Break 1
それぞれがドラムに合わせて最後の音を鳴らす。背中越しでもしっかりとドラムの音を聞いているのが伝わる。
少しの余韻の後、拍手の音が聞こえてくる。いつも曲の終わりはこうやって目を瞑って拍手の音を聴く。もちろん、拍手がならないこともある。そんな時は少し寂しくも腹立たしくもなるけど、自分たちの演奏がまだまだなんだと反省する。「次は必ず大きな拍手を聞こう」と静かに心の中で誓う。
今日はいつもよりも少し拍手の音が大きい。
なんと言ってもいつもと違う特別なライブだ。セットリストもこの日のためにみんなで話し合って一所懸命考えた。集客だってみっともない数のオーディエンスでは話にならないと思ってかなり頑張った。
一曲目は『Anarchy in the U.K.』Sex Pistolsのカバー曲。あいつが好きな曲らしいけど、あいつから直接聞いたことはない。
今日、この日、この場所でやるライブが特別なものだと分かる人がここにどれほどいるだろう。きっと、いない。
この世界中探したってそれが分かるのはステージ上の三人以外には一人を除いて、他にはいない。
お客さんたちは、新しいライブハウスのこけら落としだと思っている。そういう意味では特別な意味のライブなのかもしれない。だが、ステージ上と客席では特別なライブの意味が違う。
今日は四人で初めてライブをした日からちょうど五年だ。五年前の今日、ライブをした後しばらくしてあいつはみんなの前から姿を消した。誰にも何も言わずに突然に……。
一度はバンドを解散することも考えた。あいつを中心に集まったバンド。だから、あいつを失ってしまったあとはすごく脆かった。
たしかに四人はすごく仲が良かった。誰と誰が組み合わさってもそれなりに楽しく過ごすことができた。それぞれ、それなりに絆もあった。そう思っている。
それでもあいつがこのバンドに与えていた影響は、みんなが思うよりずっと大きかった。だからこそ解散という話が誰からともなく出た。
けれど「バンドを解散してしまったらもうニ度とあいつと一緒に音楽ができないかもしれない」とあの人に言われた。今思えばまったく意味不明だけど、その時は誰も異を唱えなかった。だからみんなであいつの帰りを待つと決めた。
あいつの帰りを待つと決めてから、何度もライブをやった。
あいつのせいでライブができなくなったと思いたくなかった。
あいつがいないとライブができないと思いたくなかった。
あいつのせいでバンドが止まってしまったと思いたくなかった。
それになにより、もしかしたらひょっこり来てくれるんじゃないか「おい、俺も混ぜてくれよ」ってあの頃みたいに笑いながらまたギターを鳴らしてくれるんじゃないかって毎回毎回ライブの度に期待していた。
誰にも連絡することなく急にやってくる。あいつ抜きで練習してたら「おい、俺のギターなしじゃこのバンドの音は完成しないだろ?」って寂しそうにわざわざ確認しながら。そして少し怒る。あいつはそういうやつだ。
だけど結局、今日まで一度もあいつが来ることはなかった。なぜ来ないのか。なぜ戻らないのか。なぜ連絡一つよこさないのか。苛立ったこともあったが、今日まで戻らないのもあいつらしいといえばあいつらしいと思えた。
だからこそ、今日こそは必ず現れてほしい。
そうでなければ明日以降、今日までと同じようにあいつのことを待てる自信がなかった。失望してしまう。
気がつくといつもより大きかった拍手は鳴り止んでいた。
この後、MCなしで続けて次の曲に入る。次の曲はどうしてもやりたいと無理を言ってセットリストに加えてもらった曲だ。
あいつやケイくんとは直接関係はないけど、個人的に思い入れを持つ曲。
瞑っていた目をゆっくり開く。
さぁ、二曲目だ。
深呼吸をしてスティックでカウントを刻む。
『God Save the Queen』