第26話 ゴブリンキング前編
恵理とのダンジョン探索は3日目を迎えていた。
「昨日でレベルは十分にあがったし、今日は三層の奥まで行こう」
丈一郎の言葉に、恵理は力強く頷いた。
二人が立つのは、ダンジョン第三層――かつて丈一郎が単独で踏み込んだ、ゴブリンたちの領域。そのときは入り口付近で数体と交戦しただけで引き返したが、今回は違う。
目的は、層の最奥を探り、次の階層――第四層への階段を見つけること。そしてもう一つ。実戦での「連携」を磨くことだった。
「昨日すり合わせた通り、恵理は後衛で俺が前に出る。回復のタイミングと、戦闘中の周囲への警戒は任せる」
「わかった。まずは新しいスキルの検証からね。連携も、上手く動いてみせる」
以前のような怯えた様子はない。レベルも39に達したことで、余裕も出てきている。昨夜、譲渡した各スキルについての説明は済ませており、新しく獲得した回復スキル、浄化の茨のような攻撃兼妨害技の効果を検証する予定だ。スキルが増えたことで連携の幅が広がり、かなりの活躍が期待できそうだ。
第一層、スライムの出る第二層は足早に通過して、1時間ほどで第三層へ。階段の先の洞窟を抜けると、森が見えてくる。
「聞いてはいたけど…本当に、空があるんだ…」
恵理は現実離れした光景に驚きつつも、周辺への警戒は怠らない。その様子を横目で見ながら、丈一郎も安心して前に進む。
森に入り少し歩いたところで、さっそく動きがある。
「来たな」
「……右斜め前、三体、こちらに向かって移動してますね」
恵理が索敵の状況を確認する。丈一郎は即座に進路を変更し、遮蔽物のある岩陰に身を寄せた。
「ゴブリン相手なら先に気配を察知できるけど、練習のためにあえて正面から仕掛けていこう」
「うん、わかった」
しばらくして現れたのは、三体一組のゴブリンたち。前列の二体が棍棒を構え、後方の一体は弓を手にしている。
(前回からかなりレベルも上がったし、正直脅威を感じないな)
丈一郎が低く息を吐き、飛び出した。
「挑発――からの剛打!」
ゴブリンの注目が丈一郎に集まる。瞬間、突撃一閃。先陣のゴブリンの棍棒を左手で握ると同時に右手で剛打を放ち、ゴブリンが吹き飛ぶ。
弓を構えたゴブリンが狙いを定めるが、後方から放たれた聖なる茨――ホーリー・ブライアに絡め取られ、抵抗の間もなく撃破される。
残る一体も、丈一郎が奪った棍棒で叩きつけた。
「よし、いい連携だった、新スキルもかなり使い勝手いいな」
「うん、今の連携は気持ちよかった」
恵理が微笑む。この様子だとゴブリン相手でも大丈夫そうだ。そう考えながら丈一郎も頷き、進路を奥へと向けた。
変化があったのは、数十組を撃破し、階層中央部と思われる場所――森を抜けた遮蔽物が少ない草原に出た時だった。
「複数……六体。囲まれるぞ」
それは三体一組のゴブリンが、二組同時に動いているということを意味していた。
「正面に弓兵含む四体。右から回り込もうとしてるのが二体見える」
「了解、正面を最速で潰そう。フォローをたのむ」
丈一郎が正面に躍り出た瞬間、ゴブリンたちが吠え声をあげて突進してくる。
(こいつら……入り口付近のやつらより、明らかに練度が高いな)
二体が正面から突撃、後衛の二体が弓での支援攻撃を行う。さらに右に回ったゴブリン二体が恵理の背後へと回り込む。
それを察した恵理が素早く聖環癒域を発動。広範囲に展開された光が、恵理を中心に広がり、エリア内の味方へ一時的なバリアと回復を与える。
「――ッ、ナイス!」
丈一郎は恵理をのこして前方の二体へ攻撃を仕掛ける。同時に、恵理の後衛の浄化の茨が二体の弓兵を絡め取る。
右側から回り込んだ別部隊の初撃は、聖環癒域に弾かれ、その間に恵理が鉄パイプで一体を撃破。踵を返した丈一郎が残りの一体にとどめを刺す。
「……やった! 今のかなり良かったんじゃない!?」
「やるじゃん、恵理!」
二人の息はぴたりと揃っていた。もはや、ただの即席パーティではない。第三層の戦闘を通して、お互いの動きを読み、補い合う、戦術的なチームに成長していた。
(……私、成長してる。確実に)
最初に出会った時に丈一郎とあった大きな差が、徐々に埋まっていることを実感できた恵理は、小さく拳を握る。
