第46話 土のおくすり~アルビオン連合王国~(8)
肉の塊、それに麦と豆、緑や赤白の野菜たち。その素材の味を楽しめるスープ。
付け合わせのパンは、焼き立てであった。
幸せをかみしめる。飲み込んでも、胃の底から喜んでいる。
意外な幸せ展開を、私は推理しなければならない。
料理をたしなむフランシス人の舌はごまかせない。
この料理には、旬な夏野菜を使っている。生産者の収穫が間に合っているということだ。
では、アルビオンの大飢饉、事前の情報は嘘だったのか。
机の下のアルトは雑食で、いつも通りに料理を貪っている。
その空気に合わせればよかったのだが、私はつい口を開いた。
「このスープ美味しいです……。入っている野菜は、誰が作ったんですか?」
「パーシィ殿下にございます」
ニコリと微笑む、リーフさん。
自分よりも主人が褒められるのが、リーフさんにとっては栄誉みたいなのだ。
流石、私の従兄だ。
……うん? 澄ました表情をしている場合だろうか。いや、そうじゃないだろう。
コップで水を飲んでいた私は、盛大に噴き出した。
地上で溺れる。焦りながらも息を整えた。
魔法使いらしくないくらいに、慌てて驚いてしまった。
「あああ、従兄がですか!」
「農政に携わるものは現場を知ることから、と農業に精を出すのが、パーシィ殿下のスタイルです」
私の従兄は、役人であり、農業従事者だ。
庭いじりが好きな王族でもある。
奇しくも、私のお師匠の言葉『自分らしく生きること』を守っているのが、私の従兄というオチだった。
――というわけで、食後に外へ出た。
私たちは、宮殿内の菜園に向かう道中だ。背の高い木々の道に入った。
相棒のアルトは、匂いに敏感だ。
森に入ると、地面をクンクンと嗅いでいる。ずっと忙しなく目を動かしていた。
足跡から犯人を追う警察獣のようだ。
ややあって、ピタリと動きを止める。
とある木の上を見ると、急に羽ばたいて、空に向かって行った。
ついつい、叱りそうになった私を、リーフさんが手で制した。
「あ、アルト……!」
「はは、我が王子を発見ですね」
木から落ちるのは、木登り上手な魔獣ではなかったか。いや、茶色のくせ毛で、眼鏡をかけた、細身の青少年だった。
その足に、アルトがかみついている。
あぁ、そういうこと……って、危ない! 落ちる! 落ちる!
「うわぁ! リーフ、何とかしてくれぇ!」
「仰せのままに」
加速して落ちて来た王子様は、力持ちのリーフさんが難なくキャッチした。
お姫様抱っこ。王子は、華奢な身体つきだった。
真顔で、ずれた眼鏡をかけ直す。その次に、リーフさんの腕の中から飛び降りた。
その間、事情を把握したらしく、すでに笑顔に変わっていた。
パーシィの着地で、足に引っ付いていたアルトが弾け飛んだ。
その転がる小動物を、私はしゃがんで捕まえた。
単純に、私が見上げる格好だったからだろうか。
見上げる従兄は、笑顔が光眩しく見えた。爽やかすぎて、無垢すぎて、天使のようだった。
「ようこそ、我が従妹のマリィ」
「初めまして、パーシィお従兄様」
「……あれ、その目は怒っているの?」
「いいえ、太陽が眩しいだけです」
「失敬。まずは立ってくれ」
「ありがとうございます」
細身の身体とは思えない強い力で、私の手は引っ張り上げられた。
私が知る限り、父やお師匠のような大人の男性と引けを取らない力強さだ。
地面はフカフカしていたけど、従兄が優しく着地まで導いてくれた。
至れり尽くせり、素敵な紳士だ。
そのせいで、私はドキドキしてくる。上手く笑えなかったので、真面目に質問することにした。
「この土、色も黒くて良いですね。腐葉土ですか?」
「あぁ、ナラの木が作る腐葉土は最高に旨いぞ」
「確かに、ここの土は美味しいですね」
「おお、マリィも土を食べられる口か!」
パーシィは冗談抜きに、黒い色の土を食べた。右に倣えで、私も土くれを口にした。
同じような反応は、血のつながりを反映している。それでお互いに、初対面ながら、家族と分かった。
対抗心か、同調か。恐る恐るアルトも、土を少しかじった。予想に反して、吐き出さなかった。
ここで小言を口にするのは、忠君であるリーフさんだ。確かに、土を食う王族は威厳がない。
ゴホンと咳払いをしてから、アルビオン人らしい真面目な冗談だ。
「殿下、お食事は土でよろしいですか」
「え、いや……、せっかくだから菜園の野菜を……」
「先ほど、マリィ様は召し上がったばかりです」
「あ、もしかして、僕を探しに来てくれたの? ありがとう!」
すでに切り替えた私たちと違った。
パーシィは1人だけ、空気が読めていない。その辺が、王子である前に、マイペースな農政学者を感じさせた。
客人の前だが、ついにリーフさんは本気で怒った。
「己惚れるな、最弱王子! 客の前ですよ。女王が不在なので、貴方が主人なのですよ!」
「あぁ、それも一理あるな。じゃあ、僕は着替えてくるよ」
「手も、頭も、身体も洗ってからにしなさい!」
「あはは、そうだね。わかった、わかった」
養母のようなリーフさんの駄目出し。
パーシィは、依然として自分のペースを保っていた。
天才か。
外から食卓に戻っていた。
私の目の前で、リーフさんは怒りながら、そそくさと料理の配膳をしていた。
パーシィは、すぐやって来た。華美でないが、それなりの正装だ。最低限のマナーはある王族ではあるようだ。
パンを小さく千切りながら、野菜スープに浸して、パーシィは器用に食べる。
アルトとは真逆、所作に繊細さを感じる。
「はは、硬くならなくて良いよ。食事は1回ごとに出会いだ。目で、鼻で、手で、舌で、そして耳でも味わう」
「つまり、話しても良いんですね。ちょっと手厳しいですよ」
「構わない。どんな者でも、僕に苦言を告げる権利がある」
冗談を言っているようで、その目は私から動かない。
小さく千切って食べるのは、口からこぼさないように、だろう。
やはり、アルビオン人との対話は、一筋縄ではいかなそうだ。




