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『ロックミュージック研究会』  作者: たうゆの
9曲目 Four Years Later
79/87

2.Four Years Later

 四年後——。俺は四年ぶりに日本に帰ってきていた。


 小型のスーツケースにギターを背負って帰国する姿は、さながら海外アーティストのようだろう。これでマスコミなんかが来ていれば、正真正銘のロックスターだ。

 けど、まぁ、まったくそんなことはない。しがないギターを背負った若者が、四年ぶりに昔の仲間とライブをやるために帰ってきただけだ。ロックスターとまではいかないが、少しは感動的なシチュエーションかもしれない。


 親父と母さんはアメリカに残ったままだ。母さんの体調は、なんとか快方に向かっている。それが高額な治療の成果なのか、俺やリサさんのおまじないの成果なのか、リサさんが言うロックミュージック研究会の会長に宿る不思議な力ってやつのおかげなのか、俺には分からない。なんだっていいとも思う。母さんが元気になってくれさえすれば、原因や理由はなんだっていい。


 日本に発つ数日前に、母さんと初めてお酒を酌み交わすことができた。母さんは「夢が叶った。叶うとは思ってなかった」なんて大袈裟に言っていた。俺は母さんがお酒を飲んでも問題ないくらいに回復していることが、ただただ嬉しかった。


 俺が日本に戻ってきた理由は、ただ一つ。みんなともう一度ライブをやるためだ。四年前の今日、ロミ研のみんなでやった文化祭ライブ。この四年間、あの日のことを思い出さない日はなかった。俺にとっては、唯一観客の前でやったライブだ。あれ以前もあれ以後も人前でライブをやったことは一度もない。


 あれからみんな、きっとうまくなったのだろう。俺だってそれなりに練習はしていたが、客前では弾いていない。それにバンド形式でだって弾いていない。ただひたすら個人練習だ。上達といっても、たかが知れているだろう。

 バンドで鳴らす音楽は生物だ。その辺に少しばかり不安がある。なにせ四年ぶりに合わせるのが、ぶっつけ本番のライブなんだから。


 みんなはもしかしたらライブを重ねて、場数も踏んで、俺なんかが混ざるには烏滸がましいくらいの実力になっているかもしれない。けれど、まったく悔しいって気持ちは湧いてこない。むしろそうであってほしいくらいだ。みんなの足を引っ張らないか多少の不安はあるが、それよりも今日を目一杯楽しみたい。


 四年ぶりの再会に思いを馳せる。


 空港には、アヤさんとマリちゃんが迎えに来てくれていた。ヒロシさんは、仕事の都合で来られなかったとアヤさんが言っていた。とても残念がっていたとも。


 アヤさんやマリちゃんとも四年ぶりの再会だ。だいぶ大きくなったおかっぱ頭のマリちゃん。四年前はしていなかった、メガネをしていることも相まって、一瞬どこの子か分からなかった。

 マリちゃんにもしっかり四年という年月が流れている。あんなに小さかったマリちゃんは、小学生になったという。

 俺が「ちょっと見ない間にこんなに大きくなって」としみじみ言うと、アヤさんは盛大に笑った。


「それ、私がケイくんに会うたびに毎回思ってきたことだよ。どう? 年を取るってことがどういうことか少しは分かった?」


「はい。なんとなくですが」


 年のことに深く触れるとめんどくさそうなので適当に答える。


「ケイくんだって、四年会わない間に随分大人っぽくなったじゃない」


 そう言うアヤさんは、ほとんど変わらない。そのまま伝えるとアヤさんは「お世辞はいいわよ」と言いながら、その顔は明らかに喜んでいた。


 マリちゃんはというと、俺とアヤさんの会話をアヤさんの後ろに隠れるようにして、興味津々に聞いている。四年前に比べて、少し引っ込み思案になったのかもしれない。そういうお年頃なのだろう。


「ケイくんがあんまり大人っぽくなったもんだから、マリは緊張しちゃってるみたいね」


 自分に話が及んだマリちゃんは、慌ててアヤさんの後ろに隠れてしまった。顔も体も完全に見えなくなる。


「マリちゃん、久しぶり。俺が誰か分かるかな?」


 不必要に怖がらせないようにマリちゃんの目線に合わせて、しゃがんで話しかける。マリちゃんは恥ずかしそうにゆっくりと顔を出すと、小さくうなずいた。


「うん。ケイくん。こんにちは」


 照れてるのか、顔を真っ赤にしながらお辞儀する。ほんわかした雰囲気のしゃべり方が、たまらなくカワイイ。なんだか親戚のおじさんのような気分になる。まだ二十歳なのに。


「マリはね、ドラムやりたいんだよね」


「うん」


 アヤさんにそう言われて、マリちゃんは遠慮がちにうなずいた。


「ドラム? すごいじゃん。女子ドラマー。エリみたいだね。けど、どうしてドラム? ギターだったら俺が教えてあげられたのに」


「ギターだとケイくんとかぶっちゃうからってさ。違う楽器で一緒に演奏したいんだって。ベースは? って言ったら重いから嫌なんだってさ。だから、消去法だよね」


 からかうように言われたマリちゃんは、恥ずかしそうに首を竦めて、またアヤさんの後ろに隠れてしまった。


「とりあえず、すぐにアナーキーに向かう?」


 そんなまマリちゃんを無視してアヤさんは話題を切り替える。

 言われるまでもない。早くみんなに会いたい。それにすぐに向かっても、ライブの開演時間に間に合うかは際どい。


「はい。アナーキーは、しっかりライブハウスになってるんですか?」


「もちろん。店長も予定どおり、リサちゃん。あの子やっぱりすごいね~。気は利くし、人の懐に入るのがうまいから、すぐにいろんな人の信頼を得ちゃうよ。オーナーの私は、ほとんど何もしてないね。だから、こけら落としの当日にこうやって呑気に空港にお迎えになんてこれるんだけどね」


 容易に想像できた。リサさんのカリスマ性はステージの上だけではないということだろう。


「あのアナーキーがライブハウスになってるって、なんか想像できないですね。自分でお願いしておいてなんですが」


「楽しみでしょ~? カッコよく仕上がってると思うよ。私はその辺のこと詳しくないから、リサちゃん完全プロデュースだけど。限られた予算の中で良くやってくれて、本当にリサちゃんには感謝しっぱなしよ。周りのご近所さんからの評判も良いしね」


 アナーキーがライブハウスになった姿も楽しみだし、リサさんに会うのも楽しみだ。自然と歩く足が速くなる。


「マリも今日のライブ観るんだよね?」


「うん。ケイくんのライブ、楽しみ」


 マリちゃんはさっきまでよりはいくらか落ち着いたようで、アヤさんを盾にすることなく顔を見せてくれている。


「そうか。じゃあ余計にカッコ悪いところは見せられないね」


 俺がそう言うとマリちゃんは優しく微笑んだ。その笑顔にはしっかり四年前の面影が宿る。


「お迎えなんて偉そうに言ってるけど、車で来てるわけじゃないから電車だよ」


 俺はアヤさん、マリちゃんとともに四年ぶりに日本の電車に乗る。一路、ライブハウス『アナーキー』を目指して。

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