1.悪い予感
『異世界転生トラック乗務員募集中』
1.悪い予感
季節は半夏生 (はんげしょう) 。夏至から数えて十一日目のことである。なお正しくは、太陽が黄経一〇〇度を通過する日である。
「あのお……電信柱のチラシを見て来たんですが……」
看板に〈トラック便〉とあるガラスの引き戸をガラガラと開いた。
「眼鏡クン、まあ入り。寒いやろ」
名札に「主任 家堤」と書かれた大男が、淡い金色の眼鏡をしたスーツ姿の青年の手を引き、中に案内した。#イエティ
「いま夏なんですけれど」#悪い予感
*
免許の条件等の項目に「眼鏡等」「中型車は中型車 (8t) に限る」とある。
「ほう中型8トン限定かいな」
背中を丸くした家堤 (いえてい) 主任が、眼鏡クンに免許証を返した。
「ダメですか?」
「いや重宝する免許やさかいな。ついでに歳バレするしな。眼鏡クン (未成年) やのおうて眼鏡サンやな。――おーいみんな、今度入った眼鏡サンや」
休憩していた屈強な連中がゾロゾロと集まってきた。体育会系である。
「いやまだ入ると決めた訳では――」
そのうちの一人が強引に手を引いた。
「眼鏡サンはアタシとペアな」
頭一つぶん高い美女の豊かな胸が腕にくっついた。白い首飾り (チョーカー) が目の位置にあった。
「えっ?」
*
家堤主任から作業着と安全靴を渡された眼鏡サンは、美女に案内された更衣室で真新しいロッカーにスーツと革靴を入れた。
「孫にも衣装やね」
※正しくは「馬子 (まご) にも衣装」である。
「スーツのほうが楽ですけれどね」
「そんなもんかいな」
「――ってかどうして更衣室にいるんですか?」
「靴下替えると気持ちイイねん」
見事な美脚である。
「そんなことを言っている訳じゃあ……」
「ほな行こか」
*
大型中型トラックが一斉に並んでいた。
「デカ……」
「それアタシに言うたん?」
「マサカ」
美女が顔を覗き込んだ。眼鏡サンは美人が怒った顔が好きということではないらしい。
キーのボタンを鳴らすと、トラックのランプが反応した。奥の中型車らしい。
「今日はこの子 (カミオン) か」#camion (仏語)
「毎回変わるんですか?」
「いろいろ指示があるさかいな……まずは助手席で観 (み) といて――ハイ」
紙の資料を束で渡された。
「コレは?」
「指示書」
美女が革グローブをした。タルミをキツク引く。
「え?」
「行くで」
「はいっ」
眼鏡サンが舌を噛んだ。
*
交差点でボーッとした女子高生を轢 (ひ) いてしまった。
「じっ事故……」
「はーい一丁上がり!」
「あっあの……女子高生の首……とれてますけど……」
「えっ? また間違えた? ――ビビらさんといてーな。合って (おう) てるやん。眼鏡サンも人が悪いな」
肩をドンドンされ、息ができなくなる。
「いやそんな訳では……でも首……」
「デュラハンやさかいな」
「助けないと……」
「いやもう死んでるし」
「え?」
「え?」
*
昼休憩。
仕出し弁当を食べたあと、チュッパチャプスを口にした美女が「そうそう」と言った。
「挨拶まだやったね。アタシはユーキ。アンタは?」
名札に「結城」とある。
「谷崎潤一 (たにざきじゅんいち) です」
「ジュンちゃんね。――食欲ないの?」
谷崎が迷い箸をとめた。
「あんなもの〝み〟たら……」
「仕事やもん」
食べ終わった骨を、飴の棒で転がした。結城の好物は駅前の唐揚げだ。
「大学時代、アルバイトをしたんですが、こんな仕事はなかったですよ」
「そりゃそうね。〝この世のものではない〟ンだから」
「何ですって?」
「ここは異世界転生する場所やで。アタシらはその導き手」
「異世界転生?」
「そう」
「マンガやアニメで有名な? ラノベの世界の?」
「そう」
「ということは僕は……」
予想ができる範囲ではある。
「そんな顔せんでもええやん。……まあ、そうなるわな。――とはいえ第一。トラックがそう簡単に人を轢 (ひ) く訳ないやん。今どき安全装置も複数あるし、人体を検知したら載せてあるのが精密機器でも予測ブレーキで強制停車。〝轢 (ひ) こう〟と自分で思わない限りはムリムリムリ」
午後は心臓を杭 (くい) で打たれた吸血鬼や、死を告知するバンシーに転生するために喉を切った声楽家などを転生させた。
「結城さん」
終業時、谷崎が結城に質問した。
「サンはイランって」
「はあ……どうして人間のまま転生させないんです?」