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第51話 東京レイド⑩

 ダンジョンの通路の奥、桐畑丈一郎は光を追って駆け始めていた。つい先ほどまでゾンビの死骸で埋め尽くされていたはずの通路が、まるで誰かが丹念に掃き清めたかのように、不自然なほどにクリアになっていた。辺りには一切の腐臭も、血の匂いもない。ひんやりとした空気が肌を撫でる。丈一郎は迷うことなくその道を奥へと進む。足元には、かすかに光の残滓が揺らめいているように見えた。


 丈一郎は走りながらステータスの確認をする。


「おぉ、レベル181まで上ってる! なんかいかつい名前のスキルもいっぱい増えてるな。APも718あるし、今のうちに降っとくか」


 現在のスタイルからSTRに300、VIT、AGI、INTにも100ずつ振り分ける。



【ステータス】

名前:桐畑 丈一郎

職業:捕食者ゾンビ掃除人スライム巨人タイタン闘牛タウロス戦王ウォーロード/魔法使い《ウィザード》/盗賊

レベル:181

経験値:19369/30025

HP:2410/2410

MP:1055/1055

STR:500

VIT:200

AGI:200

INT:200

LUK:30

スキル:捕食、打撃耐性パッシブ、噛みつき LvMAX、腐食耐性 LvMAX、麻痺耐性 LvMAX、毒耐性 LvMAX、暗視、溶解液 Lv6、収納 Lv7、気配察知 LvMAX、棍棒術 LvMAX、弓術 LvMAX、斧術Lv2、格闘術LvMAX、両手剣 Lv.MAX、眷属転化、隠蔽パッシブ、自己治癒 Lv5、勇猛果敢、挑発、鉄壁アイアンガード剛打クラッシュブロウ、威圧、突進Lv2、火球ファイアボール Lv1、火壁ファイアウォール Lv1、水球ウォータボール Lv1、水波ビッグウェーブ Lv1、氷針アイスニードル Lv1、氷槍アイスランス Lv1、石礫ストーンブラスト Lv1、石壁ストーンウォール Lv1、罠感知トラップセンス背撃バックスタブ盗技スティール宝庫チェスト、王の咆哮キングスロア二連斬ツインブレイク戦王轟断ヴァリアント・アーク巨神鉄槌ギガンティア・スマッシュ霜巨盾衝ヨトゥン・シールド巨雷鉄鎚陣ギガンティア・インパクト

残AP:118



「よし。鬼でもなんでも来いって感じだ。正直自分でも引くわ」


 ステータスを振りながら進んでいくと、いつの間にか通路は緩やかな上り坂へと変わっていた。その上り坂を登りきった先、丈一郎の視界に、開けた空間が飛び込んできた。


 そこは、東京メトロ半蔵門線、東急田園都市線の渋谷駅ホーム。

 薄暗い地下通路から辿り着いたその空間は、非常灯が微かに点滅しており、崩落の跡も見当たらない。数時間前まで日常がそこにあったかのような、不気味なほどの静寂に包まれている。


 丈一郎の目の前で、先ほどまで彼を導いてきた光の奔流が、さらに強く輝きを増していた。その光は、ホームの奥、改札方向へと明確な軌跡を描いている。丈一郎は迷うことなく、その光を追ってホームを駆け抜けた。


 光は、改札を通り抜け、渋谷の地下街へと流れていく。丈一郎は、光を追いながら地下街を走り抜ける。

 周囲の店は、当然ながらどれも無人だった。シャッターが閉ざされているところもあれば、商品がディスプレイされたままになっているところもある。あちこちに乾いた血痕が残っているものの、ゾンビや死体は一切残っていない。


 光は、地下街を貫き、やがて地上へと続く大きな階段を上っていく。丈一郎は、疲労を感じさせない軽やかな足取りで、その階段を駆け上がっていった。彼の心臓が、これから起こるであろう何かの予感に、静かに高鳴るのを感じていた。


 階段を上りきると、目の前には見慣れた光景が広がっていた。渋谷の象徴、ハチ公像。数時間前まで、いや、数十分前まで、無数のゾンビが蠢き、地獄のような様相を呈していたはずの渋谷駅前広場は、嘘のようにクリアになっている。地面には血痕や破壊の跡があちこちに残っているが、ゾンビの死体は一切なく、まるで巨大な清掃車が通過したかのようだった。

