第33話 タイタン③
新海練の職業、銃魔錬金術士は、良くも悪くも“癖の強い”職業だった。
その攻撃体系は特殊で、弾丸の威力はSTRに依存し、魔弾の生成はMPを消費――すなわちINTに依存するという二重の特性を持っている。火力を上げるか、弾薬生成の効率を取るか。探索者としては常に“どちらを優先するか”という選択を迫られるビルド構造だ。
元SAT出身である彼は、もともとSTR・VIT・AGIといった物理系の初期ステータスが高く、近接格闘にも十分対応できる素養があった。
そのため、普通ならそうした能力を伸ばしていくのが自然な選択肢だ。
仮に火力より弾薬の運用を重視するにしても、魔力による生成を考慮してINTに“ほどほど”に振るのが一般的なビルドとなるだろう。
魔弾は生成すれば物理的に残るため、戦闘外でストックしておくことが可能だからだ。
だが新海は、迷うことなくINTにポイントを集中させた。
その結果、彼のステータスは、よく言えば“魔力型”、悪く言えば“中途半端”とも取れるものとなる。だがそれは、単なる職業設計の都合ではない。
その背景には、「ダンジョン発生時に内部へ取り残された仲間の警察官たちに、少しでも多くの弾薬を預けられれば、生存率は上がるはずだ」という強い信念があった。
自分の火力など二の次――そう割り切るその覚悟こそが、彼のステ振りを決定づけたのだった。
そしてその選択は、思わぬ“恩恵”をもたらす。
銃魔錬金術士のスキル――魔導銃。
これはINT値に応じて“自身の手で銃を創り出す”という能力だ。普段は使い慣れたSMGの形に生成して戦う新海だが、実はINTを100以上に到達させた彼が本気を出せば、戦艦の主砲クラスの火器ですら創り出すことができると判明したのだ。
もちろん制約もある。銃の生成にはサイズが大きくなればなるほど時間を要し、隙も生まれる。さらに言えば、巨大な砲台を戦場に展開するというのは、キャタピラも装甲もない“戦車の砲身だけが丸裸で転がっている”ようなものである。
つまり、“極めて強力だが、極めて繊細”な使い所を選ぶスキル。
だが、扱いを誤らなければ――このスキルは、上位の敵すら一撃で屠る“切り札”となる。
「デカブツくん。目隠し、ありがとっす!…おかげでこっちの準備も整ったよ。」
弾丸の威力はSTR値に依存するが、魔力で弾丸を加速する魔導電重砲は、新海の知識と技術を結集した秘密兵器であり、高いINT値を最大限に活かせる形態でもある。チャージ完了を示す魔導灯が深紅に染まり、重厚な砲身の先端に、黒紫の魔力が渦を巻く。
結界陣に当たって砕けた遺跡が生んだ粉塵のおかげて、銃の生成に加えて、残りの全MPをチャージする時間まで稼げた。
礼を言ったのは皮肉ではない。全力を出して戦えることに本気で感謝していた。
「俺の取って置き、くれてやるよ。じゃあな」
新海の声が静かに響いた瞬間、空気が震える。
発射音ではない。発射“前”の空気の唸り――
それは、重力すら撓ませる魔力圧縮の胎動。
砲身の先端に凝縮された黒紫のエネルギーが、螺旋を描きながら収束する。そして次の瞬間――
魔導電重砲、発射。
轟――!!!
耳をつんざく轟音とともに、空間が一瞬、歪んだように見えた。
射出された光の槍は、圧縮された魔力と磁力を解放し、雷鳴のような衝撃波を伴いながら一直線にタイタンの胸元へと到達する。
ドシュウゥウウウウンッ!!
命中と同時、空気が爆ぜる。黒鉄の胸板が砕け、肉が焼け、背面へ貫通した熱と破砕の圧力が、タイタンの巨躯を大きく後方へ吹き飛ばした。
巨躯が、呻き声ともつかぬ咆哮をあげ崩れ落ちる。
その衝撃で地面がたわみ、遺跡の石柱が再び倒壊する。
「すごい……」
その圧倒的な火力に、恵理が思わず息を呑む。
だがその火力を放った新海は、微動だにせず、前方の巨影を見据えたままだ。
「おいおい、まだ動くかよ……」
崩れた瓦礫の山がゆっくりと膨らみ、そこからタイタンの残された左腕が現れる。
砕けた岩を押しのけるようにして、巨躯が――立ち上がった。
重々しい動き。
だが確かに、あの化け物はまだ戦意を失ってはいなかった。
胸を狙った魔導電重砲は、寸前で斧ごと右腕を犠牲にする形でいなされた。致命傷には至らなかったが、代償として斧と右肩から先を失った。
それでもなお、奴の双眸には、憤怒の光が宿っていた。
「まずいですね……あの巨躯で突っ込まれれば、やぶれかぶれでも脅威です」
そう呟いた杉谷は冷静に銃口を下げ、次の一手を伺う。
だが――
「ダメージは十分……こっからは、俺の番だ」
そう言って、丈一郎が一歩、前に出た。
まるでこうなることがわかっていたかのように。
「おい……」新海が思わず声を漏らす。
「マジで一人でいく気かよ!?」
だが丈一郎は、何も返さなかった。ただ、黙って地面を蹴る。
次の瞬間、タイタンが咆哮と共に左腕を振り下ろす――!
「ハッ!」
その一撃を、丈一郎は両手剣で受け止め、弾き返した。
ギィィン!!
地響きと共に、金属が火花を散らす。
「おいおい、マジかよ……」
驚愕する新海。
丈一郎はその勢いのまま、両手剣を逆手に持ち帰ると、タイタンの左肩口へと剣を突き立てる。
「でけー体だと、ダメージ入ってる感がねぇな」
余裕すら感じさせる口調でそう言うと、そのまま巨躯から飛び降りた。
だがタイタンは、なおも抵抗を止めない。
巨躯が重く、地面を鳴らす。足で丈一郎を踏みつけようとするが――
「遅いな」
丈一郎は右、そして左と身を翻し、攻撃を回避する。
それはまるで、重戦車の足元を駆け抜ける疾風。
翻弄されるタイタン。
右肩からの損傷も響いているのか、タイタンの動きは明らかに鈍っていった。
丈一郎は剣を構え、膝を折って突進スキルを発動する。
「いくぞ……!」
突進の勢いのまま飛び上がり、両手剣の柄をぶつける形で剛打を繰り出す。
打撃と共に、空気が爆ぜる。
タイタンの胸板に直撃したその一撃は、鈍い音と共に奴の身体を後方へ吹き飛ばした。
ズガァン!
巨躯が岩壁に激突し、地面を滑りながら崩れ落ちる。
丈一郎は、すでにその巨大な影に向かって砂を蹴っていた。
「よっと」
風を裂いて跳躍し、タイタンの胸の上に乗り駆け、その首元へ向かって両手剣を振り上げる。
「――美味しいとこもらって悪いな、トドメはもらうぜ!!」
叫びと共に両手剣を振り下ろし、剣閃が巨躯の首元を貫いた。
一閃。
ゴシュウゥ……!
濁った音とともに、巨影の動きが止まる。
遅れて響く着地音と、砂の崩れる音。
沈黙する巨躯は二度と立ち上がることはなかった。
その場には、砂煙と――静かに勝者の呼吸だけが残っていた。




