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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

俺にとって、ここは素晴らしい地獄

作者: 千客万来

レディースエンドジェントルメン!

この度、地獄を説明させていただく死神と申します。よろしくお願いします。


さてさっそくですが説明をしていきます。皆さんに地獄の魅力、死後の事、幽霊などを分かりやすく伝えるために、ある男性を使います。仮に優代(ゆうだい)さんとしましょう。それでは始めましょう!優代さんが死ぬ所からスタートです!



ピピピッ…カチッ!目覚まし時計を止め、ベットから出る。洗面所へ行き鏡を見る。いつになくやつれた顔、死んだ魚のような目。顔を洗い、腹を満たすための朝食を摂る。


「最近、まともな飯を食べてないな。」と思いながら、スーツを着て、荷物を持ち、駅へと向かう。改札を向け、ホームで電車を待つ。



相変わらずの満員電車に乗り、俺は考える。

「今までは上司のいいなりだったが、今日は違う。あいつを殺してやる。いつもいつも理不尽に怒鳴り、あいつの仕事を俺に回し、サービス残業をさせる。どこで殺してやろうか。」と考えているうちに駅に着いた。

階段に向かう途中で、俺の視界が真っ暗になった。


気がつくと病院にいた。どうやら倒れていたらしい。病院には医者と看護師と両親、そしてベットで寝ている俺がいた。

「残念ですが、お亡くなりになりました。死因はストレスや栄養不足、過労などです。」と医者が言い、父が「そうですか…」と静かに答え、母が泣いている。そんな皆を俺は上から見ている。不思議と怖いくらい落ち着いている。


左を見ると、スーツを着たガイコツがいた。死神だろうか。ガイコツは俺に気づき話しかけられた。

「あなたが優代さんですね、私は死神です。突然ですが、あなたは死にました。今からあなたの生前書(せいぜんしょ)を読ませていただきますが、構いませんね?」


「あの、読んでもいいですけど生前書って何ですか?あと俺はこれからどうなるんですか?」と死神に聞いた。


「すみません、説明不足でした。生前書はあなたが生きている間の情報をまとめた紙です。この紙であなたがどれくらいの間、どの地獄に行くか判断します。」


「ちょっと待ってください。地獄に行くのは確定何ですか?」


「そうです。そして地獄には2種類あり、一般地獄と特別地獄があります。特別地獄は殺人をした者や強盗などの悪人が入ります。一般地獄は普通の人間が入ります。」


「俺も地獄ですか…、説明ありがとうございました。どうぞ読んでください。」俺はこの上なく絶望した。


「心配しないでください。人間さんの想像する地獄は特別地獄です。それでは読ませていただきます。優代さん、男性で独身の36歳、会社員で罪は嘘をつく、虫を殺す、悪口を言う。一般的な罪ですね。他には…」


俺の人生が読まれていく。小さかった頃や最近の頃のことも、恥ずかしい事、罪も全部。


「あなた、会社員で随分苦労したらしいけど、何で辞めなかったんです?」と死神に尋ねられた。


「それは…俺が辞めると他の人が犠牲になると思って…」と答えた。


「優しいんですね。読ませていただきました。あなたは一般地獄で5年間働いてもらいます。詳しいことは明日言いますので、今日は1度、自宅にお戻りください。それでは」


死神に言われ、俺は飛んで家に帰った。道中、雨が降っていたが体が濡れなかった。それに、玄関を通り抜けることもできた。今は午前11時くらいだ。何をしようか。


まずテレビを付ける。普通に見れるしニュースがやっている。次は昼食を食べよう。久しぶりに料理でもするか。何を作ろうかと考えながら材料と器具を取り、野菜炒めを作ることにした。幽霊になっても物は触れるし、料理もできる。出来上がった料理も美味しく食べれた。


食べ終わった食器を洗い、本を読む事にした。読み終わる頃にはもう午後4時を過ぎていた。俺はこれからの事を考えることにした。


死神の奴、5年間働けとか言ってたけど、なにするんだ。そもそも死んでも働かなくちゃいけないのか。それに地獄って、どんなところだろう。5年間ちゃんと生活できるだろうか…


