3.ごめん……でも言えなくて……
一斉に四人の視線がわたしに集まった。呟いただけのつもりだったけど、みんなにしっかり届いてしまったようだ。
「エリカ……か。たしかにエリカならあたしたち……全員というより、あたしとエリの邪魔をする動機は十分すぎるほどあるね……。けど、いくらエリカだってそんなに多くの人に影響力を持ってるとは思えないよ」
「エリカって?誰だ?」
内田くんがすかさず質問する。
「あ、うん。えっと、この前植村くんの幼馴染の……ミズキちゃん……だっけ?」
ちらりと植村くんを見ると「うん」と軽く頷いた。
「あの子と会ったときに、言われたでしょ?わたしたちと関わらないほうがいいって……」
「いや、ミズキはそんなこと言ってないよ。言ったのは小山だよ。ただ、エリとナナカをよく思ってない女子がいるって話を聞いたのは事実だね」
植村くんは今度は丁寧にわたしの言葉を否定した。その言葉に棘はない。幼馴染の濡れ衣を晴らしたいという純粋な気持ちからだろう。
「そっか……ごめん。それでその後にここに集まって、ユリハ会長にいじめられてたのか?って訊かれて……。そのいじめられてるっていう相手が、遠山エリカさんていう子なの」
「そいつがナナカが言ってた、エリカってことか」
「うん。もし、誰かがわたしを陥れようとしているんだとしたら、心当たりは遠山さんしかない。もちろんわたしの知らないところで他の人に嫌われてたり恨まれてたりする可能性はあるけど……。ナナカの言う通り遠山さんにそんなことできるのかな?ってわたしも思うよ。確かに中学の時は一年生から学校でもすごく目立ってて周りにはいつも目立つ子たちがいて、発言力もあったけど、うちの高校っていろんな中学から人が集まってるでしょ?中学よりも生徒数だってずっと多いし。それに入学してまだ何ヶ月も経ってないのにそんなに大きな影響力を持てるのかな?って……」
「影響力。持てるかもしれない」
それまで黙って聞いていたユリハ会長が口を開いた。
「どういうことですか?」
わたしよりも速くナナカが反応する。
「おそらくその子はうちの高校の理事長の関係者だと思う。もしかしたら娘かもしれない」
「えっ?なんでそんなことが分かるんですか?」
わたしも驚いて思わず大きな声が出る。
「確信はない。だけど、遠山ってうちの理事長と同じ苗字」
「そうなの?」
内田くんが少し場違いにトボけた声で植村くんに聞いた。
「そうだよ。知らなかったの?ケイガらしいけど」
「苗字が同じだけなら偶然かもしれない。でも、軽音部での彼女の振る舞いも合わせて考えると可能性は決して低くない」
「けどよ、理事長の娘って投票を操作したりできるのか?」
もっともな質問だと思う。
仮に遠山さんが理事長の娘だとしても、彼女一人で勝手に投票に介入して票数を操作することなどできるとは思えない。
「エリカは票数を操作したわけじゃないんじゃないかな?」
「私もそう考える」
ナナカの意見にユリハ会長が同意する。
「でも、お前もその遠山ってやつが俺たちに嫌がらせのつもりで文化祭ライブに出られないようになんか仕掛けたと思ってるんだろ?」
「確信はないけど、エリカならあらゆる手段を使って、やりかねないと思ってる」
「票数をいじったんじゃないならどうやって俺たちを……その……蹴落としたって言うんだよ」
『蹴落とす』と言うことに一瞬躊躇したのが分かる。まだ、どこかで自分が文化祭ライブに出られないことを受け入れられないのだろう。
「たぶん……これは完全にあたしの勝手な推測なんだけどね。エリカは、いわゆるロビー活動をしたんだと思う」
「ロビー活動……?」
「うん。ほら、オリンピックの誘致とか国家ぐるみのイベントを開催するときなんかにニュースになったりするでしょ?あれに近いことをしたんじゃないかな?まぁ、そんなに大それたことではないのかもしれないけど、とにかくあたしたちの事を悪く言って回ったり、そこまでしないまでも、あたしたち以外のバンドに投票するように宣伝して回ったんじゃないかな?」
「なるほどね。そう言われてみると、途中から俺たちの曲の評判が少し落ちていってたよね。はっきりと誰かが何かをしたとまでは思わなかったけど、違和感を覚えるには十分な変化だった。だって、昨日まで「すごく良かった、絶対投票する」って言ってくれてた人が、急に「やっぱり他のバンドもいいなって思い始めたから、投票は他のバンドにする」だし」
「うん、あたしも少しおかしいなって思ってたんだけど、口に出して言うほどではないというか……。おおっぴらに抗議すると自分たちを過大評価してるみたいだし」
ナナカの言うことはよく分かる。
人の感じ方なんてそれぞれ違って当たり前だし、時間とともに移ろいやすいものだと思う。それを「不自然でおかしなこと」だと言い切るためには自分たちの音楽に絶大な自信が必要だ。
わたしは、そしてきっとナナカもまだそこまでの自信はない。他のバンドほうが良いと言われてしまえば、そうなのかと肩を落とす。「あなたの感性はおかしい!」などと責め立てることなどできるわけがない。だから、おかしいなと違和感を覚えつつも口に出すことはできなかった。
「けどよ、その遠山ってのは俺たちと同じ一年だろ?一年の女子限定で考えればそんなこともできなくはないと思うけど、ニ年三年相手にそこまでの工作ができるか?」
わたしもその部分が少し疑問だ。いくら行動力があり友達が多い遠山さんといえど、短時間でそこまでのロビー活動は難しいように思える。
