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第10話 サイレントスティルズ︰はぐれゴブリン

 パンデミックから10日目。

 丈一郎は、今日も三階層を探索していた。昨日までの探索でいくつかスキルも成長していた。


・気配察知 Lv3

・棍棒術 Lv4

・弓術 Lv4


 経験値も順調に溜まり、レベルももう少しで十に到達するところまで来ていた。


(おかしいな、今日はゴブリンがほとんどいない。それに……)


 森には、普段となにか違う“気配”が漂っていた。《気配察知》スキルの反応が、これまでのスライムや通常のゴブリンとは異なる“重さ”を放っていたのだ。


「……なんだ? この感覚……」


 視線を走らせると、木立の影から静かに歩み出てきた存在があった。


 ――ゴブリンが1体。


「はぐれゴブリンか…?」


 しかしその手に持たれていたのは、棍棒や粗末な弓矢ではなく、鈍い光を放つ30センチほどのナイフだった。また、その動きはこれまでのゴブリンとは明らかに異なっていた。目が濁っていない。腕に力があり、ナイフを構える角度にも迷いがない。


(こいつは……群れからはぐれたわけじゃない。力の差があるから群れにいられなかったんだ。この辺りにゴブリンがいないのは、こいつがいるせいか)


 おそらく他のゴブリンは、このゴブリンを避けて、三階層入り口付近の森にはいないのだろう。そう考えながら丈一郎は鉄パイプを下段に構え、じり、と足を引いた。対峙するナイフのゴブリンは、警戒しながら距離を測り、何かを見極めるようにこちらを睨んでいる。その顔には、表情は読みずらいが笑みが見えるように思う。


「やる気十分だな……上等だ」


 次の瞬間、空気が弾けた。

 最初に動いたのは、ゴブリンだった。低く構えたナイフが閃き、丈一郎の肩口へ向けて突き出される。


 ――ヒュッ


 丈一郎は横に滑りながら《体当たり》を発動。だがナイフゴブリンは、滑るように跳ねてかわす。まるで体術の心得があるかのような滑らかさだった。


「……マジかよ、こいつ」


 これまでのモンスターとは次元が違う。だが、丈一郎は怯まない。溶解液を地面に撒いて誘導し、ナイフゴブリンの足運びを封じる。続けて鉄パイプを縦に振り下ろす。ゴブリンは咄嗟にナイフを横に滑らせ、受け止め――そのまま蹴りを放ってきた。


(避けられ……!)


 丈一郎の脇腹に蹴りが入る。そのまま吹き飛ばされて地面を転がる。


「…っっ!」


 スライムから手に入れた、物理耐性スキルが役に立った。しかし、鉄パイプを転がった時に落としてしまっていた。収納も届きそうにない。

 反撃の体制をとる間も無く、ゴブリンは容赦なく飛びかかる。


「っがぁあ!」


 丈一郎は咄嗟に収納から食料の詰まったリュックを取り出し、そのままリュックでナイフを受け止める。想定外の動きにほんの一瞬ゴブリンが怯む。その隙に丈一郎はゴブリンに抱きつき、


「噛み…つき!!!」


 ゴブリンの首から大量の血が吹き出す。ゴブリンが目を見開き、ナイフを落とす。その体がぐらりと揺れ、地面に沈んだ瞬間――


《経験値を獲得しました》

《レベルアップ》

《現在のレベル:10》


《新スキルを獲得しました》

《眷属転化》


 脳内に響いたシステムの声に、丈一郎はわずかに目を細めた。


「……眷属転化?」


 その響きは妙に冷たいのに、どこか惹きつけるものがあった。スキルの説明には、こうあった。


▼《眷属転化》

 噛みついた人間を感染させ、自身の“眷属”とする。

 眷属になった対象は主の命令には従うが、自我は失わない。

 また、眷属になった対象には自身のスキルを任意で譲渡可能。

 ゾンビウイルスに感染している対象には、眷属因子を上書きする事が可能。ただし完全にゾンビになった場合は不可。

 眷属化できる人数は、自身のレベル10ごとに1人。


「眷属って言うけど、書いていることみると奴隷みたいなものだよな。ファンタジー世界ならまだしも、現代日本で倫理的使いにくいスキルだな…。ただウイルスを上書きできるって言うのが、気になるな」


 独りごちる声は、静かな森に吸い込まれた。おそらくこの能力は――眷属化する代わりにゾンビに噛まれた人を救える可能性を持っている。だが、それだけに、選ぶ相手は慎重に考えないといけない。