「お目覚めですか。」

いつの間に寝てたんだ。目の前には死神がいる。寝起きにガイコツは心臓に悪い。

「あの今何時ですか?」

「今は午前1時です。それでは地獄に行きましょう。」

「どうやって地獄に行くんです?」

「人が少ない所、例えば廃墟やトンネル、夜の学校、死人の家などです。そういう所の夜の間にあの世の扉が出てきます。そこを通れば地獄です。今回はあなたの家から行きましょう。」


「分かりました。」

「言うのを忘れました。太陽が出てる間は外に出ない事です。もし体に当たると溶けますので。そして写真に気を付ける事です。我々の存在が人間さんにバレたら面倒ですから。」


こいつ、そういう事は先に言えよ。もし今日が晴れだったらヤバかっただろ。そんな気持ちを堪えた。


「そんじゃ行きますか。扉は…あった。キッチンにありますので通ってください。」


言われた通りに扉を開け、入った。そこで俺は膝から崩れ落ちるくらいに絶望した。少し離れた所にあるのが地獄だと本能で感じた。


その地獄は今にも崩れそうな街で、炎が燃え盛っていて、ここからでも悲鳴が聞こえる。


「あなたが行くのはあの地獄じゃありません。あれは特別地獄です。あれの奥に一般地獄があります。ほら行きますよ。」


死神の言葉を聞いて、むちゃくちゃホッとした。すごく足取りも軽かった。


死神の後ろを歩いていくとだんだん特別地獄が近づいてくる。近くなるほど恐ろしくなる。人間が想像してるよりも恐ろしく、言葉では表せない。強いて言うならこの世の負の部分を全部混ぜた恐ろしさがある。やっぱり悪いことはするもんじゃない。


しばらくすると街が見えてきた。田舎みたいな街並みで、古い木造の家が並んでいる。昔に来たような気分だった。心が和むような街だ。


「優代さんのお家はこのアパートの✕✕部屋です。狭いですが5年間だけですので我慢してください。」


「それで仕事は何をすればいいんですか?」


「それでは説明させていただきます。あなたの仕事は1週間以内に亡くなる人間を一般地獄か特別地獄のどちらに入れるかの判断をしてもらいます。生前書を渡しますのでそれで判断してください。生前書の裏にどちらに入れるかの印がありますから忘れないように。1日の仕事が終わったら私に生前書を持ってきてください。週3日の休みで午後8時から午前4時までの仕事です。休みは私から指示を出します。」


普通に働くのは嫌だけど週3日の休みは嬉しい。それに業務内容も楽そうだ。


「そして生前書を持ってきたら一般地獄の施設を利用し放題です。もちろんお金は取りません。例えばカラオケ、喫茶、パチンコ、銭湯、レストラン、居酒屋、映画館など。まあレストランは味が微妙だし、銭湯も熱いですからそっちは休みの日に現世で楽しんでもらった方がいいですね。それでは明日からよろしくお願いします。私は市役所にいます。8時には郵便受けに生前書を入れておきます。それでは。」


