもいい。とはいえここは第二層、ゾンビより強いモンスターがいる場所と考えて間違いない。油断は禁物と、鉄パイプを構える。
丈一郎は、スライムと適度な距離を保ちながら観察する。
「見た目の割に……けっこうデカいな。バスケットボール……いや、大玉スイカくらいあるぞこれ……」
青く透き通ったその体は、ゆっくりと、でも確実にこちらを狙おうとしている。
そして――ガツン!!
鉄パイプを真上から振り下ろす。しかし、鈍い音とともに手応えがない。
「……まじか」
スライムは、ぶよんとたわんだだけで、まったくダメージを受けていない。
「無傷!? ってか吸収してね? 俺の打撃、ぷよんって戻されたぞ今!」
再び構え直して横から振るも、結果は同じ。
「うそだろ……物理、効かねぇのかコイツ……!?」
焦りかけたその瞬間。
「……いや、待て。打撃がダメなら、突きはどうだ……」
丈一郎はパイプの先端を構えて、突き出すようにスライムの中心を狙った。
ズブッ
ぬるりとした手応えのあと、スライムの体がぐにゃりと崩れ――そのままぱしゃんと弾け飛んだ。
「……え、弱っ!?」
その場に残ったのは、ゼリー状の液体と、ふわっと立ちのぼる微かな光。手に入った経験値はゾンビより少ない、たったの1。突如、丈一郎の声がダンジョンに響く。
「逆だろーーー!!」
怒涛のツッコミが止まらない。
「ゾンビが1層でスライムが2層!? どうなってんだこのダンジョン構造! クソゲーかよ!?」
「ゾンビってもうちょっと先だろ!? スライムとかゴブリンとかより後だよな!? 結果一層から溢れちゃってんじゃん!! 大事件なってんじゃん!! 調整失敗してんじゃん!!」
直後、ツッコミを遮るように頭の中にあの“アナウンス”が響いた。
《スライムを捕食しますか?(Y/N)》
「……もちろんYで」
そう答えると、スライムの残骸が再び光に包まれ、丈一郎の胸元へと吸い込まれていった。
そして――
《新たな職業が解放されました》
《職業:掃除人が追加されました》
《スキル:掃除人のスキル『打撃耐性』を獲得しました》
「……は?」
丈一郎は、一瞬固まった。
「新しいモンスターを捕食したら、職業、増えるの……? 兼任できんの!?」
咄嗟に《ステータス》と心の中で唱えると、脳裏に浮かび上がる画面が更新されていた。
【ステータス】
名前:桐畑 丈一郎
職業:捕食者/掃除人
レベル:4
経験値:1/40
HP:70/70
MP:35/35
STR:15
VIT:10
AGI:15
INT:10
LUK:15
スキル:捕食、打撃耐性、噛みつき Lv5、腐食耐性 Lv2、麻痺耐性 Lv2、毒耐性 Lv1、暗視
残AP:199
「おおおい!? AP、199!?」
振れるポイントがいきなり100増えている。スライムを倒したらというわけではなさそうだ。
「……ってことはなに? 職業増えるたびに初回ボーナスのAP入るってこと? 就職祝いってこと? やべぇなこれ……!」
思わずひとりでテンションが爆上がりする丈一郎。狭い通路の真ん中で小躍りしながら、にやけ顔を止められない。
――が、ここはダンジョン。ひとしきりはしゃいだあと、再び気を引き締めて通路を進み始めた。
「それにしても……“掃除人”って……。もはや俺は通常の職業に就けない気がする……」
そんな中、通路の先にまたもや複数のスライムの姿。
「よし、今度は最初から“突き”でいくぞ」
最初の一撃で粉砕。やっぱり弱い。続けてもう一体も同じく1撃。
《スライムを捕食しますか?(Y/N)》
「Yっとな」
《スキル『溶解液 Lv1』を獲得しました》
《スキル『体当たり Lv1』を獲得しました》
「おお、使えそうな名前のスキルきた」
思わずガッツポーズ。
“溶解液”は、相手の装備や防御を削る効果。“体当たり”は……噛みつきよりも使い勝手が良さそうそうだ。
「……スライムって、雑魚だけど、結構いいスキル持ってるかも?」
ゾンビではスキルをとり尽くしていた感があったので、新しいスキルとの出会いにますます欲が湧いてくる。そうして数体のスライムを倒し、経験値をもう少しだけ積んだ頃。
「お、体当たりがLv.5になった。そろそろ夜が明けるし帰るか……」
そうして、階段に向かっていたところ、階段の手前にスライムが見えた。
「よっと」
慣れた手つきで突き刺す。
《スライムを捕食しますか?(Y/N)》
「ラスト、いただきます」
《スキル『収納 Lv1』を獲得しました》
「…………………………しゅ、しゅ、収納!?」
一瞬、言葉が出なかった。
《収納:任意の物体を亜空間に保存可能(重量制限はレベル依存)》
「いやこれ、超大当たりスキルじゃん!!」
手が震える。
「アイテムボックス! インベントリ! 魔法カバン! それ系の能力、ついに来た!!」
リュックの重さを気にせず探索ができる、まさに“探索者”向けの神スキル。
「……お前だよ、最後のスライム……今日のMVPはお前だったよ……!」
感慨深げに空を見上げ――もちろん、天井だけど――丈一郎はしみじみ呟いた。そして、満足げな顔でダンジョンを後にする。
「よし、帰ってスキル整理だ。」
桐畑丈一郎の冒険は、まだまだ加速していく――。
【ステータス】
名前:桐畑 丈一郎
職業:捕食者/掃除人
レベル:5
経験値:0/50
HP:80/80
MP:50/50
STR:15
VIT:10
AGI:15
INT:10
LUK:15
スキル:捕食、打撃耐性、噛みつき Lv5、腐食耐性 Lv2、麻痺耐性 Lv2、毒耐性 Lv1、暗視、溶解液 Lv2、体当たり Lv5、収納 Lv1
残AP:202