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『ロックミュージック研究会』  作者: たうゆの
6曲目 I'd Do Anything
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2.暗い影

 その後に行われたストーン・クラッキングの漫才は一切頭に入ってこなかった。もともとそこまで興味がないのだから当たり前といえば当たり前だ。でも、これが例えトレウラのライブだったとしても上の空だったかもしれない。

 それほどにわたしはショックを受けていた。グルグルと思考が巡る。

 ふと隣を見ると、ナナカは呆然と立ち尽くしていた。わたしたちは中間祭の間、一言も言葉を交わすことはなかった。


 正直に言うと緊張こそしていたが、ほぼ間違いなく文化祭ライブに出られるものだと思っていた。そこにはなんの疑いもなかった。不安になったり、ドキドキしたりはしたけど、それはライブでうまくやれるかとか人前に立つことへのものだった。


 頭が真っ白という感覚はなかった。

 ただ、単純に、事実として「文化祭ライブには出られない」ということを認識した。そして、落胆した。頭の中は「なんで?」という言葉がグルグルと巡っていた。

 そして「なんで?」と思わず声に出てしまう。


「えっ?」


 わたしも気がつかないほど大きな声が出ていたらしく、前にいた子が驚いて振り向いた。文化祭ライブに出られるバンドの発表は随分前に終わっていた。だからわたしが何に対して「なんで?」と言ったのか、この子は分からなかっただろう。

 けれど、わたしには何か釈明をしたり謝ったりする余裕がなかった。自分に対して発せられたものではないと分かって前の子はまた元の通りステージ上に顔を向けた。少し首を傾げながら。


 中間祭の後、ロミ研のメンバーは部室に集まることになっていたが、どうなるのだろう。スマホには何の通知もない。中止の連絡もない以上、行かないわけにはいかなかった。とても気が重い。

 ナナカともほとんど話をしていなかった。それでも、わたしはナナカと一緒に部室に向かうことにする。


「ナナカ……」


 ナナカはわたしの呼びかけに「分かってる」と表情や態度で答えた。きっとわたしが声をかけなければナナカの方から声をかけてくれただろう。


「部室だったよね?そろそろ行こうか」


 一見するといつもと変わらない様子だった。


「うん。行こう」


 わたしは自分から声をかけたくせにどう話をしていいか分からず、結局短く答えてニ人で部室へ向かった。


 部室に入るとすでにわたし達以外の三人が揃っていた。

 会話をしている様子はない。ユリハ会長があまり喋らないのはいつものことだが、男の子ニ人が静かなのは珍しい。中間祭でのことを思えば当たり前なのだが、それでもこのニ人は明るく振舞ってくれるんじゃないかと期待していた。


「ダメだったな……」


 わたし達が部室に入るとすぐに内田くんが一言そう言った。


「うん。ダメだったね」


 ナナカが短く応える。


「なぁ、お前らなんか余計なことしたか?」


 静かで興奮しているようには聞こえない。なのにハッキリと怒りの感情が伝わってくる声だった。内田くんは間違いなく怒っている。


「余計なことって?」


 ナナカはいつも通りの声で答えた。ナナカも内田くんが怒っていることに気がついていないわけがない。それでもなるべく争いにならないようにしているんだと思う。

 わたしは、内田くんの怒りの理由を考えていた。

「余計なことをしたか?」と言った。文化祭ライブに出られないことと無関係とは思えない。内田くんはわたし達が何かをしたから今回の結果になったと思っているのだろう。だけど、全く心当たりがない。


「分かんねぇから聞いてるんだろ?」


「いきなりそんなこと言われてもあたしにも分からないよ。ちゃんと分かるように説明して」


 ニ人とも声の調子は冷静だが、ピリピリとした空気が否応なくわたしのところまで伝わってくる。心が痛い。


「ケイガ。ちゃんと最初から説明しよう。ナナカ、ごめん。俺たちも動揺してるんだ。だけど、本当に何も心当たりはない?」


 植村くんが再度確認するように優しくナナカに訊く。


「分からないよ。心当たりって?文化祭ライブと関係あるんだよね?」


「うん。エリは?心当たりない?」


 急に尋ねられてどう答えていいのか分からなかった。もちろん、心当たりはない。

 なぜわたし達が出場権を逃したのか、こっちが訊きたいくらいだ。知っているなら今すぐにでも教えてほしい。この二人の疑うような質問は何だろう。


「全然分からない。ニ人はわたしたちのせいで出場権を逃したと思ってるの?」


 三人に倣って冷静に棘のないように言ったつもりだったがうまくいっただろうか。


「そうか。それじゃあ俺たちとは無関係のところで誰かにはめられたってことか……」


 植村くんが独り言のように言った。


『誰かにはめられた』


 そう聞いた瞬間ザワザワと背筋に冷たいものが走った。

 さっき二人に心当たりは無いと言ったのは本当だ。けれど、植村くんのその言葉を聞いてわたしは気が付いてしまった。具体的に何がどうなったのか説明しろと言われるとそこまでは分からない。だけど、わたしは確かな心当たりをわたし自身の中に持っていた。

 暗い影が少しずつ私のことを侵食していくのを感じた。ゾッとしたものが背筋から全身に行き渡る。


「はめられたってどういうこと?」


 ナナカが植村くんに訊いた。ナナカは気が付いていないのだろうか?


「うん、俺たちショックでさ。中間祭の後、体育館からすぐに教室に戻る気になれなくて何するでもなくニ人で残ってたんだよね。そしたら、一年の女子も何人か体育館に残ってて、その子たちが話してたんだ。「予定通りで良かったね。最初はどうなるかと思ったけど、うまくいって良かったね」って。最初は文化祭ライブのことだなんて思わないし全然気にしてなかったんだけど、その子たちがこうも言ってたんだ」


 そこで植村くんは一息ついた。そして続ける。植村くん以外、誰も声を発しなかった。


「その子たちはこう言ってたんだ。「でも、ぶっちゃけ一番良かったのは、ロミ研の人たちだったよね。かわいそうだけどしょうがないよね」って。ニ人はこの意味が分かる?どういうことか分かるか?俺たちは分かるまで時間がかかった。そんなこと予想もしてなかったから。だからその子たちに直接訊くこともできなかった。少なくともその子たちは、自分たちが一番良いと思った俺たちには投票してくれてない。なんでか。そういう投票をしたのはその子たちだけなのか……」


 相槌を打つ声すらない。

 みんな黙って静かに植村くんの話を聞くしかできなかった。まるで独演会のような植村くんの話は熱を帯びる。


「それから、ミズキ。この前会ったと思うけど女子サッカー部で俺の幼馴染から聞いた。校内放送で応募バンドの曲が流れるようになってからしばらくして、俺たちに投票しないようにそれとなく言われたことがあるって。それも一度ではなく何度もあるって言ってた。もちろん、ミズキは俺たちに投票してくれたって言ってたけど、ミズキの周りでは俺たちの曲を良いと思ってくれてても投票は他のバンドにするって子も多かったみたい。ミズキが言うには女子の間ではほとんど常識みたいになってたんだって。男の間にも結構広まってて、実際にそうしたやつもいるらしい。でさ、なんでそんなことされなきゃならないのかってことなんだけど、それがさっぱり分からなくて……」


「きっと…遠山さんだ……」


 漠然とした心当たりは、植村くんの説明で具体的な像を結んでいた。

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