え…、4日間だけ働いて遊び放題!?最高だ!生きてた頃より休みが貰える。めちゃくちゃ嬉しい。にしても午後8時まで暇だ。せっかくだし地獄の街を散歩しに行こう。


歩いても歩いても見えるのは古い家やアパートで空は晴れているような曇りのような変な天気だ。でもこの雰囲気は嫌いじゃない。


しばらく歩くと様子が変わった。楽しそうな人の声と面白そうな施設で溢れていた。歩くと、映画館やレストラン、銭湯が見えた。すると突然、声をかけられた。


「お兄さん、ここら辺じゃ見ない顔だね。死にたての人?」


「はい、今日から地獄に来て、ちょっと散歩をしてまして。」


「ちょうどいい!ここの施設が居酒屋だよ!死にたて記念ってことで今日はサービスするよ!どう?今日はマスターもいるよ?」


マスター?と考える暇も与えられず奥から大柄な男性が出てきた。


「おいおい、人を見せ物みたいに言いやがって。それに金も取らないのに何をサービスするんだよ、大将。」


「で、どうする?お兄さーん?酒嫌い?」

「嫌いじゃないですし、せっかくだから入ります。」


俺は入った後、マスターって人に勧められて相席した。そして俺は気になること全部質問した。


「あの、マスターってなんですか?」

「敬語なんかいいよ。喫茶をやっててみんなからマスターって呼ばれてんの。実はここの大将とは生きてた頃の親友だからよく来るんだよ。」


「へぇー。凄い偶然だなぁ。ちなみに何年くらいここに居るんです?あ、名乗る忘れてた。優代っていいます。」


「優代さんか、よろしく。奥にいる痩せてて若干ハゲてるのが大将だよ。俺は8年間で今4年目さ。仕事は何すんの?」


「亡くなる人間の行き先を決めるみたいな仕事です。」


話してると、机の方からトンッと音がした。


「優代さんでしたっけ。ビールと枝豆置いとくよ。それでその仕事、結構キツイよ〜。お客さん皆ヒーヒー言ってんのよ。」


「おいおい大将、これから働く人にそんなこと言うなよ。これでこの話は終わり!それで大将、優代さんに聞きたいことあるもんな。恒例の。」


「じゃあ早速聞かせてもらいますか。優代が死ぬ時どんな感じだった?」と言いながら大将とマスターがビールを飲んでる。この人達、俺の話を酒の肴にするつもりだ。まあ面白そうだしいいか。


「いやー、目の前真っ暗になって、目覚めたと思ったら死んでて、理解が追いつきませんでしたよー。そしたら隣にガイコツが居て怖かったですねー。」

「分かる分かる!優代さんと一緒で俺もビビった!初めて見るガイコツは怖かったな。」

「そうか?優代とマスターと違って俺は面白かったけどな!ホントにガイコツっているんだ!って。」


たわいもない話をしていたらいつの間にか仕事の時間になっていた。しかも家にいた。飲んでいた記憶が全く無い。そんなことを思いながら郵便受けを開くと大量の生前書が置いてあった。ため息をつきながら紙を手に取り、アパートから現世へと向かった。


久しぶりに現世に帰ると静かすぎて変になりそうだった。紙を1枚取り、その紙には1人の老婆について書いてある。老婆の位置は…!?ここから飛行機で行く距離じゃないか!

クソッ!飛んでいくしかないのか…


老婆の元まで着き、少し観察して一般地獄に印を入れた。やっと1人、ここまで来るのにだいぶ疲れた。飛ぶのはすごく速いが疲れる。これがあと500人はいる。しかも5年続く。まあ怒鳴る奴はいない。


クタクタになりながらも仕事が終わり、死神に渡しに行った。すると死神からご飯に誘われ次の休みに行くことにした。


3日後…

「どこで食べるんです?」

「現世の〇〇にしましょう。私が生きてた頃よく行ってたんです。」

「分かりました。あの死神ってどうやってなるんです?」

「死んで働いて、優秀だった者が死神になれます。まあ課長から部長になるようなもんです。」

そんな事を話しながら店に着いた。


「あのどうやって中に入るんです?」

「人間に取り憑けばいいんです。肩をがっしりと持つ感じで。」

男性に取り憑き、俺は海鮮丼を頼んだ。


「あの、仕事中に気になることが2つあるんですけど、聞いてもいいですか。」

「どうぞ。」と死神が答えながらマグロ丼を食べていた。

「天国ってあるんですか。」

「ありますよ。一般地獄で働き終えた者が生まれ変わるか天国に1年間行くか選べます。天国は魂が溶けそうなくらい最高だそうですよ。まあ遊ぶだけで飽きそうですけどね。」


「なるほど。特別地獄ってどんな所ですか?」

「それ聞いちゃいます?」

「お願いします。」

「いいでしょう。前にも話したように特別地獄はとんでもない悪人が入ります。その実態は年中無休で働き、現世に帰ることもできません。食べるためには自分の舌を取る必要があります。その舌は1ヶ月に1回しか生えません。そして近づけば汗が出る風呂に毎日入らされます。その後には全身の毛穴に針を刺されます。そんな場所に10年はいます。最悪な場所です。」


