第27話 ゴブリンキング後編
「――恵理!!」
振り返った丈一郎の視線の先には、鉄パイプでゴブリンと激しく渡り合う恵理の姿。だが――その隙を狙って、ゴブリンキングが再び両手剣を振りかぶる。
(間に合わねぇ……なら、さっさとこいつを倒すしかない!)
丈一郎は一瞬、姿勢を低くし――
「背撃!」
背後へと一気に回り込み、ゴブリンキングの背中へナイフを突き立てた。呻き声を上げたキングの動きが一瞬鈍る。
「そこだっ!!」
慌てて振り返ったゴブリンキングに渾身の剛打――
「剛打!!」
拳が炸裂。ゴブリンキングの巨体が浮き上がり、背後の石柱へと叩きつけられた。
「……まだ生きてんのかよ……!」
だが、その執念深さはさすがボス。こぼした両手剣を拾い、立ち上がろうとする――しかしそれは丈一郎の足によって阻まれた。
「これで詰めだ。盗技」
手が輝き、ゴブリンキングが掴もうとした剣を奪い取った。突然のことに戸惑うように動きを止めた、キングの胸元へと剣を向ける。
「オラァッ!!!」
奪った両手剣を、そのまま突き立てた。
グシャァッ!!
黒い返り血と共に、咆哮が空気を裂き――そして、消えた。
同時刻。恵理はなおも数体のゴブリンを相手に鉄パイプを振るい続けていた。
「……しつこい!これで終わり!」
一体、二体と倒し、残るは二体――目の前の一体にとどめを刺そうとしたその時だった。背後に別の気配。
「――っ!」
鉄パイプを構え直すよりも早く、背後のゴブリンが腕を振り上げ――
シュンッ!
何かが風を裂く音。
「え?」
ゴブリンの動きが止まる。恵理の目の前で、その体が前のめりに崩れ落ちた。背中には、一本のナイフが深々と突き立っている。
「遅れて悪い」
丈一郎の声が、彼女の背後から届く。
「…ナイスフォロー、ありがとう」
周囲を見回す。周囲の遺跡や岩陰に気配はない。
「……終わった」
「ふう……やりきった、ね」
お互い、ぐったりとその場に座り込む。長い戦いを終え、静寂が戻ってきた。
ゴブリンキングたちとの戦闘を終え、やがて、それぞれにレベルアップの通知が表示される。
桐畑 丈一郎 レベル:45
有村 恵理 レベル:42
恵理は目を細めて新たに取得したスキルを確認していた。
「……浄火!? やった、やっと攻撃スキルを覚えた……!」
聖なる炎で敵単体にダメージを与えるスキルで、アンデッドに特効効果付き。攻撃手段を持たない回復術師の初の攻撃スキルに、心の底から喜びが湧き上がる。
「もう、鉄パイプは懲り懲り……」
彼女の肩が思わず弾み、思いきり深呼吸する。
「これで少しは、攻撃の選択肢が持てる……!」
恵理が新スキルに喜ぶと同時。
「お?おぉぉおおおおおお!? きたきたきたきたーーー!!」
今度は、隣で丈一郎がいきなり絶叫した。
「……なっ、なに!?」
驚いた恵理が身を乗り出すと、丈一郎は天を仰ぎながら喜びを爆発させていた。どうやら、ゴブリンキングとゴブリンウィザードに捕食スキルを使っていたようだ。
「職業、魔法使い!!ついに!!魔法が使えるぞ!!」
「……なっ、なに!?」
恵理が肩を跳ねさせて振り向くと、丈一郎は嬉々としてステータスを操作しながら興奮を抑えきれない様子だった。
「見てくれ恵理、火球Lv1……! INT低いからしょぼいけど火の玉出せるぞ、俺!!」
「あれだけゴリゴリの戦士型で魔法使える意味あるのかな…」
「いいじゃん!!こんなダンジョンあるんだったら魔法使いたいだろ!
しかもな、ゴブリンキングの方は戦士が変化して戦王になった!!」
「……えっ、それってもしかして上位職!?」
「そう、んで専用スキルが今のレベルに応じて三つも!
