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第54話 東京レイド⑬

「――神憑カミツキ


 声が響くと同時、血まみれで倒れていたはずの丈一郎が、鬼の背後へと獣のような身のこなしで飛び出した。その速度は、鬼の反応を上回る。彼は、鬼の強靭な黒紫の皮膚をものともせず、その首元へと食らいついた。牙が肉に食い込み、文字通り肉を食いちぎる。その勢いのまま前方へと回転して飛び降り、丈一郎は舞たちと鬼の間に立ちふさがった。


「グオッ!?」


 鬼はたまらず唸り声を上げ、首元に手を当てる。


 舞や恵理、杉谷、新海は、信じられない光景に目を奪われた。鬼の前に降り立った丈一郎は、獣のように低く構え、両腕をぶらんと下げて、鬼の肉を咀嚼している。その瞳は、獲物を狩る捕食者のように、黄金色に怪しく光っていた。


 そして、肉を飲み込んだ丈一郎の背中から、黒紫色の異様なオーラが噴出し始めた。それは、鬼の肉、いや、鬼に宿る雷神のエネルギーを捕食、もとい、補いつかさどった結果だった。


獄焔ごくえん黒雷こくらい


 丈一郎が、その言葉を口にした。次の瞬間、彼の右の手と左の手に、それぞれ赤黒い炎と、紫電が禍々しく現れた。取り込んだ雷神の能力を、その場で即座に己の力として発現させたのだ。


 丈一郎は低い姿勢のまま鬼の巨体に再び飛びかかる。炎を纏った右の拳で鬼の腹を貫くと、雷をまとった左手で鬼を殴り飛ばす。紫電が鬼の全身を走り抜け、黒紫の肉体が焼き焦がされていく。


 鬼は、身をよじるように苦痛に悶えた。そのダメージは、先ほどの丈一郎の一撃や、杉谷たちの攻撃とはレベルが違う。体から放たれる神力が、急速に失われていく。そのダメージは回復する様子がない。


 さらに丈一郎は攻撃を続ける。悶える鬼を蹴り上げると、収納から両手剣を取り出し構える。


雷獄焔葬らいごくえんそう


 瞬間、雷と炎が奔流のように両腕を駆け抜け、構えた剣へと流れ込んだ。

 雷光がうねり、業火が巻きつき、両手剣はビリビリと唸るように震える。その力は、まさに鬼が放った“あの技”――だが、丈一郎のものは違った。


 鬼の放った雷獄焔葬が放射型の範囲攻撃だったのに対し、丈一郎の雷獄焔葬は、力を一点に集束させて刀身に留めていた。完全に自らのスキルとして掌握し、洗練された一撃へと昇華させた証拠だった。


「今度こそ――終わりだ」


 そう言い放つと、丈一郎は一気に地を蹴った。

 雷火を纏う両手剣を振り下ろし、鬼の頭部から胴体へ、真っ向から両断する。

 同時に、黒き炎が鬼の体を包み、全身に雷撃が奔った。


 鬼の巨体が、再び――今度こそ、完全に地へと叩きつけられた。


「……寝坊助め。やっと目覚めたか。――これで、私の仕事は終わりだな。励めよ」


 鬼は、真っ二つに裂けた口から、静かにそう呟いた。

 その声は、どこか満足げで、僅かに優しさすら滲ませていた。


 次の瞬間――

 鬼の瞳に宿っていた金色の光が、ふっと消える。


 理性が抜け落ちたように、その表情は虚ろになり、ウォォォォ――と、言葉にならない咆哮をあげて苦悶に身をよじる。

 断末魔の叫びを残して、黒炎に包まれた巨体が、崩壊していく。それでも燃え盛る炎は衰えることなく、残る肉塊も一気に炭へと還していく。


 やがて風が静かに吹き抜けると、その場にあったはずの鬼の姿は、跡形もなく消えていた。


《鬼の討伐を確認。おめでとうございます。ミッションをクリアしました》


 途端、その場にいた全員の脳内に、勝利を告げるミッションクリアの画面が輝いた。

 張り詰めていた空気が、一気に緩む。その場にいた杉谷、新海、恵理、舞は、安堵と脱力に包まれるように、その場にへたり込んだ。


 その中で、ただ一人、丈一郎の脳内にだけ――さらなるウィンドウが表示されていた。


黄泉津大神イザナミの加護が開放されました》


「……加護?」


 丈一郎が呟いた。


 イザナミ――かつての国生みの神であり、命を失い死後の世界である黄泉の世界で死を司る存在となった神。その力が今、丈一郎の中で目を覚ましたのだった。


(黄泉ってことは、死を司る神か。不死のゾンビとめちゃくちゃ関係してるんだろうな……。なんにしても――)


