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第17話 ゾンビを止めろ!

 屋上に、重たい風が吹いていた。

 その中心に、巨大な影が立っていた。異形のゾンビ。全身が膨張し、血管が浮き、皮膚の下で何かがうごめいている。右手には、鉄筋の先にコンクリートの塊が残った瓦礫の塊を、まるで軽い棒でも持つかのようにぶら下げていた。その動きに、知性はない。ただ本能のままに、破壊を欲している――それだけだ。


「――来るぞ」


 大島諒がそう呟き、5名の特戦群が即座に布陣を取った。彼らが装備していたのは、立川基地の武器庫と周辺の協力機関から急遽かき集めた、仮設装備。

 岸本には、長さ50センチのステンレス製の錫杖しゃくじょう。昨日のトレーニングで、いくつか試した中で一番しっくりきたものだ。

 真壁には、射撃精度と瞬時の視認を支えるARゴーグルと、機動性重視のカーボンクロスボウ。

 南雲には、反動吸収機構を内蔵した強化コンバットナックルと装備の上からつけれる軽量アーマー。

 坂口は、無反射素材の双短剣と迷彩コートを装備し、索敵と撹乱を担う。

 そして――大島諒の腰には、一振りの名刀が帯刀されていた。


 歌仙兼定かせんかねさだ。室町時代に打たれた刃渡り60センチほどの刀で、集団戦を想定し機能性・実用性に重きを置かれたものだが、美しくも鋭利な刃を持つ。

 都心部から立川に避難した財団職員が命がけで持ち逃げてきたその刀は、再び戦場に立っていた。


「全員、展開」


 風の中、大島の命令が落ちる。異形の巨体が一歩踏み出したその刹那、真壁のクロスボウから放たれた矢が踏み出した足に突き刺さる。ふらつく巨体。その足の甲には、職業とスキルの補正で、撃たれたステンレスの矢よりも大きな矢傷、というよりも大穴が開いている。


「――はっ!」


 すかさず大島が地を蹴り斬りかかる。瞬間、風が裂ける。


 ズバン――ッ!


 一閃。歌仙兼定が異形の肩口を正確に斬り裂く。肉が裂け、血が吹き上がる。


「……くっ、通るには通るが、深くはないか……!」


 踏み込み、抜刀、斬撃、回避――大島の一連の動きは、まさに研ぎ澄まされた剣士のものだった。

 だが、異形はお構いなしに瓦礫を振り上げる。


「っ――!」


 ドゴッ!!


 地面が爆ぜた。瓦礫が跳ね、空気が押し返される。次の瞬間、南雲陽太が突進した。


「行くぞォォォ!!」


 《猛進》発動。体が風を裂き、真っ直ぐに巨体へ突撃。


 ゴンッ――!!


 拳が肉を砕く。だが――


 ガアアアッ!!!


 異形が棍棒を振り下ろした。


「ッ――!」


 ドガッ!!!


 南雲が吹き飛ばされる。鉄柵に叩きつけられ、瓦礫の上に転がる。血が広がり、動きが止まる。


「南雲!!」


 即座に坂口修平が走り出す。《ステルス移動》で視線を外し、素早く南雲の元へ。


「動くな、今――!」


 南雲を抱えてバリケード裏へ運ぼうと立ち上がった瞬間…


「っ!」


 ゾンビが投げた瓦礫の破片が、坂口の左足を直撃。


「が……ッ!!」


 激痛が走る。筋を削ぐような一撃。足の骨が折れ、機動力は激減した。


「チッ……やられた……!」


 それでも坂口は、南雲を庇いながら大型ゾンビから距離を取り、動けない南雲を守るため、膝下から流れる血を押さえつけながら立ち上がろうとするが、痛みで立てない。


「せめてあの人の足だけでも…!」


 その様子をみていた舞は反射的に支援物資にあった救急セットを手にして坂口たちのもとにかける。


「舞!…っ!私も手伝うわ!」


 一瞬、とまどったがその後を恵理も追う。

 南雲はまだ意識こそあるものの、肋骨が数本は折れている。全身の打撲もひどく、即戦闘復帰は不可能だった。この状況では安静にする他なく、せめてでもと、かけつけた舞と恵理は坂口足の手当てを始めた。


「危ないから…いや…ありがとう…っ……二人もやられた……!」


 手当てを受けながら、坂口が歯を食いしばる。痛みで体は震えていたが、それでもまだ目は死んでいない。


 一方、残された3人の隊員は、後方に患者と民間人たちを背負って立っていた。


「岸本、あの距離なら……!」


「撃てます!」


 岸本が錫杖を突き出し、火花を散らすように魔素を凝縮させる。《ファイアボール Lv1》。術式が完成し、火球が放たれる。


 ボゥッ!!


