第32話 タイタン②
それは、これまで戦ってきたデミ・タイタンと、姿こそ似ていた。
だが――
「……でかすぎる」
丈一郎が、息を整えながら、低く吐き捨てるように言った。
遺跡の影から現れたその巨体は、明らかに異質だった。身長は十六メートルを超え、肌の色は黒鉄に近い。全身を覆う筋肉はデミ・タイタン以上に隆起し、腕には太い鎖のような筋が絡みついている。
装備も違う。手には巨大な金属製の戦斧を構えており、その刃先には乾いた血と、岩を削った跡が残っていた。
「……動きは遅い。でも、馬鹿みたいにでかいから一歩で、多分七メートルくらい進んでるっすね。距離を取る時間は、ないっす」
新海が肩を上げながら、目線で測る。
地面が激しく揺れる。
ズズンッ! ズズンッ!
タイタンが踏み出すたび、砂が舞い上がり、地表がたわむ。まるで、タイミングを待っていたかのように、迷いなくまっすぐ向かってくる。
「あいつ……!こっちの消耗を待ってたな……!完全に狙ってやがる!!」
丈一郎が叫び、再び両手剣を握り直す。
新海も肩を回しながら、銃口をタイタンの頭部へと向ける。
「どうしますか!?」
恵理が叫ぶ。だが、杉谷の声がそれを制した。
「焦らないでください。距離を保ちます。まずは情報を」
その言葉と同時に、杉谷が構えていた銃から一発の弾丸が放たれた。
パンッ――!
「……やはりダメージは入りませんか」
恵理が思わず息をのむ中、杉谷は静かに息を吸い、銃を構え直した。
「出し惜しみしている場合ではありませんね」
彼の声音に、わずかに熱が乗る。
「それでは――とっておきの一撃をお見舞いしましょう」
スキル発動。
瞬間、銃身の周囲に青白い光が収束する。
構造解析式が浮かび上がり、幾何学的な魔法陣が一瞬だけ現れて消える。
その技は、対象を“観察”すればするほど威力が増す探偵専用スキル。
丈一郎と新海の戦闘中――退路を確保しつつ戦況を見ていると思いきや、杉谷はずっと遺跡の影に潜む巨影を観察していたのだ。
つまり、その観察時間は60分以上あるということになる。
「膝関節、左側。外旋にわずかな遅延」
呟きながら、杉谷は膝立ちの姿勢で構え、狙いを定める。
「――解析弾丸」
パンッ!!
先程の乾いた一発とは異なる、重く響く銃声。
放たれた弾丸は光の尾を引きながら直線軌道を描き、タイタンの左膝へと突き刺さる。
ズゴンッッ!!
衝撃音と共に、巨体がぐらりと傾く。
「……膝をやった!?」
丈一郎が驚きと共に叫ぶ。
巨体は大きくバランスを崩し、そのまま左膝を地面につく。
岩のように硬い地面が抉れ、響く轟音。砂が舞い、空気が震える。
「やりましたね、杉谷さん!!」
新海がはぁはぁと息を乱しながら叫ぶ。
「はっ、さすが……そんなスキル隠してたんだな……!」
丈一郎が目を見開く。
しかし、杉谷は静かに笑い、銃身をわずかに下げた。
「おや?それはお互い様でしょう」
その言葉に、丈一郎は一瞬だけ目を見張り、そしてふっと笑う。
(……まったく、この人は)
巨体は膝をついたまま、動かない。
一瞬の静寂が生まれ、誰もが体勢を整える余裕ができたと感じた。
が――
「え……!? 動いた……!」
恵理の悲鳴に似た声と同時に、ゴオオオオ……という風を裂く音。
遺跡が――否、遺跡の一部が、空を飛んでいた。
「……投げてきた、だと……!? あのサイズを……」
まるで子供が石を投げるような軽さで、タイタンは崩れかけた柱を両腕で掴み、それを丸ごと投げつけてきたのだ。
「まずい!!」
丈一郎が咄嗟に振り返る。
そこにいる恵理だけでも守らねば――
だが、丈一郎が振り返った時、恵理はまっすぐ前を見据えていた。
「……結界陣ッ!!」
彼女の声と共に、白金の魔方陣が発動した。
空中に浮かび上がる六芒星と、淡く輝く複数の環――
それはまるで巨大なドームのように、恵理とその背後の仲間たちを包み込む。
次の瞬間――
ガアァァァァァァンッ!!!
