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『ロックミュージック研究会』  作者: たうゆの
8曲目 Welcome To Our Festival
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8.Welcome To Our Festival

 文化祭ライブ出演が決まって、最初にしたことは演奏する曲とその順番を決めることだった。セットリストというやつだ。

 例年、約一時間が持ち時間として与えられる。今年も持ち時間に変更はないとのことだった。そうなるとMCやその他セッティングの時間と合わせて、十曲弱が必要となる。

 この一年、文化祭ライブへの出場を目標に掲げてきた俺たちは、出場できることを想定して、少しずつ演奏できる曲を増やしてきた。その中からライブでやる曲を決める。

 校内オーディションにかけたオリジナル曲をやるのは当然として、それ以外に七曲か八曲。


「文化祭ライブでやる曲、どうしようか」


「そうだなぁ〜。この一年でできる曲、結構増えたもんね」


「その中から選ぶのが妥当っちゃ妥当かな? 新しい曲に挑戦する時間もないし……」


「みんながそれぞれやりたい曲を挙げていくっていうのはどう?」


 ナナカとエリが中心になって話し合いが進む。


「そんなテキトーでいいのか? こういう時プロってどうやって決めてんだろうな」


「プロはステージによってまちまち。自分たちのファンしか来ないライブなら、好きに選んだり、直近のアルバムから選曲したり。フェスなら世間的な認知度が高い曲をやる」


 ケイガとユリハ会長もしっかり話し合いに加わっている。


「おい、ケイ。黙ってないでお前もなんか意見ねぇのか?」


 それまで黙って成り行きを見守っていた俺にケイガが水を向ける。


「俺はエリの意見に賛成かな。俺たちは別にプロじゃないんだし、そんなに気張ってもしょうがないよ。それに、好きな曲をやるのが一番実力を発揮できるんじゃない? まずは俺たちが楽しまないと」


「私もエリと植村の意見に同意」


 すかさずユリハ会長の後押しが入る。


「あたしもそれでいいかなって思う」


 ナナカも遅れて同意する。


「それもそうか。なら一人一人やりたい曲を順番に挙げてくか。ってことで、俺からでもいいか」


 特に反対する理由はないので、みんなうなずく。


「俺は、『Anarchy in the UK』と『Still Waiting』がやりてぇ」


 ケイガらしい選曲だ。『Anarchy in the UK』はケイガ自身が好きだと言っていた曲だ。俺もケイガの影響で聴き始めて、今では大好きな曲となっている。その経緯がなんとなく恥ずかしいから誰にも言っていない。


「わたしは、『Minority』と『I'd Do Anything』かな〜」


 ケイガに続いたのはエリだ。『Minority』を初めて一緒に演ったときは、エリの演奏に度肝を抜かれた。きっと演奏では一生エリにはかなわない。


「あたしは、『God Save The Queen』と『Ain't It Fun』がいい。それからあたしだけ三曲になって申し訳ないけど、『given up』も演りたい」


 ナナカからは三曲挙がる。『God Save The Queen』はナナカが初めて弾けるようになった曲だという。それだけに思い入れがある曲なのだろう。『Ain't It Fun』はナナカを象徴する曲だと個人的に思っている。

『given up』だけは選曲理由が分からないが、その熱量から察するに何か特別に思うところがあるのだろう。


「俺の喉が潰れちまうじゃねぇか」


 ケイガが笑いながら言う。ケイガは『given up』を必ずシャウトして歌う。「原曲リスペクトだ」と言っていたが、単純にチェスターに憧れているだけだろう。「一人だけ三曲はずるい」と言いださないあたり、ケイガも好きな曲なんだと思う。


