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第21話 バウンド・バイ・ザ・バイト:一人目の眷属

 熱い…怖い……。やだ…死にたく…ない。…助けて…だれか、助けて…。


 首元に小さな痛みを感じた。途端、体から熱が引いていくのを感じる。熱の引きに合わせて、朦朧としていた意識が徐々に戻ってくる。


《眷属になりました。ステータスを表示しますか?》


 まだぼんやりとした頭に何かが浮かんでいる。気の所為だと思うとそれは消えた。ゆっくりと、瞼を持ち上げる。

 薄暗い室内。うっすらと照らす非常灯の下、どこかのホテルのベッドの上にいるようだった。そして、ベッドの横に座っていたのは――


「……桐畑さん……?」


 親友の幼なじみ。元気にしてるかなって、懐かしそうに語っていた人。丈一郎は、こちらを見下ろしながら、不器用そうに言葉を探している。


「大丈夫か? 変なところはないか? あ! えっと、命令とかじゃないからな」


 何を言っているのかよくわからないけど、その顔は、すごく……真剣だった。頭が、だんだん冴えてくる。

 そうだ――私は、ゾンビに引っかかれた。大した傷じゃないと思ったのに、すぐにおかしくなって……体が熱くて、頭が朦朧として、もう駄目だって、はっきりわかった。


 だから。だから、私は―― 


「……だめ……私から離れて……!」


 声はかすれて、でも必死だった。こんな優しい人に、もし自分が襲いかかったら。もし、舞にまで手を出したら。そんなの、絶対に嫌だ。


(逃げて、お願い。私が人間のうちに……!)


「大丈夫だ、君は助かった。ゾンビにならない」


 丈一郎は、穏やかに笑って言った。まるで、本当に大丈夫だと、信じ切っているみたいに。


(……どういうこと?)


 だって、左手はもう黒ずんで――ない。驚き、咄嗟に体を起こす。

 熱もない。黒く変色していたはずの皮膚は、どこもかしこも、元通りになっていた。それどころか、引っかかれた最初の傷さえない。まるであれは悪い夢だったかのように。


(なにこれ……?)


 体の状態を確認しようと、慌ててあちこち触る。――そこで、気づいた。上、服、着てない。


「ちょ、あなた、何しようとしてたの!!?」 


 反射的に、ベッド脇の枕を掴み、思い切り、丈一郎に向かって投げつけた。


「えーーー!!??」


 丈一郎は間抜けな声をあげながら、顔に直撃する枕を必死で払いのけていた。


「とにかく、誤解だから!」


 丈一郎は、顔をそむけて真っ赤にしながら慌てて言い訳を始めた。


「そこに、俺のだけど着替えあるし、俺は部屋の外出てるし! 落ち着いたら、声かけて!」


 恵理を見ないように目線を逸らしながら、何度も壁に向かって頭を下げ、ドアをバタンと閉めて出ていった。静寂が訪れる。


(……とりあえず、着替えよう)


 あたりを見回す。


 ベッドのサイドテーブルには、どこかで拾ってきたらしい、サイズの大きい男性用のTシャツと、未開封のペットボトルの水とタオルが置かれていた。シーツを胸に巻き付けながら、そっとそれを取る。


 改めて部屋を見渡した。壁にかかった絵画。丁寧に敷かれた絨毯。重厚な木製家具。どこかの高級ホテル――そんな雰囲気があった。……けれど、奥のリビングスペースは雑然としていた。

 床にはビニール袋がいくつも転がっている。テーブルの上には缶詰、乾パン、そして転がったままの果物。


(……ここで生活をしているのね)


 そんなことを思いながら、丈一郎が拾ってきてくれたTシャツに袖を通す。水を一口飲み、呼吸を整えた。


「……桐畑さん」


 そっと呼びかける。すぐに、向こうから足音が聞こえた。


 ドアが開き、丈一郎が現れる。緊張しているのが、見た目にもわかった。肩に力が入って、視線も定まっていない。


「……さっき屋上では、ちゃんと話してなかったな」


 丈一郎は、ぎこちなく言った。


「俺は、桐畑丈一郎。……君は、恵理さん、で合ってるよね?」


 女性が苦手なのか、どこか不器用な態度だった。その様子を見て、つい吹き出してしまう。


(なんだろう、この人)