 丈一郎は視線を足元に落とした。ナイフゴブリンの亡骸に、手をかざす。


《捕食しますか?(Y/N)》

→「Y」


 淡い光とともに、ゴブリンの体は霧のように溶け、消えていった。


《スキル隠蔽パッシブを取得しました》


▼《隠蔽パッシブ

 常時発動。任意のステータス項目を他者から非表示にできる。

 対象:クラス/レベル/スキル/ステータス値 など。

 ※ただし、鑑定スキルを持ちそのスキルレベルが上回る相手には無効。


「これまた便利なやつだな……」


 丈一郎は、手をひらひらと動かしながら、軽く笑った。見せたくないスキルやステータスを、隠して行動できる。これは、捕食者なんて物騒なスキルを持つ丈一郎にとって願ってもない能力だ。早速、捕食者、掃除人を隠蔽しておく。


「さて、っと」


 地面に落ちていたゴブリンのナイフを拾い上げる。手に収まる感触は、明らかに鉄パイプより優れている。


 刃の長さ、重さ、革巻きの柄――素人目にも“これで殺す”ために作られた道具だとわかる。鉄パイプを収納へとしまい、ナイフを代わりに腰へ装備する。状況に応じて武器を使い分けるのがいいだろう。


「さて、レベルも10に到達したし、今日は帰るか」


 そう呟いて、二層への階段へ足を向けた瞬間だった。


《エリアTOKYO:防衛ミッション発生》

《対象:新宿大学病院の生存者》

《レベルFホード接近中。1時間後に構内に到達。直ちに防衛してください》

《参加資格:エリア内、職業保持者》

《クリア報酬:10名以上生存でダンジョン拡大を168時間停止》


(なんだよ……これ)


 見たことのない黄色いウィンドウが突如、丈一郎の視界、いや脳内に現れた。ステータスでもスキル通知でもない。“ミッション”という名の、それは――命令に近いものだった。


 そして、――その言葉を見た瞬間、背筋に冷たいものが走った。


《新宿大学病院》


 その名前に、思考が一瞬で凍りついた。


「……病院……新宿……」


 そこは、大学進学の際一緒に上京した幼馴染が働いていた場所だった。東京にきてから会う機会はめっぽう減ったけど、大学4年の時、看護師を目指していた彼女があの病院に就職が決まったことを、友人づてに聞いていた。

 あれから数年が経ち、日々仕事に忙殺される中で、そしてパンデミック後は生きることばかり考えていて、家族や友人…そういった人々が自分の中で抜け落ちていたことに気がついた。


「……っくそ」


 丈一郎は思わず髪をかきむしった。


(俺は……)


 スキルがどうだ、職業がどうだと、目の前のサバイバルにばかり気を取られていた。今の生活を守ること、自分の命を守ること――それ以外の全てを、見ないふりをしていた。


 しかし、今突きつけられた名前は、かつて確かに大切に思っていた人の、今もどこかで“生きているかもしれない”証だった。


「……助けに行かねぇと、後悔するな。絶対」


 丈一郎は目を閉じ、ひとつ息を吐いた。次に目を開いた時には、もうその足は地上へ向かっていた。


 ダンジョン出口から地上に出た丈一郎は、気配察知を最大展開しながら、一直線に西――病院方面へと駆けた。路地を抜け、線路跡を飛び越え、瓦礫の隙間を滑るように進む。


 都市機能が止まった東京は、静かで不気味だったが、一歩ごとに高まる鼓動と焦燥が、今はそれを押し流していた。


 そして――到着したのは、ミッション表示から約50分後。ホード接近10分前。西日が沈みかけた空の下。


「……ここか……」


 副都心新宿、その摩天楼の中にある新宿大学病院。高層階を備えた複合型の大病院で、かつて多くの命を救っていたその場所は、今無残な沈黙に包まれていた。

 駐車場には、数十体以上のゾンビが群れていた。病衣姿の者、スーツ姿の者、手提げを持ったままの者――おそらくは患者、職員、付き添いの家族たちだったのだろう。

 彼らは緩やかな蠢きと呻き声を発しながら、まるで何かに引き寄せられるように、病院の正面へと集まり続けている。


 正面玄関の自動扉は完全に閉ざされ、その上から銀色のシャッターが重ねられていた。

 側面の窓には、木材や金属片が乱雑に打ち付けられ、明らかに内部に生存者がいる痕跡があった。


 丈一郎は一歩前に出る。そのとき――


「……ヘリの音……?」


 遠く、空の向こうからプロペラ音が近づいてきた。ほかにも生きてる人間がいるという証だ。それに、病院に助けに向かっているのかもしれない。

 目の前にはゾンビの海。だが、その向こうに守るべき人が――きっといる。


「やることは、決まってる」


 地面を蹴った。新宿大学病院の構内に、丈一郎が足を踏み入れる。

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