2.マイナーチェンジ
「今年の文化祭ライブには必ず出ような」
自分でも分かるくらい、唐突だったと思う。みんなが一斉に俺に注目した。しばらくの間、誰も言葉を発しなかった。沈黙が続くと次第に恥ずかしくなってくる。ましてや無言の注目を浴びたままなら尚更だ。
「な、なんだよ。お前らは文化祭ライブ、出たくねぇのかよ!」
凍りついたような場の空気を誤魔化そうと追撃するつもりで言ってみる。そんなにおかしなことは言っていないはずのになんなんだ、この空気は。これじゃ、俺が馬鹿みたいじゃないか。
「あぁ、ごめん、ごめん。あまりに急だから……。もちろん出たいよ。改まって言われなくたって、今年は必ず出るつもりだよ」
ナナカが代表して答えた。いつだって俺たちの代表はナナカだ。責任感が強くてしっかり者の我らがリーダー。ハッキリ決めたわけではないが、俺たちのリーダーは暗黙の了解でナナカだ。ユリハ会長が抜けた後のロミ研会長もナナカが務めることになるだろう。本人もそれを自覚しているはずだ。
「大丈夫。心配いらない。みんなこの一年で見違えるほど、もとい聞き違えるほど上手くなった。それに去年と違って、未完成だった植村の曲も歌詞まで完璧に完成してる。出られない要素を探す方が難しい」
ナナカに続いて、ユリハ会長が言った。
そんなことにはなってほしくないが、仮に今年ダメだった場合でも俺たちにはまだ来年が残されている。しかし、ユリハ会長にとっては今年が最後の文化祭だ。心なしか下級生よりも熱が入っているように見える。絶対に気のせいじゃない。
あ〜、そうそう。ちなみに今年は新入部員が一人も入らなかった。だから下級生と言ってもそれは俺たちバンドのメンバーだけだ。
「だよな?当たり前のことだな。お前らがなんも言わねぇからビビったじゃねぇかよ。それでよ、今年も去年と同じ感じで、出るバンドを決めるんだっけ?」
「今年は確か各バンド、オリジナル曲一曲で、一発勝負のはず。去年の自由曲が思ったよりも評判良かったみたい。たまにこういうマイナーチェンジがある。うちらにとっては好都合」
こういう事務的なことを誰よりもしっかりと把握しているのは、ユリハ会長だ。ロミ研の会長である以上に俺たちにとっては、マネージャーのような存在だ。
「あのさ、ケイガ。それ、この前も同じこと聞いてなかった?」
ケイの鋭いツッコミが入る。
たしかに前にも聞いたような気もするが、定かじゃない。記憶にないんだから仕方がない。何度聞いたって良いはずだ。大事なことなんだから。
「そうだっけ?まぁ、良いじゃねぇかよ。それで当然、俺らはケイの曲で行くんだよな?それ以外に候補の曲があるわけじゃねぇし」
「それなんだけど、もちろん俺は去年のリベンジもあるから俺の曲でいきたいんだけどさ。ただ、それじゃみんなつまんなくない?」
ケイが意味深にそう言った。
「どういう意味?」
このまますぐには音合わせが始まらないと思ったのか、エリがそれまで座っていたドラムセットからこちらに出てきてケイに尋ねた。
「うん。去年みたいにさ、みんなでもう一回オリジナルを作って持ち寄ろうよ。それを全部聴き比べて、一番出来の良い曲を俺たちの自由曲にして文化祭ライブに臨むっていうのはどう? 去年、俺は結構楽しかったからさ。みんなの感性に触れる機会ってあんまないじゃん」
「それ、いいね! ケイの曲はこの一年聞いたり演奏したりして、やっぱ凄くいい曲だと思うし、あたしが作ってもそれよりいい曲を作れるかは分からないけど、やってみたい!」