俺は怖くなった。背筋が凍りそうだった…

俺は上司を殺そうとしたからだ。もし倒れていなかったら…と考えたくもなかった。神様が俺を助けてくれたと考えるしかなかった。


それから俺は地獄での生活にも慣れていき、仕事終わりにはマスターか大将の所によく行った。休日は現世のレストランや銭湯にも行った。もちろん仕事は辛い。けど生きてた頃に行けなかった場所や景色、食べ物もあり、それなりに楽しかった。


死神を現世の方の飲み屋にも誘った。

「優代さんから誘われるのは初めてですね。」

「そうですね。前から一緒に飲みたいなって。」

「嬉しいですね。あの店ですか?」

「はい、あの店です。」


「死神さんは何飲みます?」

「私は日本酒で、優代さんは?」

「俺はビールです。」


「美味しいですね!ここの酒。」

「でしょ。よくストレス解消として来てたんです。でも2年は来ていませんでした。」

「そうなんですね。」

「そういえば死神さんてどうやって死んだんですか?」

「息子と娘と一緒に公園に行く時に、車に轢かれそうな女の子を庇って死んじゃいました。」

「かっこいい死に方!憧れるな〜。」

「ありがとうございます。でも子どもたちと奥さんが気がかりですね。」

「そうですよね…何かすみません。所で閻魔様っているんですか?」

「閻魔…閻魔…閻魔のバカヤローッ!!」

「!?、どうしたんすか。急に、」

「あうぅ〜、仕事多くてやだよ〜、えぐっ、ひぐっ。」

酔っ払ってる…それに悪いこと聞いたな。

閻魔様はいるんだ。あとこの死神どうしよ…


4年後…

昨日、マスターが地獄から消えた。天国に行ったのか生まれ変わったのかは分からない。俺と大将はマスターが居なくなるまで一緒に飲み、ずっと泣いた。マスターとは二度と出会えない永遠の別れになった。大将は特に辛かっただろう。親友だったみたいだし。大将は後1年、俺と同じだった。もう喫茶に行くことはないだろう。


気持ちの整理も付かないまま、仕事をする。

現世に行き、紙を取ると、会いたくない人物がいた。


あの上司だ。もうすぐ上司が死ぬらしい。この手で殺したかった上司。もう俺の事を覚えてはいないだろう。生前書を読むと、やはり俺にしてきた仕打ちをまだやっている。


だが、特別地獄に入れるとなると話が変わる。たとえあんな上司でも死にたくても死ねない場所に入れるのはどうだろう。

しかし一般地獄は軽すぎる。間接的に人の命を奪っている奴だ。


4年前の俺は迷わず特別地獄に入れている。だが、地獄での暮らしが俺の心を癒し、憎しみを取ってきたのだ。けどあの仕打ちを忘れるはずが無い。


1人で悩んでいる時、最近仲良くなった後輩が近づいてきた。趣味や食べ物の好みも合う綺麗な女性だった。生きていたら告白して付き合ってプロポーズして結婚したかった…付き合えるか分かんないけど。