「私はできると思う。一年生に対しては、ナナカやエリの話を聞く限り、特別なことをしなくてもちょっと噂話程度にロミ研バンドの評判が落ちるようなことを言ったり、投票先を他のバンドにするように働きかけたり、割と簡単にできる立場にいる子に思える。そうやってまず女子をコントロールしてしまえば男子のほうにその影響を伸ばすのは容易い」
それはなんとなく分かる。
何気ない雑談の中で、どのバンドが良かったという話をしているグループを幾度となく見かけた。そしてそのグループというのは、女子だけのグループもあれば男子だけのグループもあったが、性別に関係のないグループが一番多かったように思う。
初期の段階で女子の各バンドへの印象を作り上げてしまえば、印象を拡散する力の強い女子が勝手に男子の印象まで作り上げてくれる。投票日までの数日があれば、ほとんどの男子に拡散されるだろう。
「もちろん、意図的に投票を操作しようとする人間が遠山さんのほかにもいた。遠山さんの親しい友人。遠山さんの意思に同調する人。ニ人の言葉を借りれば、取り巻きが担った」
たしかにユリハ会長の言う通り、遠山さんには取り巻きのような人が数人いて、その子たちが遠山さんに忖度しているかのような振る舞いを見せることが少なくない。
「一年生の投票操作はそれでできるとして、ニ年生三年生はどうやったっていうんですか?」
「遠山さんが理事長の娘……少なくとも関係者だというのならできなくはない」
「いくら理事長の関係者だからって……」
「この学校のシステム」
ユリハ会長は、わたしたち四人の顔を順番に見る。
「まず、部費。表向きは前年度の活動実績をもとに判断されることになっている。でも、実態は理事長の独断。それから、指定校推薦の枠決め。これも表向きは希望者多数の場合、成績の良い人から順に枠が与えられることになっている。でも、実際には理事長の気に入らない生徒が立候補すると圧力がかかっておろされる……と言われている」
そこまで言うと「ふぅ~~」とユリハ会長は深いため息を一つついた。
「どちらもあくまでも噂で確証はない。けれど、代々まことしやかに言われてきていること。頭ごなしに否定することはできない。そんな噂話があるなかで『理事長の関係者』に「ロミ研バンドに投票するな」なんて言われたとしたらどうなる?直接言われた人はもちろん、そう言っているらしいという噂を聞いただけでもある程度の人に対しては十分な効果がある」
ユリハ会長の口ぶりにはどこか確信めいたものを感じる。もしかしたらユリハ会長は同級生からそんな話を聞いたのかもしれない。
「何か不安なものを抱えながらもロミ研バンドに投票しようなんて人はほとんどいない。投票操作の噂が隅々まで行き渡らなくても十分な結果を出せると踏んで結果そのとおりになった。軽音部での遠山さんの様子から察するにニ年や三年にもコネクションはある。より確実に行き渡るようにそのコネクションを使ったのかもしれない」
そこで唐突にユリハ会長の話は終わった。だからどうするべきかとかどうしたらいいかという言葉を期待していたから拍子抜けする。
「ユリハ会長の話は、置かれた状況とか色々な情報をまとめると確かに信憑性はあると思う」
植村くんが短い沈黙を破った。
「けどさ、証拠はないし。今更その証拠を見つけたって結果はひっくりかえせないよな。それに、そもそもだけど、俺たちの音楽がそんな操作の余地がないくらいに良いものだったら違う結果になってたんじゃないかな?それで、みんなに訊きたいんだけど、俺たちそれくらい納得いく良い音楽やれてた?」
そう訊いたものの植村くんはそのまま続けて自分の思いを語る。
「俺はさ、自分でそう決めておいてなんだけど、やっぱり歌詞をちゃんと書くべきだったって悔いが残ってる。ギターだってもっとやれたんじゃないかなって。三人はどう?」
「俺も。オリジナルの方はケイにまかせっきりっていうか自分で考えようって意識が薄かったな。めんどくせぇって思った瞬間も正直あったし、ケイに負けたのが悔しくって、適当だったかもしんねぇ」
「あたしも納得なんて全然できなかった。録り終わったときは全力を尽くしたって思ってたんだけど、学校で放送されてる自分たちの音源を聴くとベースが足引っ張ってるなって思えて、悔しかった。ホントはもっとできることがあったんじゃないかって」
内田くんもナナカもこんな葛藤を抱えていたなんて知らなかった。順番的に最後になってしまったわたしに四人の視線が集まる。
「わたしは……。ドラムに関してはしっかり叩けたんじゃないかなって思ってる。でも、それはみんなに合わせてしっかり叩けたって意味で、自分のドラムを表現できてたわけじゃない。それに、他の楽器には言いたいことが少しだけど、本当はあった。ごめん……でも言えなくて……。それで、自分はこうしたいのにってところを妥協してドラムを作ったところもあった。それに、もし遠山さんが何かしたんだとしたら、それはわたしのせい。それだって、わたしが自分の意見をしっかり言えないことと無関係じゃないよね。もっと、わたしがちゃんとしてればこんなことにはならなかったのに。本当にごめんなさい」
話しているうちに興奮してしまい、自分でも何を言っているのか分からなくなってしまった。涙が自然と溢れてくる。
いつの間にか隣に立っていたナナカの温かい手を背中に感じた。




