第28話 バッド・ラックス:第四層の脅威
ゴブリンキングとの戦いから2日。昨日のうちに物資の調達など準備を整え、仮拠点も安定した。そして、桐畑丈一郎と有村恵理は再び地下深くへと降りていく。目指すは、第四層の攻略。
三層の奥、石の祠を抜けた先に広がっていたのは、想定外の灼熱地帯だった。
「……うわ、砂漠かよ」
階段を降りた瞬間、丈一郎が眉をしかめる。
「過ごしやすい森とのギャップが辛い……暑さで集中力落ちそう」
恵理も額に浮かぶ汗をぬぐいながら、じりじりとした熱気に顔をしかめた。
そこは、岩と砂が広がる赤い荒野。地面からの輻射熱に加えて、空気そのものが熱気を含んでいる。
「視界悪くはないけど……この暑さ、長期戦は無理かも」
「なら、短期決戦でいくしかないな」
そう話す二人の前に、地響きが近づいてくる。
最初に現れたのは、2.5メートルを超える巨体――体格に似合わぬ速度で踏み込んでくる、石斧を構えたデミ・タイタンだった。
「こっちに来る! 初めて見る敵だし、慎重に!」
そう言って恵理が即座に唱えたのは、最近習得したばかりのスキル――
「浄火!」
白銀の光が放たれ、タイタンの肩口を焼き貫く。一瞬怯んだ隙に、丈一郎が飛び出す。
「――任せろ!」
両手剣を下段に構えて、地面を蹴り上げて一気に接近。
「二連斬!」
切り上げと切り下げの二連の斬撃が、石斧ごとタイタンの腕を弾き、胸元へ深く切り込む。呻き声をあげて倒れる巨体。
「いいなーこれ、必殺技って感じじゃん!」
満足げに剣を振り払う丈一郎に、恵理が小さく笑った。
「それにしても、動くと暑さが堪えるな」
言葉とは裏腹に、すでに彼の額からは大量の汗。この階層が長期戦に向かないことは、二人とも十分理解していた。
「とりあえず、こいつから何が得られるかなっと」
丈一郎が捕食スキルを使うとスキル獲得の情報が現れる。
《スキル:炎熱耐性を習得しました》
「おお!ご都合主義! そういや浄火で怯む程度だったのは炎熱耐性があったからか。道理で効きが悪いわけだ」
「…新技で大してダメージ出なかったの、何気にショックだったんだからね。それより、そのスキル私にも分けて」
「OK。ついでに他の耐性スキルもまとめて渡しておくか」
「ありがとう。……うーん最高! これなら三層と変わらない感覚だね。……これ、普通この階層で苦労する部分よね。ほんとチートよね、丈って」
「それな。だけど耐性があるとしても足場が悪いし体力も削られる。なるべく早く階段探して、次へ抜けよう」
「うん。敵がどれだけいるかもわからないし、回復もなるべく節約で」
そう頷き合い、二人は次の敵の気配を探りながら、灼熱の砂原を進んでいく。しかし、その奥にはさらなる試練が待ち受けていた。
* * *
岩陰を縫うように進む丈一郎と恵理。焼けるような砂と岩の狭間、二人が足を止めたと同時に地鳴りが走る。
「三体。正面、やや左から来る!」
「そうみたいだな、迎え打つぞ」
索敵スキルで動きを把握していた二人は、事前に体制を整える。しばらくして、赤土を蹴立てるように三体のデミ・タイタンが姿を現した。
先程と同じくそれぞれ2.5メートル前後の体格。どうやらこの大きさが奴らの平均のようだ。中央は両手斧、両脇は棍棒と拳のみで構えている。
「……一体ずつならまだしも、三体一気は流石にキツイか?」
「大丈夫、拘束する。たぶん数秒しかもたないけど、その間に!」
恵理が杖を構え、詠唱を始める。
「浄化の茨!」
白銀の蔓が地面を走り、左右の二体の脚に巻きつく。動きが一瞬鈍ったのを見計らい、丈一郎が中央の一体へ踏み込む。
「いくぞ――二連斬!」
一撃目で斧を押し返し、二撃目で胸元を深く切り裂く。反撃の隙すら与えず、デミ・タイタンは崩れ落ちる。
「左、拘束切れそう!」
「見えてる!」
丈一郎が斜めに跳び、左の個体へと剣を振るう。同時に右の個体が茨を引きちぎって前進し、恵理に接近する――が、
「聖環癒域!」
一時的な結界が、接近を阻む。そこに丈一郎が素早く背後から回り込み、胴を一閃。三体目も膝をつき、ついには沈黙した。
砂煙の中、丈一郎が剣を肩に担ぎながら汗を拭う。
「……ナイス拘束、完璧だった」
「でも、もう少しで危ないとこだった。あの巨体じゃ茨の持ちも短いね」
「数秒でも十分。今の調子なら、もうちょいけそうだな」
その言葉を、まるで予言のように打ち消すように、遠くからまた地響きが――
「……ああ、また来たな。今度は数が多い」
「五体。正面から。左右に回り込む動きも……これは囲みにくる!」
すぐに背中合わせの構えを取る二人。灼熱の赤い大地を踏み鳴らしながら、五体のデミ・タイタンが突進してくる。
「数にビビるな。連携で削る!」
「了解!」
正面の1体を丈一郎が引きつけ、斬り裂く――その間に、恵理が再び浄化の茨を発動。だが、先ほどより体格が大きい個体にすぐに引きちぎられた。
「ダメ、足止めが長く持たない!」
「なら、俺が回る!」
丈一郎が走り、デミ・タイタンたちの背後に回り込む。砂埃を巻き上げながら、まるで誘うように斬撃を放つ。前後から挟む形で、恵理が援護魔法と回復を展開。
攻撃と支援、回避と拘束――まさに息を合わせた戦い。
だが――
「……まだ来る。十体……!!?」
遠く、視界の彼方に見える巨大な影。さらに多くのタイタンが、地鳴りと共に迫っていた。
「これ以上は……流石にまずい!」
怒号のような足音。退路を開くべく目の前の五体をなんとか倒したが、すでに、次なる十体のデミ・タイタンが包囲を完成させていた。
「……囲まれた!」
背中合わせで構える丈一郎と恵理。
「まだ、いけるけど……持って、あと数分」
「それだけあれば十分――」
「目を閉じるっす!!」
丈一郎が言いかけた瞬間、掛け声と共に周囲に閃光弾が炸裂。眩い閃光と同時に、銃声が三連射で鳴り響いた。
パンッ! パンッ! パンッ!
