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『ロックミュージック研究会』  作者: たうゆの
7曲目 Still Waiting
60/87

1.居場所を守るために

 文化祭の日以降、俺は何をしていただろう。あっという間に夏が過ぎ、秋を感じる間もなく冬が来て、もうすぐ春になろうとしていた。

 毎日ギターを触っていたのは間違いないが、それ以外に俺は何かしていただろうか。特別なことは何もしていなかった気がする。


 俺が何もしていない間、俺を除くバンドのメンバーはみんな少し変わったと思う。


 一番最初に変わったのはエリだろう。

 出会った当初のあいつは、オドオドして頼りない女だった。ロミ研の部室でセッションすることになった時だって、吹けば飛んでいきそうなくらい存在感が薄くて、こんな奴にドラムが叩けるのかと疑っていた。それがいざ叩いてみると抜群にうまくて驚いた。

 でも、ドラムを叩いているとき以外は相変わらずで目立つ女子に目をつけられても何も言い返さず、ただただナナカの後ろに隠れているようなやつだった。


 だからエリが遠山に向かっていくのを見たときは心底驚いた。よく似た別人なんじゃないかと疑ったほどだ。

 何がきっかけかは分からない。あいつはそれまでの自分を変えようと必死だったんだと思う。そんな気持ちがあの突進には表れていた。

 それでも遠山に反撃されると、いつものエリが顔をのぞかせていた。エリを完全に成長させたのはケイのゴールに近いアシストがあったからだ。ケイは、ボイスレコーダーなんて半分反則みたいな方法で遠山をやり込めてしまった。


 冷静に分析したら遠山を撃退したのはケイなのかもしれない。でもエリの中には明らかな成功体験として残った。自分の行動で自分に向けられた悪意を撃退できるという成功体験。エリの言葉を借りるなら「気持ち一つで見える世界がガラリと変わる」経験だ。ケイの功績は遠山をやり込めたことではなくて、エリにその成功体験を植えつけたことだ。

 あの日を境にエリは強くなった。


 俺はといえば、ただただ軽口を叩きながらその様を見ているだけだった。


 夏休みの出来事だってそうだ。夏休みを境にナナカが変わった。


 唯一俺がやった夏休みらしいことが、ロミ研のやつらと夏フェスに行くことだった。あのときは本来の目的を忘れて、初めての夏フェスを目一杯楽しんだ。本来の目的というのは、ナナカをバンドに引き戻すことだった。


 結論を言えば、ナナカは夏フェスをきっかけにバンドに戻った。

 それまでのナナカはエリと真逆で、普段はイラつくくらい物おじせずにハッキリものを言うくせに、音楽のことになると途端に弱気になるやつだった。ナナカは、自分がベースの初心者で、弾けるフレーズの引き出しが少ないことをずっと気にしていた。そして、それがバンドのクオリティに影響していると思っていた。そのせいで文化祭ライブを逃したと一人で勝手に責任を感じていたらしい。

 ナナカは、その責任に押しつぶされて音楽に触れるのが怖くなった。


 ハッキリ言えば、ナナカは考えすぎだ。あいつのベースはあいつが思っているほど悪くない。もし、あいつの思う通りダメダメなベースなら俺は確実に文句を言っているが、一度も言ったことがない。

 だから、あいつのベースのせいで文化祭ライブに出られなかったというのは、あいつの自意識過剰で完全に間違いだ。


 ロミ研に戻ってからのナナカは、一段と熱心にベースを弾いている。

 文化祭ライブの前は遠慮してか、俺たちメンバーに音楽のことで何かを要求してくることなどほとんどなかったのに、今は小さなことまでうるさく言ってくるようになった。ちょっと鬱陶しいが、バンドにとってはすごく良いことだと思って我慢している。


 エリの時と同様、夏フェスの時も俺がナナカのために何かをしたわけじゃない。俺がただ色んなバンドのライブを見て、はしゃいでいただけの夏フェスをきっかけに、俺の知らないところで勝手に戻ることになっていた。

 きっかけは間違いなく夏フェスなんだろうと思う。その夏フェスにナナカを連れてきたのはケイだった。ケイの説得があったからナナカはこうしてロミ研に戻ったと言っていい。


 自分のせいで文化祭ライブを逃したと思っていたのは、ナナカだけじゃない。ケイもエリもみんなそれぞれが責任を感じていた。


 エリは、遠山の妨害工作のせいで文化祭ライブを逃したと思っていた。そして、その妨害工作の元凶がエリ自身にあると信じていた。


 ケイは、自分の作った曲が中途半端なできだったから、文化祭ライブの出演を逃したんだと俺に言ったことがあった。確かに俺は、ケイの曲が中途半端だと大ぴらに責めたことがある。

