表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/83

第19話 レフト・フォー・ザ・デッド:最後の犠牲者

 コンクリートの粉と血の匂いが混ざる中で、丈一郎は静かにナイフを納めながら、丈一郎はひしゃげた腰に手をあてて、ふう、と息をついた。


(……大ごとになったな、こりゃ)


 空気は騒がしいのに、頭の中は妙に静かだった。ゾンビの拳は重かったはずだが、体にはほとんど残っていない。《打撃耐性》スキルがあるおかげで、拳自体のダメージや痛みもほとんどなかった。

 ただ、吹き飛んだ先でフェンスの根元に突き出ていた鉄筋――あれが当たってたら、さすがにヤバかった。スライム由来の耐性だ。試してはないが刺突や斬撃には耐性が効かない。

 コンクリートから顔を出していた金属の角が、視界にあったのを覚えている。現にぶつかった際、頭は何かで切ってたみたいで血が出ている。


(運がよかっただけかもな……)


 そんなことを考えていると、視界の右上――ずっと残っていたシステムウィンドウが、かすかに瞬いた。


《デミ・タイタン=ゾンビを捕食しますか?(Y/N)》


 丈一郎はチラッと周囲を確認する。舞も、特戦群も、女医たちも、みんな上空のヘリに気を取られている。


(Y…っと)


 ゾンビの巨体が、ゆっくりと淡い光に変わっていく。


(こういう時、演出が焦ったいな、はやくはやく!)


 肉の塊が、煙のような光粒子になり、すべて丈一郎の胸元へと吸い込まれていった。


(ふう、大丈夫だ、みんなこっち見てない)


 瞬間、システムウィンドウが怒涛の勢いで表示される。


《職業:戦士ウォーリアを習得しました》

《スキル:自己治癒 Lv1 を習得しました》

《スキル:戦士の初期スキル斧術Lv1、格闘術Lv1を習得しました》

《スキル:体当たりLvMAXが戦士スキル猛進LvMAXに変化しました》

《スキル:猛進がLv上限に達しました。上位スキル勇猛果敢に変化しました》

《スキル:レベル10に達したため戦士スキル挑発を取得しました》


(まてまてまてまて、情報多すぎる)


 スキルの検証は後だななどと考えていると、背後から声がかかった。


「私は陸上自衛隊特殊作戦群所属の大島、今回の現場指揮官です。……先程はありがとうございました。正直、あなたが来なければ全員死んでいただろう」


「桐畑 丈一郎です。いえいえ、みなさんが粘ってくださったおかげで間に合いました。それに、大島さんほどの方から敬語使われると申し訳なくって。そんなかしこまった話し方しなくて大丈夫ですよ」


「うむ、私もあまり得意ではないので助かる。そうさせてもらおう。それで、君もダンジョンに?」


「ゾンビから逃げてたら地割れに巻き込まれて、落ちた先がダンジョンでした。

運良くモンスター倒したら、ウィンドウが出て……って感じです」


「……職業を教えてもらっても?」


「戦士です」


 丈一郎は、そう言いながら脳内で隠蔽スキルを使い、盗賊の職業を隠す。


「戦士、か。その強さは一体?」


「ダンジョンでそのまま迷っちゃって。レベル上げしているうちに、という感じです」


「そうか。できれば一緒に基地に来て欲しいんだが、良いかな?」


「もちろん、というより、下があんな状況じゃ他の選択肢ないですけどね」


 そういって、丈一郎は笑う。それにしても、最悪能力のことはバレるリスクも覚悟してたけど…あまり突っ込まれなかったな。


「君なら隣のビルにでも飛び移るか…いや、全てを相手にしても生き延びそうだな」


 珍しく大島が冗談を言い、笑った。続けて質問する。


「そういえば、先ほどまでそこにあったゾンビの死体は?」


「あぁ、万が一でも動いたらまずいので、下に捨てましたよ」


「なるほど、助かる」


(…こんなに簡単に信じてもらえるとはな。まぁ、基地に行けばお偉いさんから色々聞かれるんだろうな)


 ふと視線を感じて振り返ると、少し離れたところに舞が立っていた。着ているナース服は汚れ、髪にも埃が絡んでいる。それでも、何年経ってもすぐにわかる顔だった。丈一郎がゆっくりと近づくと、舞の方から口を開いた。


「……やっぱり丈一郎くん、なんだね。中学以来…かな。いつからゾンビと戦う人になったの?」


「いや、俺もびっくりしてるとこ。気づいたら、こんな感じになってた」


 舞が笑った。丈一郎も小さく笑い返す。けれど、その胸の奥では、言葉にできないざわつきが続いていた。


(……まさかこんな再会になるとはな)