最も距離の近かったデミ・タイタンのこめかみに命中した弾丸が、貫通と同時に高熱で爆ぜるように破裂し、その巨体を転倒させる。
「……さて、このあと一杯奢ってもらいましょうかね」
岩場の上、SAKURA M360Jを片手に掲げて静かに立つ男――シングルスーツに身を包んだ壮年の男は、老成と静謐をまとっていた。
射撃姿勢から無駄な動きは一切なく、銃口を下ろす仕草さえも正確で、まるで警察学校の教材映像を再生しているかのようだった。眼鏡の奥の視線は、射線の先まで読み切る冷徹な観察者のもの。年齢と経験に裏打ちされた、“プロフェッショナル”の射撃だった。
「おれっちは下戸なんで、オレンジジュースで頼んます!」
その背後から、軽装備の青年が勢いよく岩を駆け下りてくる。黒髪が日差しにきらめき、跳ねるような足取りで着地すると、振り返ったその顔は、まるでアイドルかモデルのような整いようだった。
だが、甘い見た目とは裏腹に、動きは切れ味抜群。腰から滑らかにSMGを抜き、左手に握るコンバットナイフと合わせて弾丸と斬撃を連携させながら、敵の懐を瞬時に制圧していく。まさに、戦場を駆ける“疾風”。
「新海くん、左を制圧。私は右から狙います」
「了解っス!」
返答と同時に、青年が飛び込み、回避不能のスライディングキックで1体を転倒させる。続けざまに腰の銃で至近距離から2連射。頭部に撃ち込まれた弾丸は、瞬時に貫通し内部を焼く――特殊加工された弾。
「どんな銃使ってんだよ、あれ……!」
丈一郎が思わず唸る隙に、壮年の男の拳銃が再び火を噴く。パァン!パァン!と乾いた音とともに、2体のデミ・タイタンが同時に膝を折る。
「急所、あの辺りですね……筋肉の隙間が甘い。なるほど」
ぼそりと呟くその声は、分析と興味で満ちている。まるで銃と弾道の芸術家のような精密さで敵の動きを捉えていた。
「今のうちに反撃するぞ!」
丈一郎も立て直し、横から突撃してくる1体を《ツインブレイク》で迎撃。背後から迫る敵は、恵理の浄化の茨と青年のサイドアタックが撃退。
「残り四体!」
「正面、同時に突っ込んでくるよ!」
「であれば分断するのみ!」
壮年の男がそう言うと、地面すれすれに閃光手榴弾を投げ込む。一瞬の閃光で敵の視界を奪い、同時に一体を撃ち抜く。その隙に丈一郎が一体を剛打で地面に叩きつけた後とどめを指す。
閃光を防いだ1体が男へと迫るが――
「へっ、そっち見てる場合じゃないぜ?」
青年が地面を蹴り上げ、跳躍からの空中斬り。短剣が眉間を貫き、そのまま背中に抜ける。残る1体は、恵理が拘束した隙に丈一郎が仕留めた。
砂と血の嵐の中――戦闘は、終わった。
静けさが戻った荒野。四人の探索者が、岩陰で息を整える。
「……やば、めちゃくちゃ強い」
恵理がぽつりと呟くと、青年がニッと笑って親指を立てる。
「まぁね! 杉谷さんと組んで三年、やっとここまで来れたって感じッスよ」
「恐縮です……とはいえ、あの巨大剣を自在に扱うあなたも、相当なものです」
杉谷と呼ばれた男の視線が丈一郎に向く。だが、そこに敵意はなく、むしろ観察者としての興味があった。
「さて……あなた方も何やら事情がありそうですね」