王の咆哮に、威圧、二連斬、両手剣 Lv.1のおまけ付き!」
「はぁ、楽しそうで何より」
恵理は半ば呆れ、半ば感心しながらも、満面の笑みを浮かべる丈一郎を見つめた。戦闘の疲れなど吹き飛んだかのような彼の姿に、自然と微笑がこぼれる。
(……ああ、やっと、少し“素”が出たんだ)
病院で出会ってからここまで、ずっと彼は張りつめていたように見えた。冗談は言っていたし、頼りにもなったけど…。どこか、常に「誰かを助けなきゃいけない」と背負い込んでいるような、そんな気配があった。今、戦利品に歓声を上げるその背中は、年相応の青年だった。
「……うん、いい笑顔」
* * *
二人はそのまま戦利品の確認へ移る。ゴブリンウィザードが残していった魔杖が2本。丈一郎が戦闘中に奪った両手剣が1本。
「うん、この両手剣は俺のメインにする。両手剣Lv.1もあることだしな」
丈一郎は試すようにそれを構えると、ぐっと片手で持ち上げて振り回す。恵理が呆気に取られる。
「って、すごいけど両手剣って書いてあるよね」
「いいんだよ、重さチェック。うん、いいなーこれ」
苦笑いしながらも、恵理は残った2本の魔杖を手に取った。
「これは……魔力の増幅機能付き。1本は私が持ってもよさそうね。もう1本は……予備で保管しておこうか」
「じゃあそっちで収納しといて。いざという時、二刀流とかもできるしな!」
双方の腕を突き出し、両手に杖を構える姿を取る丈一郎。
「それはやめとこう?」
再び苦笑がこぼれたところで、丈一郎が地面に腰を下ろした。
「さて……そろそろこの辺で切り上げようぜ。さすがにこのまま四層に突っ込むには、ちょっと無理がある。で、提案なんだけど、その祠みたいなところ、四層の階段の手前で仮拠点を置かないか」
二層までと違い、三層はかなりの広さ、二層階段から直線距離で来たとしても10km強の距離があった。ステータス強化状態で戦闘を避けたとしても、かなりの時間がかかることが考えられる。
「そうね。ゴブリンたちがどれくらいでまた現れるのかも気になるけど。一度ホテルに戻って体勢を立て直しましょう」
「俺もたまったAP振っときたいしな。じゃあ明日は補給と準備。明後日ここに来てリポップ状態を確認の上で祠内部に仮拠点設置。そこから本格的に第四層以降の攻略開始、ってことでどうだ?」
「いいと思う、さぁ明日に備えて戻りましょう」
まだ見ぬ第四層に備えて。そして、確実に迫っているであろう、次なる脅威に抗う力を蓄えるために。闇が深くなるダンジョンの夜を前に、二人は互いの存在を頼りに、小さな静けさを共有していた。
【ステータス:桐畑 丈一郎】
名前:桐畑 丈一郎
職業:捕食者/掃除人/盗賊/戦王/魔法使い
レベル:45
経験値:18/1619
HP:750/750
MP:240/240
STR:200
VIT:100
AGI:100
INT:10
LUK:30
スキル:捕食、打撃耐性、噛みつき LvMAX、腐食耐性 LvMAX、麻痺耐性 LvMAX、毒耐性 LvMAX、暗視、溶解液 Lv6、収納 Lv3、気配察知 LvMAX、棍棒術 LvMAX、弓術 LvMAX、眷属転化、隠蔽、自己治癒 Lv1、斧術Lv1、格闘術Lv7、勇猛果敢Lv2、挑発、鉄壁、剛打、罠感知、背撃、盗技、火球、王の咆哮、威圧、二連斬、両手剣 Lv.1
残AP:300
【パーティメンバー:有村 恵理】
名前:有村 恵理
職業:眷属/治癒術師
レベル:42
経験値:121/1397
HP:570/570
MP:405/405
STR:10
VIT:50
AGI:50
INT:130
LUK:30
スキル:ヒール Lv2、癒光、聖環癒域、浄化の茨、暗視、隠蔽、収納 Lv1、気配察知 Lv3、自己治癒 Lv1、棍棒術 Lv4、格闘術Lv2
残AP:18