 丈一郎の視線は、自然とスクランブル交差点の上空へと引き寄せられた。

 先ほどまで彼を導いてきた光の奔流が、その空の真ん中へと集中しているのだ。四方から集まる無数の光の粒が、まるで巨大な渦を巻く銀河のように、目も眩むほどの輝きを放ちながら集まっていく。光は徐々に、しかし確実に、人型の輪郭を形作っていく。その輪郭は、見るからに強靭な存在を思わせ、鼓動するように膨張と収縮を繰り返す。

 光の塊が、巨大な心臓の鼓動のように大きく瞬いた、その瞬間――。

 全ての光が、夜空に咲いた花火のように、完全に消え失せた。

 光が消えた直後、そこには、真紅の皮膚を持ち、筋肉が隆起した身長約3メートルの人型が、夜空に浮かんでいた。その頭部の中央には、禍々しいまでに鋭い一本の角が天を衝くように生えていた。


「ゴオオッ……」


 巨大な人型は、地を揺らすような重々しい唸り声を上げながら、ゆっくりとスクランブル交差点の真ん中へと降下していく。その着地の衝撃は、アスファルトを砕き、周囲のガラス窓を激しく振動させた。乾いたアスファルトには放射状にひびが入り、その存在の圧倒的な質量と力を物語っていた。その体から放たれる圧倒的なプレッシャーは、これまで戦ってきた敵とは比較にならない。


 丈一郎は、脳内に響いた「声」の目的も、《緊急ミッション》の真意も不明なままだ。だが、この強大な敵を放置する選択肢はないことは理解していた。地上部隊が合流するまで待つという考えも一瞬脳裏をよぎったが、この状況で悠長なことをしている場合ではないと判断する。


「相手の出方を待ってやる必要はないよな」


 丈一郎は低く呟くと、躊躇なく地を蹴った。最初から能力全開で攻撃を仕掛ける。


 現在の彼の戦闘スタイルは、両手剣の豪快な斬撃と、近接格闘の素早い体術を組み合わせた変幻自在なものだ。鬼の巨体から放たれる鈍重な拳を、紙一重でかわし、その懐に潜り込む。巨大な両手剣が唸りを上げ、鬼の分厚い皮膚を切り裂く。真紅の表面に、血を流さない白い傷跡が走った。


 新海との修行の成果、なによりレベルアップの効果は明確に表れていた。丈一郎の繰り出すパンチは、空気を震わせるほどの質量を伴い、鬼の顎を的確に捉える。斬撃は、まるで意志を持つかのように鋭く、鬼の防御を嘲笑うかのように、狙った部位へと食い込む。


 鬼は反撃を試みるが、丈一郎の圧倒的なスピードと、ビル群を舞台にした立体的な立ち回りに翻弄される。丈一郎は鬼の肩を足場にして高々と跳躍し、その体勢のまま渾身の蹴りを叩き込む。3メートルの巨体が宙に浮き上がり、そのままバランスを崩してSHIBUYA 109の壁面に激突した。ガシャン!とけたたましいガラスの砕ける音が響き渡り、壁面にはひびが入る。鬼は苦しげな唸り声を上げながら、ひび割れた壁から剥がれ落ち、アスファルトに叩きつけられる。


 丈一郎は休む間もなく追撃に移る。渋谷マークシティの壁を蹴って急加速し、再び鬼の背後へと回り込む。その目には、強敵との戦いを楽しむかのような、静かな興奮が宿っていた。

 丈一郎は、倒れ伏した鬼の巨体を、さらに上空へと蹴り上げた。アスファルトが大きく陥没するほどの蹴り上げで、3メートルの巨体がまるで紙のように舞い上がる。丈一郎もまた、鬼を追うように跳躍し、空中で回転しながら、渾身の力を込めた斬撃を鬼の肩口へと叩き込んだ。


「はぁっ!」


 レベルアップで覚えていた新たなスキル、戦王轟断ヴァリアント・アーク。まさに戦王ウォーロードを象徴する必殺の一撃だった。真紅の肉体が、まるで巨大な果実のように、ズゥゥンという鈍い音を立てて肩口から真っ二つになる。上空で、鬼の体は左右に分かたれ、そのまま無防備に落下していく。


 ドォォォンッ!


