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『ロックミュージック研究会』  作者: たうゆの
8曲目 Welcome To Our Festival
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4.スタジオ

 翌日は、リサさんに会いにスタジオにでかけた。母さんのこともあったので断ろうかとも思ったが、そうしなかった。

 リサさんからはギターを持ってくるように言われていたから、一度カフェに寄る。

 相変わらず親父は母さんの病院に付きっきりだ。カフェにはアヤさんとミズキが来ていた。ミズキはあの日以来、毎日部活の前や後に少しだけ顔を出してくれるようになっていた。ただでさえ過酷な運動部で、うちの女子サッカー部は強豪だ。それでもミズキは疲れた素振りなど見せず、いつも笑顔でやって来た。

 ミズキには感謝してもしきれない。

 もちろん、俺もなるべくカフェを手伝うつもりでいたのだが、アヤさんからは「無理しなくて良い」と言われていた。

 母さんの病院に行った日以来、アヤさんとの間で母さんの話題は出ていない。もちろん、アヤさんが母さんの治療費を援助する目的で、このカフェを親父から買い取ろうとしていることも話題には上がらなかった。


 カフェに入ろうとドアの前に立った時、中が何やら騒がしいことに気がついた。珍しく客がたくさん来ているのかと思ってドアを開けると、ギターの音と歌声が聞こえた。音のする方を見ると女の子が俺のSGを抱えるようにして弾いていた。

 リサさんだった。予期せぬ遭遇にドキンと心臓が一度大きく鳴る。


「おっ、来たね。この喫茶店、気に入っちゃってさ。迎えに来がてら寄らせてもらったよ」


 リサさんは振り向きざまにそう言うと、慣れた手つきでギターを丁寧にスタンドに立てかけた。


「勝手に触っちゃってごめんね。このSG、いいギターだね」


 申し訳なさそうに手を合わせる。店にはリサさん以外に客はいない。


「いえ、大丈夫ですよ。リサさんに弾いてもらえるならこいつも本望だと思います」


「嬉しいこと言ってくれるね。けど、そんなこと言っても何も出ないよ」


 お世辞でもおべっかでもなく、本心だったので反応に困った。急に照れ臭くなる。


「と、とりあえず、スタジオ行きましょうよ」


 顔を見られたくなかったので、下を向きながらギターをケースにしまう。リサさんはそれまで座っていた椅子から立ち上がると、アヤさんとミズキに挨拶をしていた。

 後から聞いたのだが、リサさんは二人に色々と曲をリクエストされ、それに一つ一つ答えていたらしい。ミズキは「リサさんてめちゃくちゃ歌上手いね。ライブあるなら絶対行きたい」と一発で大ファンになってしまったようだった。


 俺も二人に挨拶をして、リサさんと一緒にカフェを出た。

 柄にもなく「お店を頼む」などと言ってしまったので、二人はクスクスと笑っていた。普段なら絶対にそんなこと言わないのだが、母さんのこと、リサさんと一緒にいることが相まってそんな言葉が自然と出てきてしまった。


 リサさんと一緒に向かったスタジオは、前にロミ研のみんなと行ったあのライブハウスの近くだった。『Pincky Brack』のライブを見たあのライブハウスだ。途中、ロミ研の誰かに会うんじゃないかとドキドキした。今日は、みんなで集まって練習をしているはずだ。俺だけは「用事がある」と言って断っている。


 スタジオに着くと、リサさんはすぐに受付の人にギターのレンタルを申し込んだ。リサさんは、大きめのリュック以外の荷物を持っていない。ギターはどうしたのだろうと思っていたが、まさかレンタルするとは思わなかった。


「自分のギターを弾くんじゃないんですか?」


 思ったことをそのまま尋ねる。


「ん? あぁ……アタシは、自分のギターって持ってないんだよ。いっつも借り物なの」


「そうなんですか。どうして自分のを買わないんですか?」


「ん〜、……内緒」


 口調こそ明るかったが、有無を言わさない雰囲気があった。それ以上は聞いてはいけないような気にさせる。


「それよりさ、スタジオ。Dだってさ。あの一番奥だから、先行ってギターのセッティングとかしててよ」


 リサさんは俺の背中を急かすように押しながらそう言った。リサさんが指し示した先には『D』と大きく書かれた扉がある。先に行けと言われたからには行くしかない。

『D』と書かれた扉は、思っていたよりも重かった。大きな鍵型のノブをガチャリと力一杯回して手前に引く。片手ではなかなか開かなかったので、両手で開けた。開けた先には同じようにもう一枚扉があって、二重扉になっていた。


 室内は十帖ほどの広さで、壁の一面が鏡張りになっており、他の三面はぽつぽつと穴の開いた壁になっている。きっと防音のためにそうなっているのだと思う。ドラムセットやアンプが壁際に並べられていた。

 どのアンプを使えばいいか悩んだが、せっかくだからと一番大きいアンプを選んだ。ロミ研の部室にあるものより一回りほど大きい。

 ギターをケースから取り出して、セッティングに取り掛かる。一通りセッティングを終えて、チューニングまで済ませたころ、リサさんが重たそうに扉を開けて入ってきた。


「待たせちゃってごめんね。セッティング終わった?」


「ちょうど終わったところです」と言うと、リサさんは再度謝って、すぐにギターのセッティングを始めた。その手際は俺なんかよりもずっと良くて、俺の半分の時間もかからずに終えてしまった。その動作一つ一つから、何度も繰り返してきた慣れを感じた。

 そのまま練習か曲作りに入るのかと思っていたが、リサさんはせっかくセッティングしたギターをアンプにもつながずにスタンドに立てかけてしまった。一体どうしたのだろう。そう思ったが訊くことができない。

 リサさんはしばらくどこともなく視線を漂わせていたが、何かを決意したように俺に視線を定めると言った。


「ねぇ、昨日のどうしても外せない用事って、もしかして総合病院に行くことだった?」


 リサさんの言う総合病院というのは、母さんが入院している病院のことだろう。この辺で総合病院といったらそこしかない。

 全く想定していない質問だった。どうしてリサさんがそんなことを言い出すのか見当もつかない。せっかく誘ってくれたのに断ったことを怒っているのかとも思ったが、それにしたって「総合病院に行く用事だった」と具体的に知っているのはおかしい。それに俺がスタジオにお邪魔するのは、土日のどちらかで十分なはずだ。怒る理由がない。

 俺が咄嗟には答えられずにいると、リサさんは構わず続けた。


「総合病院にね、アタシの弟も入院してるんだ。それで昨日の朝、スタジオに来る前に寄ったの。そしたらキミによく似た人を見かけてね。ねぇ、植村サユリさんってキミのお母さん?」


 どうしてリサさんが母さんの名前を知っているのだろう。弟さんが入院していることも驚きだったが、リサさんの口から母さんの名前が出たことに驚きを隠せない。さっき喫茶店でアヤさんやミズキが何か話したのかもしれないが、可能性は低いだろう。

 どう答えていいか分からなかった。リサさんは、そんな俺の反応を予想していたのかもしれない。俺の答えを待つことはしなかった。


「キミのお母さん、もしかしたらあんまり良くないのかな? ごめん。デリケートなことなのに。でも変に遠慮するのも嫌だから聞いちゃった。今日、元気がないのも、もしかしたらそれが原因?」


 自分で自覚している心のうちを指摘される。リサさんには全て話してしまってもいいんじゃないだろうか。そんな誘惑に俺は負けてしまう。


「リサさん……俺、どうしたらいいんですか……?」


 俺はリサさんに助けを求めていた。


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