何で生きてる時に出会わなかったんだ。


「先輩、仕事おつかれさまっす。終わったら大将のとこで飲みませんか?」

「嬉しい誘いだけど、ちょっと待ってくれ。今悩んでいるんだ。」

「何に悩んでるんすか。」

「一般地獄に入れるか特別地獄に入れるかだよ。」

「先輩は優しいすねー。悩むって印付けるだけじゃないすか。」

「前話した上司だよ。」

「あ〜、でもこいつ殺して〜って先輩が言ってたじゃないすか。」

「いつ言った!?」

「大将のとこで先輩が酔ってる時すよ。私と大将に愚痴ってたじゃないすか。」


マジか…全く記憶に無い。大将と後輩には色々と迷惑かけたかもしれない。それにマスターがいた時も。


「記憶に無い…その時はごめん。」

「別に謝らなくてもいいすよ。でも答えは出たんじゃないすか。人は酔ってる時、普段抑えてる本性が出るって言うじゃありませんか。」

「なるほど。ありがとう、長い長い間の悩みが吹っ切れたよ。」

「役に立てて良かったっす!」


俺は何の迷いも躊躇いもなく、特別地獄へと印を付けた。きっと後悔もしない。霧が晴れたかのような清々しい気分だった。


「仕事終わったし行こうか。大将の所に。」

「はい!もちろんっす!」


「いらっしゃい!お二人さん!」

「相変わらず元気ですね、大将。」

「へへ、まあね。ほいビール。それにしても優代、何かいい事でもあった?」

「はい、例の上司を特別地獄に入れまして。」

「私が助言したんすよ!」

「ハッハッハッ!そいつは良かった。そりゃ気分も上がるわ。」


あぁ、すごく楽しくて幸せだ。死んでるのに生きてる感じがする。生きてた頃にできなかった復讐もちょっとした旅もできる。子供の頃、仲の良かった友達と遊んでた気持ちに似ている。登下校は一緒に行きながら話して、放課後遊んですごく楽しかったあの時に似ている。あいつ、生きてるのかなぁ。元気かなぁ。


そして1年後…

「うぅ〜、大将、行かないでよー。」

「そうすっよ、大将〜。」

「うるさいなぁ、二人とも。俺だって離れたくねぇよ〜。ぐすっ。それに優代、お前は1週間後に地獄から居なくなるだろ。俺が消えてもお前もすぐ消えるから一緒だろ。ずびっ。」