 二つに分かたれた鬼の巨体が、スクランブル交差点の真ん中へと落下し、爆発音と共に大量の土煙が舞い上がった。着地の衝撃で、すでにひび割れていたアスファルトはさらに深く陥没し、交差点の中央には巨大なクレーターが形成される。


 丈一郎はゆっくりと地上に降り立つ。土煙が晴れると、そこには真っ二つになった鬼の残骸が横たわっていた。その光景を前に、丈一郎の顔に一瞬の安堵と、確かな勝利の確信が浮かんだ。


 見渡せば、派手に壊れた渋谷の街並みが広がっている。SHIBUYA 109のひび割れた壁、陥没したスクランブル交差点。


「……神谷さんたちに、怒られるな」


 丈一郎は、乾いた笑いを漏らしながら、ジョーク混じりに呟いた。



 だが、丈一郎の勝利の確信は、あまりに早計だった。

 倒れ伏し、真っ二つになった鬼の巨体から、まるで最期の言葉を紡ぐかのように、低い、しかし明確な声が響き渡った。


「――《供犠解放ぐぎかいほう》」


 その一言が、渋谷の空を震わせた。


 次の瞬間、空が輝き始める。上空から、先ほど鬼を構成した光の粒の残滓――いや、それとは比べ物にならない。鬼を構成した光の粒の10倍以上も大きい、とてつもない量の光の奔流が、倒れた鬼の身体へと降り注ぎ始めたのだ。

 光を吸収していく鬼の身体から、異様な圧力が放たれ、周囲の空気が重く澱んでいく。これまで感じたことのない、生命の危険を直感させるほどの圧倒的なプレッシャーに、丈一郎は反射的に身構えた。


 光が完全に吸収された時、鬼の肉体が、ぐずぐずと動き始め、再生していく。裂けた肩口が瞬く間に繋がり、欠損した部位がねじれた筋肉と共に修復されていく。肌の色は真紅から黒紫へと変化し、まるで稲妻が走ったかのように全身に光の文様が浮かび上がる。その目にはそれまでになかった、理知的な金色の光が宿る。

 そして、再生を終えた鬼は、以前よりもさらに禍々しく、そして強大な存在へと変貌していた。その口元には、不敵な、そして嘲るかのような笑みが浮かんでいるように見える。そしてその口から、明確な言葉が発せられた。


「やれやれ。あのお方も人使いが荒い。受肉してすぐこれだ。まぁ、あれだけの供物があれば大したことではないがな」


 鬼の放つ圧は、これまで丈一郎が感じたことのある、あらゆるレベルをはるかに超えて跳ね上がっている。それは、明確な「敵」としての存在が、そこに立ちはだかることを告げていた。鬼の視線が、空間を支配するかのような強さで丈一郎を捉え、その不敵な笑みが深まる。


「お主が御方の使徒か。仮初の肉体ではあるが、しばしの間、楽しませてもらおうぞ」



 *  *  *



 杉谷悟、新海練、有村恵理、七瀬舞の四人は、公園通りを駆け抜けていた。突入部隊との合流は神谷をはじめとする後続のメンバーに任せ、彼ら“メインパーティ”は、一秒でも早く現場に到着することを最優先とした。

 この判断には理由があった。合流には多少の時間を要する見込みであること、そして何より、索敵スキルや視認範囲においてゾンビの気配がまったく確認できないという状況が、分隊行動を決断させたのだった。


「私のわがままに付き合ってくれて、ありがとうございます。どうしても――嫌な予感がして……舞も、そうなんだよね?」


 恵理の問いかけに、隣を走っていた舞が力強く頷いた。


「うん。……胸の奥がざわざわして落ち着かないの。パーティメンバーじゃない私まで、無理に同行させてもらって……ありがとうございます」


 その瞬間――二人の直感が正しかったことを証明するように、渋谷駅方面から凄まじい圧力が襲いかかってきた。


 空気が震え、体が無意識に硬直する。四人は立ち止まり、思わず息を呑んだ。


「これは…レベルアップしたことが、意味をなさないかもしれませんね」


 彼らもまた、この短期間で驚くべき成長を遂げていた。だが、今、渋谷から放たれているプレッシャーは、そんな彼らのレベルすら意味をなさないほどの、圧倒的な隔絶を感じさせるものだった。


 公園通りを駆け抜け、渋谷駅前に差し掛かったその瞬間、彼らの視界に飛び込んできた光景に、全員が言葉を失った。


 スクランブル交差点の中央に開いた大穴の手前には、黒紫色の巨躯を持つ「オーガ」が、まるでそこに君臨するかのように立っていた。その体からは、肉体の内側から立ち上るような禍々しいオーラが放たれている。そして、彼らが目を疑ったのは、その鬼の奥、渋谷駅の壁面だった。


 ――瓦礫に背中を預けるように、血まみれで意識なく倒れる、桐畑丈一郎の姿がそこにあった。

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