「このペースなら、今日中に三層探索をしきれそうだな」
「うん、戻る時間を考えてもあと二・三時間は動けそう」
二人は顔を見合わせ、頷いた。そして四層への階段を探すべく、更なる奥地へと足を踏み入れる。
草原の奥には、数メートル台の大きさの岩があちこちに転がる岩場となっている。
岩場に入り、さらに数十組のゴブリンと交戦をした頃、前方数百メートル先に遺跡群が見えてくる。道中倒したゴブリンから取得した遠視のスキルで様子をみると、中心部には、3メートル四方の小さな石造りの祠のようなものが見える。中は何もなく、下部に降りるような暗闇のみが続いていた。
「……あれってもしかして、四層への階段ですかね?」
だが、その周囲を囲うように――複数の索敵反応がある。
「あぁ、だがすんなりとは通してもらえなさそうだな」
周囲の遺跡をねぐらにしているようで、23体のゴブリンの反応がある。
中でも異様なのは、周囲のゴブリンよりも一回り大きく、黒い皮の鎧に大きく鍛え上げた筋肉質な体を包み、両手剣を腰に指した存在。その両側には、ローブに杖をもったゴブリンが二体いる。
「ゴブリンのボス、ゴブリンキングとお供のゴブリンウィザードってところか」
「まだこっちには気が付いていないみたいだけど…どうする、丈?」
「正面から戦うのは流石にまずいな。まずは数を減らそう」
そういって、丈一郎は収納からスコップを取り出すと、相手にバレないギリギリの位置、左右に大きな岩が転がる岩間にせっせと穴を掘る。
ものの数分で、横幅10メートル、深さ2メートルほどの穴を掘り、仕上げに手から溶解液を出す。
「溶解液を入れて、完成っと」
「それ、人前で見せないほうがいいよ…。原理知ってる私でもちょっと気持ち悪いもん」
穴の底で、明らかにヤバそうな色をした液体が、泡を出していた。
「ひどいな、前回大活躍の戦法だぞこれ」
丈一郎はわざとらしくしかめっ面をしながら、落とし穴の上に収納からビニールシートを出して固定、恵理も手伝い周囲の土や落ち葉を丁寧にかぶせ、擬態を仕上げていく。軽口を交わしつつも、二人の手つきに迷いはなかった。
罠の準備が整うと、丈一郎は小石を拾って正面側の遺跡に向けて放り投げる。カツン、と石が音を立てると、祠の左右にいたゴブリンたちが反応し、吠えながら十体がこちらに向かってくる。
「よし、かかった」
先頭のゴブリンが落ち葉を踏み抜いた次の瞬間――。
バサッ!
六体が次々と落とし穴に転落。落ち損ねた四体のゴブリンは丈一郎と恵理で叩いていく。
が、その隙に溶解液に浸かったゴブリンの最期の叫びが響き渡る。
「うわ、これはバレるわね」
「まぁ、半分削れたから上出来だろ?」
恵理の予想通り、悲鳴を聞いた遺跡の奥のゴブリンたちが一斉に動き出す。祠前を守るように立つゴブリンキングとその側近を除く残りの十体が、怒声を上げながら突撃してきた。
「三体、弓兵いるわ!」
「任せた!」
恵理は即座に浄化の茨を展開。白い茨が弓兵の体に絡みつき、矢の発射を封じる。
「よし、今だ!」
丈一郎が最前列のゴブリンに突撃し、棍棒を蹴り飛ばして相手のバランスを崩すと、そのまま鉄パイプで側頭部を殴打。後方からは恵理の鉄パイプが振り抜かれ、拘束された弓兵を撃破。
連携は完璧だった。残る敵も、迎撃に転じた二人によって各個撃破される。
「ふぅ……これで、残るは三体ね」
「いよいよボス戦ってやつだな」
祠の前では、ゴブリンキングが腕を組み、無言のまま睨んでいる。その左右には、杖を構えたゴブリンウィザードが佇んでいた。
「……いくぞ」
丈一郎は収納からナイフを取り出し、ゆっくりと祠前へと足を進める。
祠の目前。丈一郎が一歩踏み出した瞬間、両脇のゴブリンウィザードが杖を突き出し、詠唱を重ねる。
「「ググギャーッ!」」
轟、と風を裂いて左右から炎球が走る。
「――聖環癒域!」
恵理の声と同時に、丈一郎の足元に光が広がった。包まれた結界が衝撃を吸収し、火球は光壁に弾かれて霧散する。
丈一郎は炎の余波を蹴り飛ばすように飛び出した。
「遅い!」
ナイフを構え、ゴブリンキングめがけて突進。
「剛打!」
ガキィィン!