「大将と先輩が消えたら私は、どうずればいいんでずか〜。ひぐっ。」


今日は大将が地獄から消える日。1年前のマスターの時と、一緒で後輩と大将と俺で飲んでいる。みんな泣いている。


ガラガラッ

扉が開くと見慣れたガイコツがこちらを向いている。やめてくれ…頼む…

叶うはずが無い願いを心の中で何度も唱える。


「死神です。大将、お迎えに来ました。行きましょう。」

「はい… じゃあな、お二人さん。」

大将は最期に泣いていたが、笑顔を見せて店を出て歩いていった。

大将が居ない店は色を失っていた。死んでいた。


俺と後輩はビールを飲み干し、店を後にした。


俺が地獄にいるのは残り1週間。

最近、仕事も手が付かない。後輩は前よりもよく飲みに誘うがとても飲む気分になれない。はっきり言ってとても怖い。生まれ変わるのも天国に行くのも。


1週間っていうのは長いようで一瞬に過ぎていった。


最期の日

街で後輩と話していた。

「先輩… ずびっ。」

「悪いな、飲みに行けなくて。とてもそんな気分にはなれなくて。」

俺はここ離れること、これから起こる怖さについての涙を堪えていた。

「後1年、先輩無しじゃ生きていけないっすよ〜。ぐすっ」

「1年何かずぐだよ。がんばれ…」

自然と涙がこぼれる。視界がぼやける中、あいつが来る。

5年間、俺がお世話になったあのガイコツが迎えに来た。

「優代さん、死神です。行きましょう。」

「はい、バイバイ、生まれ変わったらまた会おうな。」

涙を堪えて言い切った。

「もちろんっす。」

後輩も、泣くのを堪えていた。

死神と一緒に歩いていた。後ろを振り返ると後輩が、ぐちゃぐちゃの顔で大きく手を降っていた。俺も堪えていた涙が溢れ出しながらも、大きく手を振り返した。


俺は涙を零しながらも死神と歩いていた。

「優代さんは天国に行くんですか、生まれ変わるんですか。」

「生まれ変わります。」

死神が驚いた顔で俺を見ている。


「珍しいですね、ほとんどの人は天国に行くんですよ。何で生まれ変わるんですか。」

「地獄での生活で生きてみたいと思えたんです。色々な人と喋って、恋をして、美味しい物を食べて、美しい景色も見て。こんなことを生きてる時にしたいんです。」


「そうですか、それは良かったです。そう思えたなら、優代さんにとって、いい地獄生活を送れたんですね。」

「はい。本当に素晴らしい地獄でした。」


涙が止まり、しばらく歩いていくと2つの扉が見えた。

「右の扉が天国へ行く扉、左の扉が生まれ変わる扉です。あなたは左の扉を開けてください。開けた先には前も見えない暗闇に包まれています。ですが振り返らず、前に進む以外の行動を取らないでください。歩いてるとあなたの人生が流れてきますが立ち止まらず進んでください。奥には白い光が見えます。それに触れてください。そうすればあなたは無事、生まれ変われます。」


「分かりました、今まで本当にお世話になりました。ありがとうございました。」

「いえいえ、それが私の仕事ですから。今度はもっと遅く来てくださいよ。」

「はい、頑張ります。」

「そろそろ行きましょうか。わたしが行けるのはここまでです。扉からはあなた1人が行ってください。覚悟はできましまか。」

深呼吸をして静かに答えた。

「お願いします。」


ガチャッ ギギギ…

扉が開くと本当に前が見えない暗闇になっている。

「さぁどうぞ、お進み下さい。」

と言いながら、死神は小さく手を振っていた。顔に涙を貯めながら。

俺も止まっていた涙が再び流れ落ちた。そして最期に握手をして暗闇へと進んだ。


ガッチャン!

扉が閉まる。閉まると物凄く暗く、自分の手を手と認識できるかできないかのギリギリの暗さだった。

ハッキリ言って怖い。今すぐ戻りたい。

けど振り返れない。

何が起こるか分からない。

けど勇気と覚悟と責任を持って先も見えない暗闇を1歩ずつ必死に歩いていく。これから生きるためにも。

暗闇とひとりぼっちが怖くて足はガクガクと震える。涙も出そう。


少しづつ確実に歩いていくと、幼い頃の映像がどこからか流れてくる。どこから流れているかは分からない。けど確かに俺の記憶だった。


母が良く作ってくれた卵焼き、友達とケンカして泣いたあの日、小学校の入学式、美味しかった給食、先生に怒らた日や褒められた日、初めての遠足、運動会、学芸会、修学旅行、卒業式、中学校の入学式、新しい友達、修学旅行、告白、失恋、卒業、地元の友達との別れ、高校の入学式、新しい出会い、体育祭、文化祭、初めての彼女、卒業、彼女との別れ


歩けば歩くほど、あの頃に戻ったみたいに鮮明に溢れ出してくる。懐かしい。


親から離れる、仕事、上司、先輩や後輩、死亡、地獄、死神、大将やマスター、後輩、そして今。


色々な記憶が蘇り、懐かしさが溢れ出る。戻りたい。あの頃に戻って生きたい。

泣きそうになりながらも歩く。


気がつけば映像は終わり、白くて温かい光が見えた。

これに触れると俺は生まれ変わる。それは2度目の完全なる死を表す。現世からもあの世からも存在が消える。1度目の死は、ただ現世から離れるだけだった。けど2度目は違う。俺という存在が消滅する。あの記憶も消える。それが怖くてたまらない。


けどあの先に何があるのか。俺の望む物があるのか。分かるはずが無い。それでも希望を持ちたい。生きてみたい。

俺は、願いながらゆっくりと手を伸ばし、優しい光にそっと触れた。



どうでしたか。説明は以上です。優代さんは今、人間の女性に生まれ変わっています。きっと楽しい人生を送っているでしょう。皆さんも死んだら地獄に来ます。その時にまた会いましょう。

ご清聴ありがとうございました。














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