 でも、俺たちが文化祭ライブの出演を逃したのは、ケイの曲のせいだとは思わない。ケイの曲は身内びいきを抜きにしてもめちゃくちゃいい曲だ。あいつは安易な歌詞やタイトルをつけたくないと言った。テキトーなものを曲として完成させてしまうくらいなら、最初から聞き手に「未完の曲だ」と思わせたほうが良いと言った。

 冷静になって考えるとその考えは、真っ当な考えだと思う。俺がケイの立場でもきっとそうしただろう。なのに曲のできを素直に認めることができなかったのは、嫉妬心からだ。


 そのケイもあるときを境に変わったと思う。

 他の二人と違ってケイの場合は、何がきっかけでどう変わったのかハッキリとは分からない。でも、その身に纏う雰囲気や醸し出すオーラのようなものが明らかに変わった。どこか悲壮感を感じるのは気のせいではないはずだ。

 あえてそのきっかけを予想するとすれば、ナナカと同様に夏フェスではないかと思う。


 みんなが変わっていく中で俺はどうだろうか。

 俺は、俺のせいで文化祭ライブに出られなかったと思っている。

 当たり前だ。他のメンバーは才能があるない以前にそれぞれが精一杯バンドに向き合って、一所懸命に文化祭ライブへの出演権を勝ち取ろうとしていた。そして挫折して、それをバネに成長したのだろう。それは、それぞれの文化祭ライブ前後の態度や行動で誰にだって分かる。

 あいつらが気付いているか分からないが、それぞれ強力な武器となる個性を持っている。


 たが、俺はどうだろう。


 エリみたいに演奏がバツグンに上手いわけではなく、ナナカみたいに責任感があるわけでもない。ケイみたいに誰が聴いてもカッコいいと思える曲を作れるわけでもない。

 バンドを組んだ時から演奏でエリに勝てないのは分かっていた。このバンドの演奏を引っ張るのは誰がどう考えてもエリだ。それは今も変わらない。

 バンドを組んだ当初、俺はそれが悔しくてたまらなかった。それでもケイやナナカと比べれば俺の方が断然上手いという自負があったが、日が経つとニ人との実力差はほとんどなくなっていた。


 バンドのクオリティが上がるのは単純に嬉しい。四人で音を合わせているときは本当に楽しかった。だけど、ケイが作ってきた曲を初めて聴いたとき、俺の中に明確な焦りが生まれた。


 俺には到底作れない曲。


 演奏の腕は練習すればある程度までみんな上手くなるが、作曲は違う。

 楽器がうまく弾けるやつがいい曲を作れるとは限らない。持って生まれた天賦の才。あのとき、俺にはそれがなくてケイにはあるとハッキリと突きつけられた。


 それで俺は不貞腐れた。おそらくロミ研のメンバーには悟られていない。俺のちっぽけなプライドが他のメンバーに悟られるのを許さなかった。

 だから、表面上は一所懸命バンドに向き合ってるフリをした。


 エリには、演奏の腕がある。練習だけでは辿り着けない領域にあると個人的に思っている。

 ケイには、作曲の才能がある。歌詞がなくてもみんなにいい曲だと言わせるくらいだ。

 ナナカは、俺には逆立ちしたって見習えそうにない強い責任感を持っている。そのせいで一度は潰れかけたが、それ自体が責任感の強さを物語っている。


 俺には本当に何もなかった。だから、去年の文化祭ライブに出られなかったのは誰が何と言おうと俺のせいだ。それなのに俺だけが「文化祭ライブに出られなかったのは自分のせいだ」と誰にも言っていない。

 臆病者だと我ながら思う。今更それを誰かに言うこともできない。完全にタイミングを逃してしまった。


 誤解して欲しくないのは、俺はロミ研バンドが嫌いなわけじゃない。むしろロミ研バンドが大好きだ。だからこのバンドを離れたくない。

 今年こそは文化祭ライブに出たいと思っている。だが、そのために俺は、俺がこのバンドにいられる理由を見つけなければならない。この居場所を守るために。


 あと三ヶ月後に迫った、今年の文化祭ライブまでに。

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