第55話 シャドウ・レイド:影の咆哮
パンデミック発生から22日目。東京レイドの翌日、丈一郎たちは新宿の探索者拠点ビルで丸1日休養を取ったことで、第五層攻略の期日まで残り48時間となっていた。
昨日のうちに、斥候として先行した大島隊と篠原隊は、第五層へ向かう第四層の遺跡に仮拠点を築いていた。また第5層入口まで進み、内部の観察をした彼らの報告によれば、第五層は広大な洞窟空間であるということが判明していた。
そのため、限られた時間でボスの位置を効率的に特定すべく、今回の攻略は三つのパーティに分かれて潜ることになった。3パーティ以外のメンバーは地上に残り、新宿拠点の警護、レイドで残ったゾンビの掃討、あわせて都内に生存者が残っていないか捜索に当たることになっていた。
今回の第五層攻略に参加する三パーティは以下の通りである。
丈一郎パーティ: 桐畑丈一郎、有村恵理、杉谷悟、新海練、そして新たに七瀬舞が加わった。
大島隊: 大島諒、中谷海翔、南雲陽太、坂口修平、真壁翔一。
篠原隊: 篠原拓馬、二階堂瑞希、吉野直哉、平野航、今泉玲。
先の東京レイドにより、全員がレベル180を超える実力者となった三つのパーティは、一層から四層へと順調に進んだ。その結果、第四層の遺跡、五層への階段前に設けられた仮拠点には、正午には到着していた。
崩落した石柱が半ば瓦礫と化し、瓦礫と遺跡の壁面に囲まれたこの仮拠点で、探索者たちは昼食を取りながら、静かに作戦会議を行っていた。
「昨日の調査結果について、改めて共有するぞ」
篠原拓馬の言葉に、一同の視線が集中した。索敵が得意な坂口修平と今泉玲が、ホワイトボード代わりの岩壁に簡易な図を描きながら、報告を開始する。大島隊と篠原隊は共に先行調査を行ったためか、二人の呼吸は完璧に噛み合い、スムーズに情報が共有されていく。
「まず、第五層には、カラス、オオカミ、ヒヒ、ヘビ、クマ型のモンスターの姿を確認しました」
坂口が淡々と告げる。
「どれも三メートル以上の大きさで、黒い姿をしています。五層の入口から、遠方に見えただけだったので、それ以上の詳細は不明です」
続いて今泉が、手元のタブレット端末で取得した情報を補足する。
「また、第五層は暗い洞窟のような場所で、高さは十五メートル、直径は十キロメートル以上はありそうです」
彼女はそう言いながら、タブレットを操作し、昨日の調査でドローンを使って撮影した第五層の画像を共有する。画像には、ぼんやりと色とりどりに輝く鉱石が点在する石柱群が映し出されていた。
「ところどころに石柱があり、その根本には輝く鉱石が見えました。この鉱石のお陰で、洞窟内は比較的明るいと推測されます」
「そして、この階層はゆるやかなすり鉢状の構造になっており、おそらくその底にボスが居るのではないか、と」
報告が終わると、今泉は通信用に用意した超小型のドローンを3機取り出し、それぞれのパーティに一つずつ割り当てていく。
「今から通信ドローンをそれぞれのパーティに付けます。私の魔力で動いているため、ダンジョン内でも連絡ができることは確認済みです。無線機代わりに使ってください」
ドローンは、静かなホバリング音を立てながら、それぞれの隊長の傍らに配置された。
作戦会議を終え、いよいよ第五層への出発の時が来た。
* * *
第五層は、これまでとはまた様相を変え、巨大な洞窟のような空間だった。天井はかなり高く、あちこちには大人が腕を回しても届かないほど太い石柱がそびえ立っている。その根本や天井には、ぼんやりと色とりどりに輝く鉱石が点在していた。鉱石のお陰で、洞窟内は比較的明るく、視界を遮るものは少なかった。地面は緩やかなすり鉢状となっており、丈一郎たちパーティは、その中心、おそらくボスが居るであろう方面に向かうこととなった。
丈一郎パーティと別れた大島隊と篠原隊は、それぞれが別の方向へと進んでいく。ドローンで連絡を取り合い、丈一郎たちがボスを発見した場合は速やかに合流する手はずとなっている。
他の二つのパーティと別れて、洞窟内を進む丈一郎。途中で近くの石柱に埋め込まれた鉱石に目を留めた。