ケイの提案に真っ先に反応したのは、ナナカだった。最近のナナカは何に対しても挑戦的だ。以前では考えられないがこれが本来のナナカで、音楽に対して以外は元からこうだったのだろう。夏フェス以降、ナナカは音楽に対しても普段の自分を崩すことなく臨めている。
「うん。わたしもちょうどやってみたいことがあったんだぁ。だから賛成!」
ナナカに少し遅れてエリが続く。
「ケイガは?」
ケイの言葉と同時に全員の視線が俺に集まる。反応が遅れてしまった。「本心を悟られるな」と俺のちっぽけなプライドが警鐘を鳴らす。
「もちろん、望むところだ。ケイなんかに負けてられっかよ」
心にもない言葉が口から滑り出して行く。
出て行ってしまったら、もう取り戻して口にしまうことはできない。言ってしまった数秒後には、後悔していた。
「ユリハ会長はどう思いますか?」
ケイは最後にユリハ会長に尋ねた。
楽器を手にとって実際に演奏するのは俺たち四人だが、ユリハ会長もバンドの一員だというのがメンバー全員の共通認識だ。
「私も賛成。切磋琢磨してバンドは良くなっていくもの」
「反対票はなし! なら決まりだね。ユリハ会長。実行委員会に音源を提出するのっていつまででしたっけ?」
「おおむね去年と同じだから、あと一ヶ月くらい先。時間がたっぷりあるとは言えない」
ユリハ会長はやや心配そうに言った。
さっきの出遅れを誤魔化すために俺は間髪入れずに言う。
「たしか、去年はもっと時間なかっただろ?余裕だわ。お前らはどうなんだ? ビビってんのか?」
本当に自分の口じゃないみたいだ。まさに口から出まかせ。ここまできたらもう後戻りはできない。逃げるなんて、俺のプライドが許すわけがない。自分で自分の首を締めている自覚はあった。
「すごい自信だね。わたしは……まさか発表する機会があるとは思わなかったけど、実は個人的に少し取り掛かっちゃってるんだ。だから大丈夫。ナナカは?」
「時間が足りない! って言っても、仕方ないからね。頑張るよ。できる限りのことはやるつもり」
エリもナナカも問題ないらしい。
どちらか片方でも難色を示してくれたらいいものを……。二人とも生き生きとしやがって。エリなんかドラムしかできないから曲は作れないんじゃなかったのか? いつのまに曲作りのスキルまで磨いたっていうんだ?
去年はみんなと同じように、俺もオリジナルを作りたくて仕方なかったはずなのに……。二人の態度に少し焦る。いや、大いに焦る。
「それじゃあ、みんなそれぞれオリジナルを作って、一ヶ月後に発表って事で。俺は、去年作った曲よりもいい曲ができたら発表するよ。けど、たぶんあれ以上の曲をあと一ヶ月でってなるとちょっと作れそうにないかな。だから俺も頑張るけど、何よりもみんなの曲を楽しみにしてるよ」
去年、ケイが作った曲は、ケイ自身が『Four Years Later』と名付けていた。歌詞は全英語詞でタイトルに沿った誰に当てたのかよく分からないメッセージ性の強い曲だ。細かいところまでは、曲を聴いていても英語の歌詞が聴き取れないし、分からない。
そんなことはどうでもいい。
成り行きというか、ケイの余計な提案で一ヶ月後までにオリジナルを作らなければならなくなってしまった。全く予想していなかった展開だ。
正直に言おう。
俺はまた去年のような思いをするのが嫌だ。文化祭ライブに出られなかったことだけじゃない。音楽の、特に作曲の才能でケイには遠く及ばないことをまざまざと見せつけられるあの感覚。もう二度と味わいたくない。
適当なものを作って、その場は得意のおちゃらけで乗り切ってしまえないだろうか。漠然とそんなことを考えていた。自分自身すら信じることができず、逃げ道を探している自分に気がついていたが、俺はそれを見ないふりをしていた。




