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第53話 東京レイド⑫

 雷獄焔葬らいごくえんそうの直撃を受け、桐畑丈一郎の意識は闇の底へと沈んだ。しかし、やがてその闇は晴れ、彼は自身の意識が、どこまでも広がる真っ白な空間に存在していることに気づいた。音もなく、匂いもなく、ただ純粋な白が無限に広がっている。

 丈一郎はその中心で、背を下にして力なく宙に漂っていた。


 その空間の奥から、ゆらりと一つの影が姿を現した。影はゆっくりと丈一郎に近づいてくる。貫頭衣のようなものを着ているようだが、逆光で詳細な顔立ちや表情は読み取れない。


「君はいつもそうやって前に飛び出していくね」


 その男は、どこか懐かしむような、それでいて諦めにも似た眼差しで丈一郎を見つめた。


「無理に争いに加わる必要はないんだよ。僕らはそう願われた一族なんだから」


 その男の言葉に、丈一郎の意識は混沌としていた。


「……争い? 願い? なんのことだよ。俺は眠いんだよ」


 丈一郎の脳裏には、疲労と、このまま意識を深く沈めたいという本能的な願望が渦巻いていた。


「疲れたのなら、このまま故郷に帰れば安全だよ。()()()()家の特性に加えて、あそこには強力な結界があるから」


 その男は、丈一郎の言葉を気にすることなく、優しい声で続けた。


「特性? 結界? 何を話している? もう眠たいんだ」


 丈一郎は苛立ちを覚えた。眠気に抗い、この理解できない状況から逃れようとする。


「うん、ゆっくりお休み。安心して。あの神は君を殺す気はないようだから」


 その男は、丈一郎の返事を待たずに、静かに言葉を区切った。しかし、次の言葉は、丈一郎の眠気を一瞬で吹き飛ばすものだった。


「だけど、君の眷属の子と、()()()家の子は、助からないだろうね。()()にとって、生かすことはリスクに思えるだろうから」


 その言葉が、丈一郎の頭に雷鳴のように響いた。眷属の子――彼が助けた、そしてパーティとして支えてくれている恵理。そして、ナナシ家の子――それはきっと七瀬家、七瀬舞のことだ。

 先ほどまでの、強烈な力を得て再生したオーガの姿が脳裏に蘇る。どういうことだ? あの鬼は鬼ではなく「雷神」と呼ばれているのか? そしてそいつが、舞たちを殺すと言っているのか?


 眠気も疲労も、全てが吹き飛んだ。丈一郎の瞳に、激しい怒りと焦りが宿る。助けなければならない。自分がどんな犠牲を払ったとしても。

 空間に漂っていた丈一路の体がふっと一瞬浮き上がると、体を縦にするように回転し、その足がまっすぐに地面に立つ。


「……やっぱり君は、人の事となると飛び出していくんだね」


 その男は、丈一郎の決意の輝きを見て近づいてくる。その影が丈一郎のすぐ目の前にまで来た時、彼はハッと息を呑んだ。影の輪郭が次第に鮮明になり、そこに立つ男は、紛れもなく丈一郎自身の姿をしていた。丈一郎の顔を見やり、満足げに微笑んだ。その表情は、どこか諦念と、深い慈しみに満ちている。


「それなら、私が少し最適化の手助けをしよう。本来、()()()()は神の力を拒絶するからね。火雷神ほのいかづちのかみの攻撃で、君に与えられた加護の源流には触れさせてもらった。……あのひとの力は、すでに解析済みだよ」


 そう言うと、男はそっと丈一郎に手をかざした。その掌からは、温かく――しかし圧倒的な力が流れ込んでくる。それは、丈一郎に与えられた力の本質であり、同時に、彼がこれまで“捕食”してきたすべての職業とスキルの記憶が統合され、より高次の存在へと昇華していく感覚だった。


