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『ロックミュージック研究会』  作者: たうゆの
8曲目 Welcome To Our Festival
74/87

7.静かな炎

 文化祭ライブの準備は順調に進んでいた。

 俺の提案でやることになったバンド内オーディション。ナナカとエリはそれぞれ自信作を持ってきたが、ケイガは「わりぃ、できなかった」と言って、棄権した。カッコ悪いところを見せるのを極度に嫌うケイガが「できない」と自分の能力不足を認めたことに、ナナカもエリも驚いていた。

 三曲で競い合ったバンド内オーディションは、最終的にユリハ会長の「植村の曲が良い」との一言で俺の曲に決定した。


「ナナカとエリの作った曲もこの短期間で練り上げたにしてはよくできている。でも、一年練ってきた植村の曲にはかなわない。完成度の点で、植村の曲がベター」


 とは、ユリハ会長の談。

 二人とも一様に悔しがって見せたが、納得したようだった。ナナカは俺の曲でいくと決まった途端に「前から思ってたんだけど……」と自分が思う、改善した方がいいところをまくし立てた。以前のナナカではあり得ない行動だ。


 音源のレコーディングも去年と同じように、レイカさんのスタジオで行なった。一年前に一度経験しているからか、レコーディングは想像していたよりもずっとスムーズに進んだ。


「あんたたち、表情から演奏の腕まで、去年とは比べものにならないくらい良くなったね」


 というレイカさんの言葉が印象に残っている。


 ミックスダウンまで完了した音源を実行委員会に提出しに行くと、そこには一年前と同じように遠山瑛里華がいた。一年前と違うのは、遠山が委員長の席に座っているということだ。エリの方をチラリと盗み見ると、特に変わった様子は見られない。一年前の怯えた姿とは対照的に自信に満ちたドラマーのエリがそこにはいた。


「これがわたしたちの音源です」


 ロミ研を代表して、エリが遠山に俺たちの音源を渡す。実行委員の面々が一斉に遠山を注視する。


「なに? あんた、まだバンドなんてやってんの?」


 遠山の感情のこもらない冷たい声がエリに降りかかる。


「やってるよ。誰になんと言われようと、わたしは死ぬまでやるつもり。遠山さんは? 今年は出ないの?」


 エリも負けじと応戦する。エリのこんな声を聞くのは初めてだ。エリの内に秘めた、静かな炎が遠山の冷たい声を跳ね除ける。実行委員の連中が息を飲むのが分かった。一方の俺たちはいつもと変わらない。ナナカは腕を組んで、ケイガはポケットに手を突っ込んで、ユリハ会長は気をつけの姿勢のまま黙って成り行きを見守っている。助け舟など必要ないことは、俺たち全員が分かっていた。それでも俺は、念のためポケットに忍ばせたボイスレコーダーを指先で確認する。


「出ねぇよ。バンドなんてだっせー。素人のお遊び演奏ごっこにマジになってバッカじゃない?」


 煽るような遠山の口調に、エリは少しも怯まない。


「そうなんだ。残念だよ。遠山さんが今年も出るなら、去年みたいなことしないで、正々堂々と勝負してねって言いたかったんだけど……。出ないんじゃ、勝負にならないね。今からでも遅くないんじゃない? 遠山さんも出なよ。でも、わたしたちは去年よりも完成度あげてきたから、簡単に勝てるとは思わないでね」


 そう言ってエリは、俺たちの音源が入ったCDを静かに遠山の前に置いた。エリと遠山のにらみ合いが続く。時が止まったように誰一人として動くものはいない。エリも遠山もお互いに視線を外すことなく固まっていたが、時間を動かしたのは遠山のほうだった。


「うぜーなー。これ書いてさっさと出て行ってくんない?」


 小さく囁くように遠山の口から溢れた捨て台詞のようなそれは、事実上の敗北宣言だった。この場にいる誰もがそう思ったはにちがいない。

 遠山が「これ」と言って差し出した用紙は申込書だ。本気で俺たちの邪魔をしようと思えばこの場で難癖つけて、申し込み自体をさせないことだってできたはずだ。もしかしたら、当初はそのつもだったのかもしれない。思わぬエリの態度に臆したのか、理由は分からないが、遠山は最終的に俺たちの申し込みを受理した。

 エリは「去年みたいなことしないで」とはっきりと言った。そう言われて、大々的に俺たちの妨害をすることはできないだろう。この場にいる実行委員は「去年、遠山は正々堂々とは呼べない何かをしたんだ」と思っただろう。人によっては小さな疑念なのかもしれないが、その上で遠山が何か大きな妨害工作に打って出たなら、その疑念が事実であると証明することになる。

 遠山は今年の文化祭ライブには出ないつもりらしい。それなのに俺たちの妨害をしたとなれば「勝負からは逃げたくせに、こそこそと陰湿なことをしている」と思われる。それは遠山の言葉を借りるなら「だせー」ことだ。そんなことも想像できないほど遠山はバカではないと思う。

 ボイスレコーダーの出番はなさそうだ。


「さっさと書いちゃうからちょっと待っててね」


 用紙を受け取って俺たちのところまで戻ってきたエリは、胸の前で小さくピースサインをして、はにかんで見せた。


「バンド名、どうしようか。去年と同じロミ研バンドでいい?」


 エリの言葉に俺は真っ先に答える。


「いや、『ロックミュージック研究会』にしよう。俺たちのバンド名は『ロックミュージック研究会』だ」


 少し前から考えていたことだった。

 去年と同じように『ロミ研バンド』でも悪くはないが、なんとなく間抜けな気がする。それに『ロミ研バンド』だと、バンドのメンバーではないユリハ会長が含まれていないような気もしていた。ユリハ会長は、俺たちに欠かせない大切な仲間だ。『ロックミュージック研究会』なら俺たち五人の総称として違和感がない。


「それ、いいね。あたしたちは『ロックミュージック研究会』だ。うん。しっくりきた」


 真っ先に反応したのはナナカだった。エリもケイガも親指を立てて答える。


「植村。ありがとう」


 ユリハ会長は、静かにそう言った。

 礼を言いたいのは俺たちの方だ。俺たちが問題を抱えた時、ユリハ会長は必ずそこにいてくれた。いつもと変わらず部室にいる。そして、俺たちの話を親身になって聞いてくれ、時にはアドバイス、時には叱責をしてくれた。俺たち『ロックミュージック研究会』は、ユリハ会長なしでは成り立たなかっただろう。


「なんのことです?」


 なんとなく照れ臭くてとぼけた返事をする。だけど、みんな分かっているからクスクスと笑いあった。


「まだなの?」


 苛立ちに満ちた遠山の声に急かされるようにして、エリが用紙を遠山のところまで持って行く。


「本当にありがとう」


 ユリハ会長が小さくもう一度そう言うのが聞こえたが、聞こえない振りをした。


 その後に行われた文化祭ライブの出演をかけた校内オーディションは、圧倒的な結果だった。俺たち『ロックミュージック研究会』は二位に大差をつけてぶっちぎりの一位だった。

 一年前よりも自信があった俺たちにとって、その結果自体予想どおりのものだった。だから、正式に結果が出たときも驚きはしなかった。遠山が何か工作をしたのかしなかったのか、それは分からないし今となってはもうどうでもいい。


 俺たちは大多数の指示を得て、文化祭ライブに出演する。

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