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薬師マリィさんの小さな旅路  作者: 鬼容章(きもりあきら)
第5章 土のおくすり~アルビオン連合王国~
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第48話 土のおくすり~アルビオン連合王国~(10)

 先ほど、少し雨が降っていた。今、上がったばかりだ。

 夏の濃い香りがする。土から上がった水蒸気の匂いだ。

 (まだら)が無く、しっかりと黒色の土の畑が広がっている。成長を続ける野菜の色も強い。

 去年の秋、天気が悪い時期を乗り越えただけあって、農場主の腕が超一流であるのは分かる。

 馬車から3人と1匹は降りた。パーシィとリーフさん、それに私とアルトだ。。

 それ以外の役人は連れていかなかった。

 

 家の中も、統一感ある感じ。

 家具の製作者と、その色合いが同じなので、目が疲れる感じはしない。この趣味が良いかどうかは、他人によって分かれそうだけど。

 ついでに、隅々(すみずみ)まで掃除がされている。すでに、人柄は会う前から察することが出来た。

 例の兄は、身体から土の匂いが少ししたが、身なりが整った壮年男性だった。

 一言では、すごく真面目そう。

 恐らく農作物に対しても、絶対に手を抜かないだろう。


 机に本棚を置いている。

 そこに、農作物に関する資料や本が、日付や順番通りにきちんと並んでいた。

 ただ、わざと目につくように、1冊の資料が置いてある。

 役人であるパーシィ一行が来ることを予期して、作成したらしい計画書だった。

 その計画書は、きちんとまとまっていた。

 パーシィは、判断を誤るところだったと気づいたようで、少し唸っていた。

 だが、完敗のようだ。素直に謝った。


「……疑ってすまなかった」


 特に発言はしなかったが、家主はしっかり頷き返した。

 勝ちを宣言することはない。気取らない人であった。


 一通りの説明の後、外部の意見として私が話すことになった。

 静かに闘志を秘めた農場主の目は、何を語るかに興味があった。

 野暮(やぼ)なことだが、一応、私は彼に尋ねた。


「今から解放されますけど、この国での農業は辞めたいと思いませんか?」

「いいや。その逆さ。むしろ、君たちの話を聞いて、国の食糧(しょくりょう)自給率(じきゅうりつ)をかつての水準へ戻そうと思ったな。第2の農業革命は、私の手で起こす」


 私の想像通りに、自信に満ちた話し方だった。不確定な未来への不安はないようだ。

 アルビオンの国としても頼もしい限りだろう。

 パーシィとリーフさんは、腕組みしていて、少しだけ頷く。

 ()に落ちないなら、ダメ押しか。もう一度、私は強く尋ねた。


「口だけ達者な人間は多くいます。根拠はありますか?」

「私の経験だ。かの戦時中、新大陸で全く新しい農法を学んだ。それを試すには、良い機会だと思っている」

「信じましょう」

「感謝する」


 パーシィさんとリーフさんは、馬車の中に戻ると、お互いに話し合っていた。

 これより先の政治の話に、外国人の私は参加しない方がいい。帰り際に、農場主からもらった(ウリ)をアルトと、それぞれ1本ずつかじっていた。

 正直に疲れたが、ホッとしたところもある。

 理性を飼いならすアルビオン人と対話をするのは、とてもこわかった。それも農業に圧倒的な自信のある男を前に、子供の私が徹底的(てっていてき)に追求するのだ。

 自分の心臓が張り裂けそうな気分になりつつも、苦しい役目をちゃんと果たした。


✝✝✝✝✝✝✝✝


 また、自作の家具が多い、あの家の中に私たちはいた。

 例の弟は、農地を国に返還するそうだ。

 パーシィも、私と同じ話を聞いて、渋々頷いた。そして国の政策を口にした。

 その会談の後半。

 兄の時と同じく、私は外部者として口出しした。


「貴方の兄は、国が認めました。彼は、この国の農業改革に貢献するでしょう」

「そうですか。ありがとうございます」

「自分の農地の心配をしないんですね。お兄さんのことを心配していらっしゃる」

「あぁ、兄貴がこの国の農業を必ず良くしてくれるって信じているからさ。それに王子がお話しくださった、農業退職金(たいしょくきん)を元にして、俺は知人の伝手で技師に戻ることにしたよ」


 どこか吹っ切れた顔で、彼は小さく笑った。

 兄弟間にあった、出来る者と出来ない者の(ゆが)みはもうないようだ。


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