「……終わったんだな」


 丈一郎は、ゆっくりと下ろし、荒い息を整える。心臓の鼓動はまだ早く、汗が額を流れていく。それでも――


 誰ともなく、ぽつりとそう呟いた声が、空気を震わせた。


 恵理が地面に座り込みながら、そっと空を見上げる。舞が隣に腰を下ろし、何も言わずにその肩に背中を預ける。


 新海は、深く息を吐いた後、「あー、全身バッキバキっすわ……」と笑い、杉谷がそれに小さく肩を揺らす。


 長く、そして激しい戦いだった。早朝に始まった東京レイドは、その渦中で信じられないような異変を経験し、多くのリスクをはらみながらも無事完走した。


 空を見上げれば、ビル群の隙間から、鈍色の光が差し込んでいた。太陽は既に西の空へと傾き始め、戦いの終わりを告げるかのように、渋谷の街を茜色に染めようとしている。


 こうして、この日の長い戦いは、ついに終わりを告げた。



 *  *  *



 戦いの翌日。丈一郎パーティと舞は、新宿の探索者拠点ビルにある医務室に集まっていた。


「なんで一番大怪我していた丈ちゃんがピンピンしてるんすかねぇ?」


 ベットで横たわる新海練がそうぼやいた。医務室では、杉谷悟と新海がベットで治療を受けている。治癒スキルを受け、肉体的には完全に治っているものの、念のため安静にさせられていた。隣の空いたベットに、七瀬舞と有村恵理が腰掛け、桐畑丈一郎はその横に立っている。


「昔から健康なことだけが取り柄だったからな。去年なんて最高七徹までしたぞ」


 丈一郎がけろりと言い放つ。


「もう! それは自慢することじゃありません!」


 舞が間髪入れずにツッコミを入れる。


「はぁ。あんな戦いのあとでも、丈は変わらないんだね」


 恵理が呆れたようにため息をついた。そう言って、彼女たちは昨日の戦いを思い返す。

 戦いの後、杉谷や丈一郎から鬼の正体、火雷神ほのいかづちのかみについて、他のメンバーにも共有されていた。レベル180を超え、捕食者の能力で強化された丈一郎を圧倒したその力。そして、血まみれで倒れ伏しながらも、覚醒して再び立ち上がった丈一郎の姿は、どこかかけ離れた存在になってしまったように感じた。

 だからこそ、こうして変わらず会話できていることに、彼女たちはどこか深い安堵感を覚えていた。


「そもそも数百万のゾンビを倒してレベリングしてたんすよね。覚えたスキルもろくに試しきれないうちにバケモンと戦ったせいで忘れてるっすけど、こんなこと成し遂げたの、多分世界でもうちらだけじゃないっすかね」


 新海の言葉に、杉谷が静かに答える。


「えぇ。今回、大きな怪我をしたのが、私達だけで済んだのは良かったですね。得られた結果からすれば大成功と言えるでしょう」


 その時、医務室のドアが開き、神谷智久が入ってきた。


「やー皆さん。お疲れ様でした。先ほど報告が上がってきており、都内のゾンビ、環七より内側のゾンビは大幅に減ったとのことです。残りは自衛隊メンバーによる掃討作戦となるでしょう」


 神谷はにこやかにそう言うと、丈一郎、そしてベットで横たわる杉谷たちに向かって頭を深く下げた。


「丈一郎さん。そして皆さん。本当にありがとうございました」


 顔を上げると、その表情を崩し、いつもの飄々とした笑顔を見せる。


「今朝、藤田さんたちがタウロスの肉を狩ってきてくださったそうで、今夜は祝勝会だ! と盛り上がっているようです。もちろん、皆さんもご参加いただきたいと思っています」


