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『ロックミュージック研究会』  作者: たうゆの
5曲目 given up
43/87

2.ケイらしくないな

 歌のレコーディングを終えてスタジオに戻ると、みんな待ちくたびれた顔をしていた。特にユリハ会長は、本当にただ待っていただけだからきっと誰よりも疲れていることだろう。だけど、一番最初に音源を聴きたいと言ったのはユリハ会長だった。


「まだミックスが終わってないけど、それでもいい?」


 レイカさんが苦笑混じりにユリハ会長に言った。ユリハ会長は、レイカさんに話しかけられたことで姿勢を正し、口をパクパクして「あうあう」と声にならない声を上げていた。


「ん?どうしたの?ミックス前のでよければ流そうか?」


「はぃっ!お願いひまふ!」


 噛んだ。それに声が裏返っている。こんなユリハ会長を見るのは初めてだった。


「ユリハ会長は大のトレウラファンなんですよ。それで緊張してるのかも」


 あたしが言うとレイカさんは驚いた顔をした。そしてゆっくりユリハ会長に近づいて頭を撫でながら「ありがとう」と言った。


「いえいえ、こちらこそありがとうございます。カッコよくて素敵な音楽を聴かせてくれて、本当に本当にトレウラには感謝してるんです」


 あたふたしながらも、なんとかまともに話せるようになったユリハ会長は、ペコペコと頭を下げていた。


「あははははは。そんな大層なもんじゃないけど、それならユリハはアカネと気が合うんじゃない?」


「トレウラのレイカが、私の名前を……」


 そう言ったっきり、電池が切れたように固まってしまった。オーバーヒートしてしまったようだ。


「現ロミ研会長はアカネと同じでからかい甲斐のありそうな子だね。とりあえず、今録った音源、みんなで一回聴いてみる?ちょっと待ってなよ」


 レイカさんはそう言うと、またレコーディング室に戻っていった。

 レイカさんがレコーディング室に行ってしまってからすぐにあたしたちのいるスタジオに『Ain't it fun』が流れ出した。もちろん、あたしたちが演奏したものだ。こうやって客観的に自分たちの演奏を聴くのは今日が初めてだった。


 ボーカルをレコーディングしているときはそこまで気が回らなかったが、じっくり聞いてみると一曲通してどのパートも目立ったミスがない。レイカさんの言う通り、つぎはぎのベースに違和感はなかった。


「おぉ、すげー!!プロみたいじゃん」


 ケイガが思わず感嘆の声を漏らす。


「すごい!自分の演奏じゃないみたい!!ドこうやってバンド全体で録ったのを聴くとやっぱり違うね。ナナカの歌もすごくいいよ!!」


 エリはしっかりあたしの歌を褒めてくれる。

 確かに自分の声じゃないみたいだ。英語の発音はイマイチだけど、歌自体は悪くないと思った。恥ずかしくて絶対に声に出して人には言えないけど、何度でも聴きたい。

 あたしたちの音源は、このままでも十分なように思えた。しかし、レイカさんはこの音源にさらにミックスダウンという作業を加えると言っていた。難しいことは分からなかったが、各パートのバランスを整える作業なのだそうだ。


 土日を使って作業してくれるから、月曜日には仕上がっているだろうということだった。だから月曜日の放課後にまたみんなで寄らせてもらうことになった。


 スタジオの外に出ると、外はすっかり暗くなっていた。


「ミックスダウンか~。楽しみだなぁ~。あれでも十分だと思ったけどミックスダウンってのやるとどうなるんだろうな」


 ケイガが、小さな声で独り言のように言った。清々しい顔には、ある種の達成感も含まれているのだろう。それはあたしも、それに他のメンバーも同じだった。


「本当にね。これならさ、本当に文化祭ライブ出られるかもね」


 本気でそう思った。オリジナル曲は依然として形になるには程遠い。それにもかかわらず、何とも言えない全能感に支配されていた。


「うん。けど、それにはオリジナルの方も頑張らなきゃね」


 エリがあたしの考えをトレースするように言った。


「そうだな。とりあえず、課題曲はこれで一段落だから、これから一週間はオリジナルの方に全力だな。なぁ、もう来週の金曜日まで時間もねぇし、土日もみんなで集まらねぇか?」