「これ、絶対ファンタジー鉱石だよな? ちょっと取ってみてもいいかな?」
無邪気な好奇心を露わにする丈一郎に、恵理が呆れたようにたしなめる。
「もう。遊んでないで、行くよ、丈」
そのやり取りを、七瀬舞は複雑な表情で見つめていた。戸惑う舞の横で、新海練が声をかける。
「せっかくパーティ入ったんすから、もっと積極的に行っていいんじゃないっすか?」
「…ありがとうございます。でも、皆さんと一緒に来られただけで、それだけでも十分嬉しくて」
舞は控えめにそう答える。それを見た杉谷悟が、新海へと鋭い視線を向けた。
「新海くん。人のことより、二階堂さんのことはいいんですか? 彼女はまだ、黙って警察を離れたことを怒っていたようですが?」
「うぐっ」
面倒な名前を出されたと言わんばかりの表情で、新海は言葉に詰まる。その様子を見て、舞は思わずくすりと笑みをこぼした。
(こんな状況でも、丈一郎くんたちは、こうして前へと進んできたんだね)
舞は、彼らの軽妙なやり取りと、その裏にある確かな信頼関係を目の当たりにし、心の中でそう思った。
しばらく進むと、丈一郎がぴたりと足を止め、警戒を呼びかける。
「お出ましのようだ」
その声とともに、前方の石柱の陰から、黒い影がぬるりと姿を現した。それは、三メートルはあろうかという巨大な狼型の魔獣、シャドーウルフだった。4体が、獲物を狙うようにゆっくりと近づいてくる。
先手必勝とばかりに攻撃を仕掛けようとすると、シャドーウルフたちは不気味な呻き声を上げながら、地面、いや地面に落ちる自分たちの影に、そのまま吸い込まれるように潜り込んだ。
「……舞、後ろだ!」
丈一郎の警告に、舞はその声に振り返る。しかし、振り返ったその時には、影から飛び出したシャドーウルフの一体が、すでに舞へと襲いかかろうとしていた。詠唱が、間に合わない――。
「聖棘結界!」
舞の危機を察した恵理の詠唱とともに、シャドーウルフの足元から眩い白い茨が突如として現れ、その巨体を締め上げる。レベルアップによって覚えた、浄化の茨の上位スキル。その範囲も威力も大幅に向上していた。
視線を転じると、舞以外の三人へと襲いかかろうとしていた残りの3体も同様に、地面から伸びた白い茨によって拘束されていた。
その隙を逃さず、新海と杉谷がそれぞれの銃を構え、シャドーウルフの眉間を冷静に撃ち抜いていく。パンッ、パンッと乾いた銃声が洞窟に響き、4体の巨体が音もなく崩れ落ちた。
「やー、レベル180超えは伊達じゃないっすね、初めての敵も一撃っすよ」
新海が軽口を叩きながら、銃身から立ち上る煙を払う。
「新海くんはすぐに調子に乗るのが悪い癖ですね」
杉谷が冷静にツッコミを入れる。
「さぁ、時間もない、ガンガン行くぞ」
丈一郎の声が響く。
(すごい。お互い信頼していてそれぞれが役割をこなしてるんだ)
舞は彼らの完璧な連携を目の当たりにし、そのプロフェッショナルな動きに感嘆した。彼らの背中を追い、必死で連携についていく舞。
最初の数戦は焦りからのミスもあったが、一戦ごとに、舞の動きは目に見えて洗練されていった。レベルアップによって覚えたスキルを駆使して、支援に攻撃にと、状況に合わせて切り替えていく。戦闘を重ねるごとに、舞自身も彼らの連携に慣れていっているのが分かった。
そして、シャドーウルフたちとの戦闘を繰り返す中で、ある共通の特性に気づいた。カラス、クマ、ヘビ、ヒヒ、どの姿の魔獣も「影」を利用して移動や攻撃を行うということ。影を移動する敵に対しては、舞の光魔法が極めて有効だ。一度放てば、その光は影に潜む敵も炙り出すことができる――それが明らかになった。これにより、戦闘が一気に楽になる。
「あの暗黒騎士の子も、影で移動するんだよね? 舞の光魔法であぶりだされそう」
恵理がふと呟いた。
「それは気がついても言わない約束っす。ただでさえ厨二病スキルなのに、あぶり出されたら格好がつかないっす」
新海が即座に反応し、顔をしかめる。
ダンジョンの何処かから、誰かのくしゃみが聞こえた気がした。