 火球が大型ゾンビの顔面近くで炸裂。爆炎が血肉を焦がし、頭蓋骨の一部が顕になる。悲鳴のような唸り声が屋上に響いた。しかし、それでも止まらない。異形のゾンビは前傾姿勢のまま、なおもゆっくりと歩を進めてくる。


「ダメージはある。でも足を止められない……!」


 その隣、真壁がクロスボウを構え、ARゴーグル越しにラインを追う。《精密射撃》。筋繊維の奥、骨の隙間を狙って、トリガーを引く。


 スパン!


 鋼の矢が異形の脚部を貫通し、ひざをわずかに折らせた。


「膝関節破壊確認――だが……!」


 再び立ち上がる。筋繊維が盛り上がり、回復すらしているかのような動き。


「……再生してる……? 本当に、なんなんだこいつは!」


 大島が刀を構え直す。


「下がるな、ここで止める!」


 大島が一歩前へ出る。


「……俺たちがここで崩れたら、終わるんだ」


 そのときだった。


「ッ……!」


 屋上の隅にいた女医が、崩れかけた壁際に立ち、地上を見下ろして絶句した。


「……うそ……」


 その呟きに、手当てを終えた舞と恵理もそばのフェンスから見下ろす。


「なに……? なにが――」


 そして、彼女たちも同じ光景を目にして凍りつく。病院の正面――駐車場側。

 そこに――黒い、うねるような波があった。数百体に及ぶゾンビの大群が、病院を囲むようにして走ってきていた。押し寄せたゾンビたちは、お互いを踏み台にしながら、団子状に折り重なり、まるで階段のように自らを積み上げている。


「階段に……なってる……?」


 舞の声が震える。


「……うそ……こんな……」


 2階のバルコニーへ、ゾンビが“よじ登って”きている。ついに、病院内部への侵入が始まっていた。


 そのさらに奥――遠くの交差点から、複数の巨大な影が、ゆっくりと病院へ向かってくる。


 大型ゾンビ。それが3体以上確認されていた。


「…そんな……っ!」


 舞たちの近くにある、屋上のもう一つの非常階段が、ギギ……ギチ……ッと音を立てて軋む。次の瞬間。


 バァンッッ!!


 鉄製の扉が内側から破られ、無数のゾンビが飛び出してくる。


「こっちにも!? くそ……!」


 坂口が、足を引きずりながら短剣を構える。大島は大型を前に振り返ることすらできない。クロスボウの矢が先頭のゾンビの頭を吹き飛ばす。真壁がクロスボウを再装填しながら叫ぶ。岸本が呪文唱え、続く数体のゾンビが吹き飛ぶ。だが、数が多い。あまりに多い。


 火球を逃れたゾンビが右方から飛び出す。


「まずい…!」


 逆を突かれ、足を痛めた坂口の短剣が一歩届かない。


 動けない南雲。絶望が屋上を覆う。舞、恵理がお互いをかばい合うように立つところに、ゾンビの手がのびたその瞬間――


 ッタン!


 ゾンビの頭にナイフが突き刺さり吹き飛んだ。同時に異様な衝撃音が、屋上を揺らした。


「……え?」


 崩れる非常階段。そこから屋上に飛び出して来ていたゾンビは、次々と何かに吹き飛ばされ、屋上から地上に落ちていく。


 粉塵が晴れ舞たちの前に現れたのは――パーカーにデニム、ところどころ破れているが、まるで近所に買い物に行くようなラフな格好の男。


「――間に合った」


 桐畑 丈一郎が病院屋上に到達した――。

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