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薬師マリィさんの小さな旅路  作者: 鬼容章(きもりあきら)
第5章 土のおくすり~アルビオン連合王国~
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第45話 土のおくすり~アルビオン連合王国~(7)

 アルビオン島の南中央部を占めるエングラ領。

 移り気な北の大地の天気は、雨雲を向こうにしながら、まだ夏の晴れの日を保っていた。

 馬車はゴトゴト音を立てながら、あぜ道を行く。


 主要な港や街の道路は整備されているが、まだ女王の宮殿までの道路は整備が追い付いていない。

 女王様は、質素倹約が好きらしい。自分の土地より、他人の問題に尽くすから、国民に支持されるのはわかる。

 他人の国の女王様が羨ましく思った。私の国の(フランシス)王は、ノンビリ屋だから。

 先ほどの大人のような心配顔が、今では子供のような不満顔に変わっていたようだ。

 私の表情の変化を察して、リーフさんは話し掛けた。そして、気持ちが少し上向きになったらしく、笑い出した。


「マリィ、我が王のやり方は嫌いかい?」

「好きです。その分、自分の国が嫌いになりそうです」

「そうか、それは良かった。ははは!」

「笑いごとでないですよ! この旅路で、近代化している国は見ましたし、逆に100年の伝統を守っている国も見ました。他国の方が王も政治家も立派で、いかに自分の国が厳しい立場に……」


 思わず私は、反論を止めた。

 私は気づいたのだ。

 この世界は何処までも泥沼の中にあると思っていた。

 盗賊たちやならず者たちによる、他人の幸せを奪う行為がある限り、誰も幸せになれないと考えていた。

 魔法使いは、悪人を退治するだけのつまらない職業だと決めつけていた。


 でも、世界のあり方は国によって違う。

 この旅で見たもの、触れたもの、考え抜いたもの、その全てが私の考え方を変えた。

 私の母国、フランシスにも明るい未来があると思えるから、今、愚痴(ぐち)が出たのだ。


 猫のように表情が変わる私。

 アルビオンの淑女たるリーフさんは、それも察して、話題を変えた。

 そろそろ遠くにバーム宮殿のシルエットが見えてきたのだ。


「あ、バーム宮殿の旗は、王冠マークではないな。国旗だ。残念ながら、我が王は不在ということだ」

「この距離で良く見えますね」

「マリィは目が悪すぎるぞ。夜の本読みは少し控えたらどうだい」


 う、厳しい言葉。

 確かに、将来を考えたら、これ以上、視力を下げたくない。

 私が渋い顔でうつむいていると、床に座っていたアルトが心配そうに鳴いてくれた。


 すぐに馬車が停まる。

 1人降りたリーフさんが、門衛兵に取り次いでいた。

 帰って来た彼女は、満面の笑みだった。

 何か良いことがあったのだろうか。

 彼女は当然のように話した。いまいち、家族関係を実感できなかった私が聞き流していたことだ。


「我が国の王子であるパーシィ殿下が、庭で作業しているそうだ」

「えぇ、それがどうしましたか?」

「マリィ、冷たいな。俗な物言いだが、君のお従兄(にい)さんが今ここにいるんだぞ」

「はい……え? えぇーッ?」


 家族というのは、もう縁がないことだと思っていた。

 お師匠と姉弟子たち。魔法使い見習いの私には、血のつながりはなくても、愉快な仲間を得ていたから。

 お従兄(にい)さん……か。私が欲しかった存在だ。

 待て待て。

 国同士の仕事で、アルビオンを訪れたのだ。私の従兄(いとこ)は、王子でもある。

 私は公私混同してしまい、焦りを顔に浮かべた。目が回る回る。


「どどどどど、どうしたら良いんですか?」

「あー、どうしたら良いんだろうなー」


 オーク族のリーフさん、楽しいことを見つけてニヤニヤ笑み、悪戯(イタズラ)っぽい口調になっている。

 そのわざとらしい態度に、私は涙目になった。

 すると、空気を読まないアルト、腹が鳴った。


「きゅー!」


 ご飯にしよう、らしい。

 開き直った顔をする相棒は、お腹が空いたようだ。

 (つば)を飲み込んで、私は笑いを(こら)えた。リーフさんは、私への悪戯(イタズラ)を止めて、私の相棒の意向をくんでくれた。


「食事にするか」

「はい。うちの相棒がすみません」


 もう笑いは腹の中に落とした。私はお礼を口にする。

 まずは食事だ。

 馬車から降りた。私たちは歩いて、バーム宮殿の中へ入る。

 不思議なことに、この庭で作業しているはずの従兄(あに)とは会わなかった。


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