 言いたいことは山ほどある。けれど、どれも口に出すにはタイミングが違いすぎる。それでも、今、目の前で無事な姿を見られただけで――


「……ほんと、間に合ってよかった」


「……うん。助けてくれてありがとう」


 舞がそっと視線を落とす。表情は見えない。その肩に、ヘリのローター音が重なる。旋回しながら、UH-60Jの黒い機体が屋上に降下してくる。


 風が強くなり、舞が顔を腕で覆う。丈一郎は咄嗟に彼女の肩を支えた。一瞬だけ、距離が近くなる。けれど、それもすぐに散る風の中にかき消された。


「乗ろう」


「うん」


 

 舞は、他の避難者と共にヘリへ向かう。その途中、少し離れていた恵理に声をかける。


「恵理、行こう!大丈夫?」


「…うん、ありがと。なんだか気が抜けちゃって」


 恵理は舞に気づいて笑ったが、どこか様子がおかしかった。額に汗がにじみ、表情も固い。丈一郎はその場から見ていただけだったが、妙に気になる仕草があった。


 恵理は返事をしながら、左手を無意識に撫でていた。その手の甲には、フェンスに引っ掛けたのか、引っ掻き傷が見えた。

 怪我をしている南雲、坂口が先に乗り、その後残っていた患者2名、女医、舞、恵理の順にヘリへ乗り込む。真壁、岸本、大島ら特戦群も配置につき、収容を手伝っている。丈一郎も最後尾に加わり、タラップを踏みしめる。


 そのときだった。――階下から何かがうごめく気配。


(……来るな)


 まだ遠い。けれど、気配察知が教えてくれている。ヘリの搭乗口から、真壁が声をかける。


「全員乗った!離陸を!」


 パイロットが頷き、スロットルが開く。機体が揺れ、扉を閉めないまま宙へと浮かび上がる、その瞬間。


 ――ガラララッ!!!


 非常階段の瓦礫を突き破り、無数のゾンビが飛び出してきた。あちこちから、叫び声。屋上を見上げるゾンビの目が、こちらを捉える。


「っぶな……!」


 丈一郎は思わず声を漏らした。UH-60Jは、ローター音を響かせながら上昇し、新宿のビル群を越えて移動を始めている。かろうじて、間に合った。

 同時に、特戦隊5名と丈一郎の頭にディスプレイが表示される。


《生存者14名を確認。おめでとうございます。

 ミッションをクリアしました。

 これより168時間、ダンジョンの拡大を停止します》


 途端に抜ける緊張。丈一郎だけでなく、特戦隊のメンバーでさえ緊張が溶けた。ギリギリの戦いだった。そう思った矢先。横にいた舞の肩が、小さく震える。


「恵理、手、どうしたの?」


 聞かれた恵理は、声を絞り出す。


「舞……ごめんね」


「……え?」


 恵理は、そっと左手の甲を見せる。そこには――《《なにか》》に引っかかれた傷跡があった。赤黒く変色した皮膚。肘にかけて、不気味な暗い色が広がっている。

 機内の全員の視線が集まる。そして一人あっと声をあげるものがいた。


「14名…」


 岸本のその声に他の特戦隊メンバーが気がつく。先のヘリに乗ったのは、患者8名、看護師2名。このヘリに乗っているのは、患者2名、女医1名、看護師2名…。


「1人、数が合わない…か…」


 大島のその言葉を聞いて恵理がつぶやく。


「…そっか」


 俯く恵理の表情は見えない。誰もが…舞ですらかけるべき言葉を見つけられないでいた。丈一郎だけは、何かを考えるように俯いていた。


 すると、恵理が皆に向けて顔を上げる。何かを覚悟した表情で。


「…助けていただきありがとうございました……せっかく助けていただいたんですが、私ここまでみたい。」


 そう笑って、続けて舞に顔を寄せ、親友にだけ伝える言葉を遺す。


「…さっきの雰囲気でわかったよ。彼のこと好きなんでしょ? 私応援してるから! 頑張ってね!」


 そう笑って、恵理は開かれたままの乗降口へと向かって飛び出す。


「恵理――!?」


 舞が叫んだと同時に、恵理は迷いなく空中へ跳び出していった。


「先に向かっててくれ!」


 叫んだのは、丈一郎だった。

 直後――彼はヘリの乗降口を蹴り飛ばすようにして、真っ逆さまに飛び降りた。


「恵理!!!! 丈一郎くん!!!!」


 舞の絶叫が、ヘリの回転音にかき消されながら――新宿の空にこだました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
おもしろ
2025/06/23 08:58 大谷 翔平
面白い
すごく面白かったです!
2025/06/20 10:13 穂多田LOVE❤️おじさん
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