捕食者ゾンビ補職者レガトゥスへの進化を開始します》

《合わせて、一部のスキルの統合・進化を開始します》


「――いつでも見守っているよ。君は、私だからね」


 その瞬間、丈一郎の意識が、急速に浮上していく。白い空間が砕け散り、現実の光景が彼を迎え入れた。



 *  *  *



 オーガの巨体が、ゆっくりと再び4人に迫る。杉谷と新海が銃撃を放つが、意に介さず前へと進む。


聖環癒域セイクリッド・シールド!!」


 恵理が叫び、杖を構える。途端に、彼女の周囲に眩い光の壁が展開される。その光は、空中に浮かび上がる六芒星と、淡く輝く複数の環が鬼の接近を阻もうとする。しかし、鬼は気にもとめず向かってくる。


「舞! いける!?」


「…っ! 聖環癒域セイクリッド・シールド!!」


 恵理の直後、舞もまた、震える声で叫びながら、覚えたばかりの同じスキルを発動させた。彼女の身体からも白金の魔方陣が溢れ出し、恵理が展開した結界の上に、さらに強固な光の盾を重ねる。


 鬼が軽く放った一撃は、その神聖な盾によって防がれた。だが、それはただそれだけのことだった。鬼からすればたった一撃を防がれたに過ぎない。その表情には、苛立ちすら浮かんでいなかった。


 2人が稼いだ僅かな隙に、新海が魔導銃を構える。レベルアップにより展開速度が上がったとは言え、その銃身はタイタンに放ったサイズの半分ほどの大きさだった。それでも、ステータスの上昇に合わせて威力は格段に上がっていた。


「いい加減にしろ。魔導電重砲レール・キャノン!」


 光とともに響く轟音が鬼を貫いた。胸元から下が蒸発し鬼の首が転がる。


「――解析弾丸アナライズ・バレット


 その頭に向かって杉谷が容赦なく一撃を放つ。観察眼アナライズを持つ杉谷は、スキルを駆使することでその鬼の正体に気がついたためだ。


 鬼の姿が完全に消失し、光へと変わる。しかし――


「やはり、駄目ですか」


 鬼の姿が消えたかのように見えたその時、光がまた集まり肉体を再構成していく。再構成が終わると鬼は感嘆の声を上げ、杉谷を称える。


「おお。今の男の一撃は良かったぞ。威力はともかく、霊体を辿って本体にまで届くとは、なか…」


「…穢れを焼き尽くし、還すは聖なる火、浄火ピュリファイア!」


 鬼が言い切る前に詠唱を始めていた恵理が叫び、輝く炎がほとばしる。それは、鬼の獄焔とは対極にある、神聖なる浄化の炎だった。

 炎は鬼の巨体を包み込み、その身を焼き尽くそうとする。


浄化光束ピュリファイング・レイズ!」


 舞も覚えたばかりの光魔法スキルを放った。彼女が杖を掲げると、上空から光の束が降り注ぎ、恵理の浄火と合流し、鬼の体を穿つ。二人の聖なる力が、鬼の肉体を僅かに焦がした。


 その二人の能力を見て、鬼の金色の瞳が僅かに見開かれた。


「…我が主と対極の力か。一方は我が主の末席、もう一方は夜の庇護の一族とは、なんの因果か共に歪んでおるな」


 鬼は、その場にいる本人たちですら知らない事情を次々と語る。しかし、その内容を尋ねられるような相手と場面ではなかった。


「興味深いが今は時間がないのでな。計画に影響が出うる不穏分子は排除させてもらうぞ」


 鬼の顔から余裕の表情が消え、明確な殺意が宿る。その巨体が、再び恵理と舞に迫る。自身に向けられる圧力を前に、二人は体がすくみ動くどころか声すら出せなかった。


 杉谷と新海が、鬼を止めようと身を挺して再び前に出る。しかし、もはや興味を失ったとばかりに鬼は彼らを軽くあしらい、掌の一撃で吹き飛ばした。


 無防備になった舞と恵理の頭に、鬼の巨大な両手が伸びようとした、その時。


「――神憑カミツキ


 その声は、深淵から響く咆哮のようでありながら、どこか渇きを帯びた、変容した丈一郎の声だった。

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