 その言葉に、新海がぱちくりと目を瞬かせた。丈一郎は思い出したかのように神谷に話しかける。


「そういや、事情は杉谷さんから聞いたからいいけどさ。レイド終わったんだし、いい加減パーティ抜けてもらっていいか?」


「そんな! 共に戦った仲じゃないですか」


「全然一緒に戦ってないけど」


 恵理が思わず、するどくツッコミを入れた。


「そういや昨日、戦闘が終わるまで一回も会ってないな」


 追い打ちをかけるように、丈一郎が痛いところをつく。


「立場上、仕方がない部分はあるでしょうねぇ」


 杉谷が、神谷の言葉を代弁するようにそう言ったかと思うと、とどめを刺すように続けた。


「ということで、抜けていただけますか」


「…はっ! これはいわゆるパーティ追放イベントというやつですね。追放された賢者神谷の英雄譚がここから始まる…!」


 神谷は物語の主人公のような口調で語り出す。


「あんた職員いないとこだと、そんなキャラだったんっすね」


 新海が呆れ顔で呟くと、医務室に温かい笑い声が響いた。



【ステータス】

名前:桐畑 丈一郎

職業:補職者レガトゥス+7

レベル:181

経験値:19369/30025

HP:2410/2410

MP:1055/1055

STR:500

VIT:200

AGI:200

INT:200

LUK:30

スキル:補職、神憑かみつき、眷属転化、眷属進化、戦技絶巓マスター・アームズ、全状態異常耐性、気配感知、虚界展開ディメンション・ヴォルト隠蔽パッシブ、神気、基本魔法、中級魔法、自己治癒 Lv7、溶解液 Lv6、突進Lv2、挑発、鉄壁アイアンガード剛打クラッシュブロウ罠感知トラップセンス背撃バックスタブ盗技スティール二連斬ツインブレイク戦王轟断ヴァリアント・アーク巨神鉄槌ギガンティア・スマッシュ霜巨盾衝ヨトゥン・シールド巨雷鉄鎚陣ギガンティア・インパクト

加護:黄泉津大神イザナミの加護

残AP:218



【ステータスログ】

捕食者ゾンビ補職者レガトゥスへの進化を開始します》


補職者レガトゥススキル眷属進化を獲得しました》

補職者レガトゥススキル術理再編スキル・オーグメントを獲得しました》

《捕食は補職に進化しました》

《噛みつき LvMAXは神憑かみつきに進化しました》


《――術理再編スキル・オーグメントによりスキルの統合・進化を開始します》


《スキル全状態異常耐性を獲得しました》

《スキル気配感知を獲得しました》

《スキル基本魔法を獲得しました》

《スキル中級魔法を獲得しました》


《各種耐性は全状態異常耐性に統合されました》

《暗視、気配察知は気配感知に統合されました》

《各属性初級魔法は基本魔法に統合されました》

《各属性中級魔法は中級魔法に統合されました》


《新たな職業が解放されました》

《職業:雷神が追加されました》


《雷神スキル神気を獲得しました》

《雷神スキル神撃解放ゴッドブレイヴを獲得しました》

《雷神スキル戦技絶巓マスター・アームズを獲得しました》

《雷神スキル虚界展開ディメンション・ヴォルトを獲得しました》

《雷神スキル獄焔ごくえんを獲得しました》

《雷神スキル黒雷こくらいを獲得しました》

《雷神スキル雷獄焔葬らいごくえんそうを獲得しました》


《威圧、王の咆哮キングスロアは神気に統合されました》

《勇猛果敢は神撃解放ゴッドブレイヴに統合されました》

《各種戦闘術は戦技絶巓マスター・アームズに統合されました》

《収納、宝庫チェスト虚界展開ディメンション・ヴォルトに統合されました》


黄泉津大神イザナミの加護が開放されました》


 東京レイド編は以上です。次章が第1部の完結章となります。準備のため、次章まで一週間ほど更新を止める予定です。できればブックマークしていただき、お待ちいただけると幸いです。

 またその間、幕間や登場人物一覧など、設定情報を更新する予定です。

 なるべくテンポよく進めたかったのですが、ここまでで20万字以上かかってしまいました。そんな中、この話まで読んでいただき本当にありがとうございます。

 ここまでストーリーを書くことは初めてのことで、楽しんでいただけるかどうか不安な部分もありながら、皆様の評価で支えていただきました。忌憚のない意見・感想をいただけると幸いです。

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