ゴブリンキングは後方に2メートル弾き飛ばされる。が、わずかに仰け反る程度で、致命傷には至らない。
「ちょっとそこで待っとけ」
丈一郎は口元を僅かに緩めた。その言葉通り、今の一撃は“陽動”だった。
「――浄化の茨!」
丈一郎の動きに集中していたウィザードの片方が、恵理の放った聖なる茨に絡め取られ、杖を手放してその場に膝をつく。すかさず丈一郎が方向転換し、もう一体のゴブリンウィザードに接近。
「――!」
ズガンッ!
背後から振り下ろされたナイフの一撃が頭蓋を貫き、ウィザードは絶叫もできぬまま倒れ込んだ。
「こっち、拘束解けるよ!」
恵理の呟きと同時に、拘束していたもう一体のウィザードの動きが鈍る。
「了解!」
丈一郎が素早く間合いを詰め、ナイフを逆手に構えたまま懐に飛び込む。
「……これで、終わりだ」
突き立てられた刃が、ウィザードの心臓を正確に穿つ。
「よし、あとはキングだ!」
祠前にただ一体、残されたゴブリンキングが、静かに両手剣を構える。次の瞬間、ゴブリンキングが大きく息を吸い、空気を裂くような咆哮が遺跡中に響き渡った。
「グオォォォォォォォォォォォン!!」
一瞬、地鳴りのような重圧に二人の動きが止まる。
「――くっ!」
「うっ……!」
怯みかけたその刹那、丈一郎が一歩、前へ。
「舐めんな…!」
低く息を吐き、真正面からゴブリンキングへと突進した。咆哮に呼応するように、ゴブリンキングの両手剣が振り下ろされる。
ブォン――ッ!
巨大な剣が唸りを上げて迫る――が、
「っらあああああっ!!」
丈一郎のナイフが、それをいなした。
ギィィィィィン!!
火花が散る。全身の筋力を総動員して受け止め、すぐにナイフを滑らせて力を殺す。
(重い……けど、読める)
ゴブリンキングは驚いたように目を見開いた。その一瞬の隙を見逃さず、丈一郎は二撃目をかわして斜めに滑り込む。
そのときだった。遺跡の石柱の陰、背後から――
「丈!後ろから来てる!」
恵理の声と同時に、数体のゴブリンが駆けてきていた。キングの咆哮に呼応して、周囲に潜んでいた個体が合流してきたのだ。
「くっ……!」
恵理がすぐさま反応。術の詠唱に入ろうとしたが――
(間に合わない!)
咄嗟に鉄パイプを逆手に構え、肉薄するゴブリンの一撃を受け止める。
ガンッ!
火花とともに棍棒が弾かれ、恵理は重心を落としてカウンター気味に振り抜いた。
「――っ!」
一体目の頭部に直撃。ゴブリンが吹き飛ぶ。だが間髪入れず、二体目、三体目が迫る。背後を取られ、再び振る余裕もない。
「――っ!」
恵理は鉄パイプの端を握り直し、後ろ肘で一撃を食らわせる。そのまま横に転がって間合いを取る。
(これが……本当の実戦。でも、逃げない)
敵が振り上げた棍棒に、恵理が突っ込んでいく。
ガァン!
金属が骨を砕く音。至近距離での一閃が、もう一体のゴブリンの額を貫いた。
彼女の目にはもはや恐怖はなく、覚悟の火が宿っていた。




