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プロローグ ワールドエンドZ︰その日、世界でゾンビが溢れ出した

 それは、ある日突然、唐突に始まった。


 最初に異変が報告されたのは、眠らない都市、ニューヨーク。

 市街地の真ん中で、数人の男女が常軌を逸した暴れ方で警官の制止を振り切り、獣のように人を襲い、肉を貪り喰らった。銃を抜く警官の威嚇を意に介さず、彼らは次々と生者に襲いかかる。その悍ましい映像はSNSを通じて瞬く間に拡散されたが、誰もそれを本気にしなかった。


「ドラマの撮影か?」「ゾンビ映画のプロモ? めちゃくちゃリアルじゃん」


 人は、想像の範疇を超えた“狂気”を、容易には信じることができない。


 だが、頭を撃ち抜かれ鮮血を撒き散らした者や、その“暴徒”の襲撃を受け首が裂けた者が、その数分後にけいれんしながら立ち上がり、まるで鏡写しのように他者に襲いかかるようになったとき――世界はようやく、何かが決定的に“狂っている”ことを認めざるを得なくなった。


 そして、それはニューヨークだけの話ではなかった。


 同日、ロンドン。ソウル。香港。パリ。モスクワ。そして東京。地球上のあらゆる大都市で、同時多発的に、同じ現象が確認された。


 歩く死者。言葉を発さず、ただ生者を喰らうだけの存在。そう、まさしく“ゾンビ”としか言いようのないものが、一晩にして世界を覆い尽くしたのだ。


 都市の崩壊は、まるで堰を切った雪崩のようにあっという間だった。


 空港は封鎖され、都市は閉鎖され、交通網は寸断され、病院は機能を失った。政府は混乱の中に沈黙し、為す術を知らなかった。通信は遮断され、SNSは助けを求める声を最後に沈黙する。テレビは砂嵐を映し出して停波し、ラジオからは途切れた音楽と耳障りなノイズだけが流れ続けた。


 地下鉄のトンネルは血の川と化し、主要な交差点は喰われた者たちの死屍累々。警官も、軍の兵士も、そこに人間である限り平等に、そして無慈悲に感染は拡がっていった。


《ゾンビに噛まれた者が、ゾンビになる》


 ――たったそれだけの、あまりにもシンプルな摂理が、これまで築き上げてきた社会という複雑なシステムを一瞬で破壊した。国家は崩壊し、街は焼け、世界は終わりを迎えたかに見えた。


 だが――その絶望的な混乱の最中、世界各地で、パンデミックの中心部に調査に入った各国の軍人、研究者、そして命知らずの探検家から“奇妙な報告”が相次ぎ始めた。


「地面に、巨大な穴が開いている」

「その裂け目の奥に、不自然な階段が続いている」

「ゾンビの大群は、その穴の中から無限に湧いている」


 最初は地震か、あるいは大規模な地盤沈下、もしくは何らかの爆発による陥没だと考えられた。だが、そこがただの自然現象ではないことをすぐに理解する。


 内部には、人為的な構造が確かに存在した。不規則な地形の中に、突如として現れる不自然な石造りの階段。迷路のように複雑に入り組んだ通路。それまでその場所には明らかになかったはずのものが、まるで空間そのものを歪ませて出現したかのようだった。


 そこは、“地割れ”ではなく、明確な意図をもって設計された“異質な空間”だったのだ。そして、その内部の奥底から地上へと、絶え間なくゾンビが這い出てきていた。


 地上のゾンビと全く同じ姿、同じ挙動。つまり、地上のゾンビは、地下から湧いていることが証明された。


 この発見は、人類にいくつかの重大な示唆を与えた。


 ゾンビには明確な“発生源”があること。そして、その発生源を叩けば、ゾンビを“根絶”できるかもしれないということ。この発見は、世界を覆い尽くす絶望の闇の中に、唯一の希望の光を灯した。


 だが、希望はそれだけではなかった。ダンジョンの第一階層でゾンビを倒した探索者たちが、さらに奇妙な現象を報告する。頭の中に、まるでゲームのような文字が、突如として浮かび上がったというのだ。


《経験値を獲得しました》

《職業:格闘家 に就任しました》

《スキル:蹴撃Lv1 を習得》


 最初は、極限状態での幻覚か、精神異常だと笑われた。しかし、同じ現象を体験する者が続出し、その報告は無視できない事実として認識されていく。スキル、職業、ステータス。これまでフィクションの世界でしか存在しなかったはずの、数値化された“力”が、確かに人々に宿り始めたのだ。


 現実の世界に、“レベルアップ”という概念が、文字通り具現化した。現代人が“ゲーム”として慣れ親しんできたシステムが、今、現実の生死を分ける新しい理として、この世界に降臨したのだ。


 ――ダンジョン。


 程なく人々はこの異空間を、そう呼ぶようになる。人類はついに、ゾンビという終末に抗う“手段”を手に入れた。


 ゾンビに支配され、変わり果てたこの世界で、ダンジョンの攻略こそが、人類の生存と、世界を逆転させる唯一の鍵になると確信して――


 これは、パンデミックと共に崩壊し、さらにはダンジョンという新たな脅威と希望が現れた世界の、人類が生き残りをかけた、壮絶な戦いの物語である。


 その最初のページは、血と炎で彩られながら、確かに開かれた。


 ……だが。


 その裏で、まだ何も知らない男が、東京の片隅で眠っていた。


 その名は――桐畑(きりはた) 丈一郎(じょういちろう)。世界を変える彼の冒険が、幕を開ける。

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