 あんなに強かったのに。さっきまでゾンビを相手に無双してた人なのに。なんだか、反応がウブで可愛い。ふっと、肩の力が抜けた。


「はい。恵理です。……有村恵理。舞の同期で看護師です」


 少し空気が和んだ、そのとき。思い出したように、胸の奥にずっと刺さっていた問いを、口にしていた。


「さっきの話……ゾンビにならないって、本当ですか?」


 期待と、不安と、怖さと――そんな感情がないまぜになった声だった。

 丈一郎は、しばらく恵理を見つめたあと、ふっと、優しく笑った。


「うん。ならないよ。大丈夫」


 その言葉が、心にじんわりと染みてきた。


(生きられる――)


 張り詰めていたものが、堰を切ったようにあふれ出す。気づいたら、涙がこぼれていた。


「……私、死ななくていいんですね……! ……生きられるんですね……!」


 泣きながら、声を震わせながら、恵理は何度も言った。丈一郎は、何も言わずそばにいた。ただ、それだけで、安心できた。

 丈一郎は、少し間を置いてから言いにくそうに口を開いた。


「それで、だ。……何から話したらいいか、ちょっと迷ってる」


 どこか困ったような顔だった。けれど、すぐに真剣な目で、こちらを見た。


「まずは……俺に何があったか、君に知ってもらいたい」


 丈一郎は、静かに語り始めた。パンデミックが発生してから三日後、何も知らずに外へ出てしまったこと。そこでゾンビに噛まれて感染したこと。必死に逃げる中で地割れに巻き込まれ、地下のダンジョンに落ちたこと。その際、偶然にもダンジョンでゾンビを倒したということ。

 そして、ダンジョン内で付与された職業は、《捕食者ゾンビ》――という異常なものだった。そのおかげで、丈一郎はゾンビ化を免れた。そして、その職業スキルのひとつに、《眷属転化》という能力があること。

 噛みついた相手を、自分の“眷属”にするスキル。本来なら忌避されそうなものだけれど、感染者であれば――眷属因子によって上書きされ、ゾンビ化を止められるということ。ただし、眷属にできる人数には制限があり、また…眷属となった者は、主である自分に逆らうことができない。

 丈一郎は、すべてを包み隠さず、淡々と説明した。 


(じゃあさっき頭に浮かんでいたのは幻じゃなかったのね…)


 話し終えた後、丈一郎は、どこか不安げな表情で俯いた。


「有村さん……勝手に、眷属化してしまって、悪かった」


 小さな声だった。本当に申し訳なさそうだった。恵理は、じっと丈一郎を見つめた。


 不思議だった。普通なら、恐れるべき話だったかもしれない。自分の意志に反して、誰かの眷属になる――そんなこと。だけど。

 丈一郎の顔を見ていると、怖いとか、嫌だとか、そんな気持ちはまったく湧かなかった。だからこそ、胸の奥から、自然とこみ上げてきた言葉があった。


「助けてくれて、ありがとうございます」


 そう言って、恵理は微笑んだ。丈一郎は、きょとんとした顔をしたあと、照れくさそうに、頭をかいた。


「……それで、桐畑さん」


 恵理は、少し戸惑いながら口を開いた。


「ステータスって、どういうものなんですか?」


 丈一郎は、椅子に腰かけ直しながら答えた。


「簡単に言えば……今の自分の体の状態とか、スキルとか、そういうのを“数字”で見れるんだ。 ダンジョンに潜った人間には、必ず付与されるシステムらしい」


「数字で……?」


「うん。STRが腕力、AGIが敏捷、VITが体力って感じで。あと、MPとかAPってのもある」


「なんだか、ゲームみたいですね……」


「だな」


 恵理は、そっと目を閉じ、意識を内側に集中してみた。すると視界の奥に、淡く光るウィンドウが浮かび上がった。


【ステータス】

名前:有村 恵理

職業:眷属/治癒術師ヒーラー

レベル:1

経験値:0/10

HP:34/34

MP:50/50

STR:6

VIT:8

AGI:9

INT:30

LUK:12

スキル:治癒ヒールLv1

残AP:100


(……本当に、出た)


 驚いて、思わず小さく声を漏らす。目を開いても視界の中で残っている。同時に、向かいに座る丈一郎も、彼女のステータスを覗き込んでいた。どうやら、眷属の主である丈一郎には、恵理のステータスがそのまま見えているらしい。