「それもそうだね。そうするとやっぱ学校だよね?土日も使ってみっちりやろうか」


 ケイガの意見に賛成だ。エリも頷いていた。一人、賛成も反対もしなかったのがケイだった。


「ケイは?土日だけど、大丈夫?」


 黙っているケイに尋ねる。どこか元気がない。何か迷っているようだったが、やがて申し訳なさそうに言った。


「ごめん、俺、土日は用事があるんだ。悪いけど練習は三人でやってくれない?」


「なんだよ。カフェの手伝いか?まさかデートとかじゃねぇだろうなぁ」


 ケイガが茶化してもケイはただ謝るだけで、具体的な用事の中身については話そうとしなかった。いつもどんなこともあっけらかんと話すのにケイらしくないなと思ったが、ケイにだって言いたくないことはあるだろう。ケイガ理由を聞き出そうとしつこく食い下がる。それをあたしとエリがを止める。ケイガも渋々了解し、土日は三人で練習しようということで落ち着いた。

 ケイの言う用事、そしていつもと少し違う様子が気にならないではないが、話したくないものは仕方がない。無理矢理聞き出すようなことでもない。


 ユリハ会長とは駅で別れた。四人で電車に乗って、途中の駅で「用事がある」と降りて行ったケイガと別れてからはあたしとエリそしてケイの三人になった。

 いつもならケイとケイガが色々なことを話し、あたしがそれに答える。エリはそれを見ながらニコニコ頷く帰り道なのだが、その日のケイは無口だった。


「ねぇ、ケイ。何かあったの?」


 あたしは我慢できなくなって思い切って、ケイに訊いてみた。エリも気になっていたようで、あたしが訊くと隣でふんふんと首を縦に振っていた。


「えっ?何が?別に何もないけど」


 実にあっさりとした答えで、拍子抜けしてしまう。どこか冷たい印象なのは気のせいだろうか。


「なんか今日はいつもよりも無口だから。ずっと考え事してるみたいで話してても心ここにあらずだし」


「あ〜、いや、考え事っちゃ、考え事なんだけど。最近隙あらばオリジナル曲のことばっかり考えてて、そっちに集中しちゃってたかも。ごめん」


 取ってつけたように見える。嘘をついているのかもしれない。けれど本人がこう言う以上、納得するしかない。


「そう?ならいいんだけど、何か悩みがあったら言ってね。あたしたちにできることなら力になるからさ」


 こう言うのが精一杯だ。


「なに?急に優しいじゃん。大丈夫だよ。それよりさ、絶対いい曲作ろうな。それから明日、明後日は本当にごめん。行けない俺が言うのもなんだけどオリジナルの方をやるのもいいけどさ、どうせなら文化祭ライブに出た時用の曲を練習しておいてもいいんじゃね?あんまり練習できてないだろ?」


 ケイの言う通りだった。

 もし、文化祭ライブの出演を勝ち取ったとしたら何曲か演奏しなければならない。ユリハ会長曰く、一時間ほどの持ち時間で例年どのバンドもだいたい八曲前後演奏すると言う。

 課題曲と自由曲はそのままライブでやるとして、あとは前にやったGreen dayの『minority』トレウラのウェルフェスを入れてもまだ四曲しかまともにできない。間に合うかどうかはかなり微妙なラインだ。


「言われてみれば。あたしたち文化祭ライブに出る気なのにその辺のこと全然考えてなかったね。じゃあ、明日ケイガに提案してみるよ。オリジナル曲と並行して、そっちも頑張らないとね」


 ケイは、妙に安心したような顔でニッコリと微笑んで、そして再度詫びた。その表情はどこか憂いを帯びていた。


 翌日、翌々日の土日は初めて三人での練習になった。ケイに言われた通り、ライブ用の曲の練習を中心に取り組んだ。ほとんどがその時間に充てられた。

 オリジナル曲はケイのアイデアを元にしているからか、なかなか良いものが思いつかなかった。それでも、練習自体はみっちりとできたし、意味のあるものだった。

 しかし、ケイ一人が抜けると絶妙なバランスの上であたしたちが成り立っているのだと痛感した。ケイがいる時といない時で、何が変わるのかと言われると分からない。いつも通りの会話だし、いつも通りの練習風景だったように思う。でも、何かが微妙に違っていて、もどかしさを感じた。

 本当に僅かにではあるが、妙な気まずさがあった。誰もそれを指摘しなかったからあたしだけが感じていたことなのかもしれない。だけど、ケイが抜けたらバンドは続かないかもしれないなと思った。

 だから月曜日の放課後、いつもの通りケイが部室にやってきたときはホッとした。

 しかもケイは、そんなあたしの不安を吹き飛ばすように良いニュースを持ってきてくれた。


「オリジナル曲、できたよ!」


 ケイは一言だけそう言った。


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