第6歯 本音
「紫が言うには、化粧を落とした深雪太夫がお前そっくりなんだそうだ」
「そうですか」
これから母親と再会するっていうのに、維千は相変わらずの能面顔だ。
「おめえはちったあ…」
「ふうん、メロウさん。昨夜も紫と呑んだでありんすか」
維千が変なところを指摘するもんだから俺はブハッと茶を吹き出してしまった。
維千がすかさず、そこにいたジョニーの頭をピプッと鷲掴みにする。彼は何の躊躇いもなくジョニーを突き出し、あろうことか俺が吹き出した茶をジョニーで受け止めた。
「ぶわっふぁー!ひどいじゃないか!」
ジョニーが怒り任せにカカカッと歯を打ち鳴らしても、維千はケロッとして何を怒られているのかさっぱりわかっていない。
「メロウさんが汚いことをするから、ジョニーさんがお怒りです」
「維千。お前なあ…ジョニーはお前に盾にされて怒ってんだろ」
「はあ」
「お前のおかげで、いらぬ被害を被ったんだかんな」
維千がつまらなそうにジョニーを投げ捨てる。ピプッと間抜けな音を立て、ジョニーが床に転がりおちると、維千は彼がコクコクと何度も頷くのをじっと見つめた。
「はあ…さようですか。それは申し訳ございませんでした」
維千の能面顔には何を言っても糠に釘だと思っていたから、俺もジョニーも口をあんぐりして目が点になった。
「維千くんが…」
「謝った…」
「失礼ですね。心遣いは不得手ですが、僕だって仰っていただければ理解はできます」
謝罪のつもりなのか、維千はジョニーを台拭きで拭いてやると温かいお茶を淹れてやった。
「そこは…」
台拭きじゃなくてタオルを使えと言いたかったが、維千なりに反省しているようなので俺も多少の至らなさには目を瞑ることにした。
「で、どうするの?」
ジョニーはこたつに潜り直して頬杖をつくと、手に持った団子をくるくると回している。
「どうするもこうするも…深雪太夫が維千の母親だったとして、維千の記憶だけで退治はできねえよ。証拠がなきゃ、ただの人殺しだ」
「放っておけばいいですよ。それらしき人物は特定したんですから、前金分は働いたでしょう。これだけ稼げば、しばらく酒に困りませんって」
「酒の問題じゃねえよ」
「ああ、紫に会う口実がなくなりますもんね」
維千はつまらなそうに言うと、床にごろんと転がった。
「キャーッ!いかつい顔で女子に避けられ続け32年…そのトラウマから飛び抜けて奥手になってしまったメロウに…ついに…ついに!春がキターッ!」
ジョニーはピョンッと炬燵に飛び乗ると、カスタネットを乱れ打つようにカタカタと高速で歯を打ち鳴らした。
「っるせー!」
恥ずかしい経歴を暴露され、顔がカッカッと熱くなるのを感じる。維千はこのような話に無関心だと思っていたが、意外にも彼の冷ややかな目はじっとこちらを見つめていた。
「…んだよ」
「…いえ」
「お前みたいなモテ男にはわかんねえだろうがよ」
「はあ。僕が多くの女性から好意を抱かれることは事実ですが、それはあなたを理解できない理由にはなりません。まあ…わかりませんけど。僕はあなたではありませんから」
ジョニーは俺が怒り散らすと思ったのか、青ざめた顔を炬燵布団で覆い隠してブルブルと震えている。
しかし、維千のいっそ清々しいほどの言いっぷりには怒る気もしなかった。
「…笑いたきゃ笑えよ」
「今のは笑うところだったんですね。場の雰囲気を壊してしまい、申し訳ありません」
「いや、笑うとこじゃねーよ」
「はあ…?」
笑えと言ったり、笑うなと言ったり…と言ったところか。維千には俺の言葉が二転三転しているように聞こえるのだろう。
彼は顎に手をやりしばらく黙り込んでいたが、こちらの様子を窺いながらゆっくりと口を開いた。
「お気を悪くなさらないで欲しいのですが…あなたのように実直な方を顔で蹴るとは、余程見る目がないなと思いまして」
「悪かったな…ああ?」
「今、なんて言ったんだい?ベイベー…」
聞き違えたのかと思ったが、ジョニーも耳を疑っているからして、俺の耳に間違いはなさそうだった。
維千はやれやれと身体を起こして、飲みかけの酒に手を伸ばした。
「ですから。容姿の大きく異なるジョニーさんにも、遊女である紫にも、人喰いの歴史ある妖怪の血を引いた僕にさえもメロウさんは対等です。あなたは懐が深い。それを、容姿を理由に避けるだなんて…馬鹿げていると思いませんか?」
「維千。お前、酔ってんのか?」
「は?どうしてそうなるんですか」
維千に自覚はないようだが、彼の言葉は遠回しに俺を褒めている。
「メロウは酔ってもいないのに真っ赤だよ?」
ジョニーがイタズラっぽく笑って、小枝のような肘で小突いてくる。「っるせーぞ」と顔をあげると、維千はまだ不思議そうにこちらを見つめていた。
「なんだ?」
「いえ…気持ち悪いなと思いまして」
「維千。おめえ…」
危うく気を許すところだった。こいつのことはやっぱり好きになれそうにない。