空から降ってきた遺跡の石柱が、結界の中央に直撃した。
巨人の腕ほどもある石塊が、轟音とともに砕ける。
破片が火花を散らして宙を飛び、地面を抉り、砂を巻き上げる。
だが――
砕けたのは石柱の方だった。
「っ……耐えた……っす!」
新海が目を細めて叫ぶ。
結界は歪むことなく、完全にその威力を受け止めていた。
幾重にも重なる光のレイヤーが、石の衝撃波を拡散させ、仲間たちへのダメージを一切通さなかった。
丈一郎が驚愕の表情を浮かべ、恵理を見やる。
「……今の、恵理の……」
「うん。さっきの二人の戦いでレベルが45まで上がって覚えたの。
聖環癒域みたいに回復はしないけど、代わりに防御力が高くて、しばらく維持できる」
汗をにじませながらも、恵理の声は凛としていた。
「……すげえじゃねえか。おかげで助かったよ」
丈一郎の声に、恵理は小さく笑った。
初めて使うスキルだけど、できるとわかった。
守りたいと思ったその瞬間、体が、魔力が、反射的に動いていた。
「――今のうちに、立て直しましょう」
杉谷が低く告げる。
* * *
岩壁から現れた小さな生物たち。
デミ・タイタンどもをいくら潰せども、その刃は自身には届かないだろう。
初めて見る生物を、タイタンはじっくり遊んでやろうと前に出た。
そして、小さな生物の放つ攻撃は、皮膚を貫通することすらできなかった。
そうしてたかを括っていたところへ、膝をつかされる一撃。
タイタンは怒り任せに暴れ、結果小さな生物たちは潰れ、いまは砂塵が舞い上がるのみ。
あぁ、せっかくのおもちゃをすぐに潰してしまったと後悔する。
少し休んで、膝の傷が癒えたらデミ・タイタンでもつぶして遊ぶか、などと考えながら、戦いの余韻を楽しんでいた。
……だが。
ふと、タイタンは違和感を覚えた。
砂塵の奥――視界が遮られたその向こうに、何かが“光った”のだ。
風が変わる。舞い上がっていた砂が、まるで導かれるように流れはじめる。
時間にして数秒。だが、タイタンの脳裏には警戒の念が走っていた。
――そして。
ごうっ、と吹き抜ける熱風のあと、砂塵が晴れた。
そこに立っていたのは――先程と変わらぬ、四人の姿。
無傷で、再び陣形を整えたその中――
新海が顔を上げて、タイタンを見つめニッと笑った。
「デカブツくん。目隠し、ありがとっす!…おかげでこっちの準備も整ったよ。」
極限まで集中し、静かに話す新海。
その声色には、いつもの軽い調子はない。
そしてその横には、異形の黒い影。
いつの間にか、地面に組み上げられていたそれは――
魔導式の砲台。重力を無視したかのように巨大な、漆黒のレールガンだった。
全長は10メートル。すでに魔力が帯電し、砲身からはビリビリと音を立てる魔素の火花。そこから伸びる黒く太いケーブルは、新海の握るSMGへとつながっている。
「俺の取って置き、くれてやるよ。じゃあな」
その瞬間、初めてタイタンの背に戦慄が走った。しかしもう遅い。
彼の手が、トリガーへと添えられる。
次の瞬間、魔力と雷撃の轟きが、砂漠の空を裂いた――!