 それぞれが思い思いの曲を挙げていく。


「ユリハ会長はどうです?」


 俺は自分が答える前にユリハ会長に訊いた。


「私は、『Welcome To Our Festival』」


 みんなの想像どおりトレウラの曲だった。ユリハ会長は、どこまでいってもユリハ会長だ。


「俺は、俺の作ったオリジナル曲をやってもらえるなら、それだけで十分だよ。だけどその代わり、一つだけ希望というかお願いをしてもいい? 結構無茶なお願いだけど……」


 みんなが一様に不思議そうな顔を向ける。


「俺をユリハ会長の次の会長にしてほしい」


 俺の言葉に一番驚いた表情をしたのは、ユリハ会長だった。他の三人も驚いていたが、ユリハ会長の比ではない。


「俺は全然かまわねぇよ。会長とかめんどくさそうだし、俺じゃなきゃ誰でもいい。お前らは?」


「あたしも構わないよ。誰もやらないならあたしがやってもいいかなと思ってたけど、ケイなら安心して任せられるしね」


 エリもナナカの隣で頷いている。自然とユリハ会長にみんなの視線が集まった。


「植村。本気?」


 意味深に訊くユリハ会長の真意を知るの者は、この場には俺しかいないだろう。


「本気です。もし来年、俺に何かあってもロックミュージック研究会の会長っていう役職だけは外さないでください。みんなもいいかな?」


 みんな顔を見合わせている。おそらく俺が何を言っているのか理解できないのだろう。それでも構わない。


「まぁ、なんでもいいよ。それじゃケイの選曲はオリジナルだね」


 ナナカがまとめに入る。三人に俺の真意が伝わっていないのは若干不安だが、おそらくユリハ会長には伝わっただろう。今はそれだけで十分だ。


「とりあえず九曲だな。これで時間持つか?」


「う〜ん……。分からないけど、内田くんがMC頑張れば持つよ、きっと」


「はぁ? 俺だけMCやんのかよ」


 ケイガが笑いながらエリを小突く。エリがケイガをいじるなんて、バンドを組んだ当初では考えられなかったことだ。これなら俺がいなくても大丈夫そうだな。ふとそう思って安心する。俺がいなくてもしっかりつながっていられるバンドになった。この調子なら大丈夫だろう。


 校内オーディションで一位の俺たちに割り当てられたライブの日は、不高祭最終日の日曜日だった。


 ライブ当日は、みんな今までで一番緊張していた。

 ライブの開演は十五時からだ。三十分前にロックミュージック研究会のメンバー全員が舞台袖に集まる。エリもユリハ会長も緊張からか、心なしか表情が硬いし、顔が青い。ケイガはいつもよりもだいぶ無口だ。ナナカに至っては、さっきから端っこの方で壁に向かって何かぶつぶつと念仏のようなものを唱えていた。ナナカが一番緊張しているように見える。意外だった。

 この中なら俺が一番、普段通りだと思う。俺だって緊張しているが、みんなのことを見ていると妙に冷静になっていく。


 とにかく、このガチガチに緊張しているみんなをどうにかしなければならない。


「ねぇねぇ、こういう時って円陣組んで掛け声かけたりしないの?」


 みんな緊張で張り裂けそうになっている中、あえて呑気にそんなことを言った。


「うん。ライブの映像とか見ると舞台袖だったり、楽屋でやってたりするよね」


 エリが律儀に答える。緊張のせいで、その声は少し震えていた。


「エリ〜。なんだよ、その声は。ビビってんの? 言っておくけど、この学校にエリより上手いドラマーはいないと思うよ。何を緊張する必要があるのさ」


 言われたエリは一瞬、きょとんとしていたが、すぐに顔を真っ赤にして頭をぶんぶんと横に振った。どストレートに褒められて、照れたんだろう。


「遠山に切った啖呵を思い出そうよ。遠山と勝負する気になってみよう。いつもどおりやれば、誰にも負けないよ。自信持って自分を信じよう。俺はみんなを信じてるよ」


「信じよう」というところを少しだけ強調した。次第にエリの顔の赤みが引いていく。残ったのは、自信を取り戻した笑顔だけだった。


「うん、ありがとう」


 もうその声は震えていない。

「信じよう」という俺の言葉にケイガが反応した。ハッと何かを思い出したような顔をする。


「おい、ナナカ!! なぁに、端っこでぶつぶつ言ってやがんだ。気持ちわりぃ」


 ケイガが、突然ナナカに向かって声をかける。半分暴言だが、この二人にとってはいつものじゃれ合いだ。今日は一度も見られなかったじゃれ合い。いつもと違うのはナナカの反応だった。


「ひゃっ!?」


「気持ちわりぃ声出すなって。お前は誰よりも練習してきただろうが。今更びびってんじゃねぇっての。自分のしてきたことを思い出せ。それが自信に繋がるんじゃねぇか? 俺はお前が必死で練習してきたこと、ちゃんと知ってるぞ。そんだけ練習しても俺にはかなわねぇけどな」


 ケイガは絶妙にナナカのプライドをくすぐった。ナナカがピクッと反応したのが分かる。


「俺にはかなわねぇけど、俺はお前とエリを信じてリズムキープを任せる。お前らのリズムキープならなんにも心配いらねぇよ」


 ケイガはナナカだけでなく、エリにも聞こえるように大きな声で言った。いつものケイガならきっと照れているところなのだろうが、そんなそぶりは微塵も見せない。


「俺はお前たちを、そして自分を信じてる。精一杯やろうぜ」


 それを聞いたナナカはゆっくりと振り返り、大きな声で「ごめん!!」と謝った。


「確かにあたし、気持ち悪かったわ。ケイガの言うとおり、自信持ってやろう。それにあたしはケイガに負けてない」


 ケイガは満足そうに腕組みしながらうなずく。そして今度はユリハ会長の元に向かった。


「ユリハ会長。俺たちの初ライブを特等席で見ててください。トレウラにも負けないライブを見せるんで見守っててください」


 特等席というのはこの舞台袖のことだろう。普段のブロークンな敬語とは違って、しっかりとした敬語だった。ユリハ会長は慌てたように全員の顔を見回すと、嬉しそうに笑った。


「トレウラに負けないは言い過ぎ!!」


 ごまかすようにそう言って俺たちの笑いを誘う。

 なんとか全員が平静を取り戻すことができた。これならいつもどおりの演奏ができそうだ。


「開演まであと五分です」というアナウンスが流れる。

 いよいよ、待ちに待った文化祭ライブのステージが幕をあける。


 Welcome To Our Festival

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