 丈一郎は感心したように頷いた。


「……治癒術師ヒーラーか。なるほどな。MPも高いし、スキルもヒールLv1がある」


「……これ、強いんですか?」


「十分すごいよ。回復スキルを持ってるだけで、戦闘能力の底上げになる」


 丈一郎は、にっと笑った。


「それに、今はお互い回復手段がないからな。正直、めちゃくちゃありがたい」


「えっと……じゃあ……」


 恵理は不安そうに視線を下ろしながら尋ねた。


「……今、何かできることってありますか?」


 丈一郎は、少し考えてから言った。


「そうだな……落ち着いたら、俺にヒール、かけてもらってもいいか?」


「えっ」


「いや、飛び降りたときにさ。実は、左腕と足……まだ完璧に治ってないんだ」


 言われてみれば、丈一郎の仕草には少しぎこちなさが残っている。


「このままだと、何かあった時に動きが鈍るからな。試しも兼ねてお願いできたら、すごく助かる」


 恵理は、はっと息を呑んだ。


(……私のせいだ)


 自分を庇ってくれたから、こんな怪我を――


「ご、ごめんなさい……!」


 思わず頭を下げそうになる。けれど、丈一郎はすぐに手を振って止めた。


「違う違う、気にすんなって。飛び降りたのは俺の勝手だし、それに……」


 丈一郎は、少し照れたように笑った。


「この通り、基本元気だからさ」


 その軽さに、恵理は救われた気がした。胸の奥にあった重い塊が、すっと和らいでいく。


「……じゃあ、すぐにやらせてください!」


 恵理はまっすぐに顔を上げ、椅子から立ち上がった。まだぎこちないけれど、そこには確かな意志と、救われた命への感謝があった。


(私にも……できることがある)


 そう思うと、自然と胸が熱くなった。



 しばらくして、リビングに移動した2人はL字型のソファにそれぞれ腰掛ける。恵理はそっと深呼吸して、右手を胸の前にかざした。スキルリストに浮かんでいる――治癒ヒール


(きっと……できる)


 意識を集中する。すると、自然に、口から言葉が零れた。


「……治癒ヒール


 淡い光が、恵理の掌に集まる。それは小さな光の粒となり、優しく丈一郎の体へと降り注いだ。静かな時間が流れる。

 次の瞬間、丈一郎の体に漂っていた微細な痛みが――すっと引いた。骨の軋みが消え、ひび割れていた箇所がしっかりとつながった感覚があった。立ち上がって足を軽く踏みしめてみる。左腕を回してみる。


「……すげぇ」


 丈一郎が、ぽつりと呟いた。


 体力は、完全ではないが、四分の三――十分に動き回れるレベルまで回復していた。


「折れた骨も、ヒビも、ちゃんとつながってる……!」


 この状況に慣れていそうな彼ですら、この効果には目を丸くしている。


「……Lv.1でここまで回復するのか。いや、職業補正もあるだろうし……INTの数値も高いからか?そもそも俺はイレギュラーだとして職業ってどういう基準で…」


 丈一郎は、ぶつぶつと考え込むように呟き始めた。手のひらを眺めたり、足踏みしてみたり、まるで新しいおもちゃを手に入れた子供みたいに。恵理は、思わず微笑んでしまった。

 ついさっきまで死線を潜っていたとは思えないほど、無邪気な表情。強くて、頼りがいがあって、だけど少年みたいな一面もある。 そんな丈一郎を見ていると、自然に心があたたかくなった。……そのときだった。丈一郎が「あっ」と小さく声をあげて、慌ててこちらを向き直った。


「――有村さん、ありがとう。君がいてくれて、本当に良かった」


 突然向けられたまっすぐな言葉。恵理は、一瞬、何を言われたのか理解できなかった。そして、顔が熱くなるのを感じた。


「……あの、その、そんな……!」


 しどろもどろになりながら、恵理は言葉を探す。


(……この素直さ、誠実さ)


 きっと、舞が彼を好きになったのも――今なら、すごくよくわかる。

 序章となる話はここまで。5章くらいまではあらすじがあり、話全体のプロットもできているので、日々更新していけるよう頑張ります。ブックマーク頂けると幸いです。

 また、感想頂けると更新の活力となります。よろしくお願いします。

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