8.あたし、歌いたい
リサさんたちは、その後三曲立て続けにオリジナル曲を演奏した。
どの曲もそれぞれ曲調が違っていて、カッコよかった。特に最後のバラード調の曲はそのままハリウッド映画のエンディングで流れても全く違和感がないんじゃないか、と思えるほど完成度が高かった。
バラードで落ち着いていた観客は、曲が終わると一斉に雄たけびと拍手をステージに浴びせた。客のボルテージは大きなうねりとなって会場を包んでいた。そのうねりの中に俺も加われていることが嬉しかった。
「ありがと~~っ!」
リサさんは満面の笑みでそれに応える。
「楽しい時間はあっという間だね。次の曲で最後になります。次はさっきもちょっと言ったけど、今日この出番のホントに直前にメンバーに無理言ってセトリに入れてもらった曲なの」
リサさんが苦笑いをして一拍おくと、ドラム、ベースそしてギターがジャンッと鳴らした。音だけなのに「まったく困ったもんだ」と表現しているのが分かる。
「でも今日、どうしてもこの曲をやりたくて。アタシが大好きでライブでもたまにやってるトレウンラインの曲。トレウラのウェルカムトゥーアワーフェスティバル。アッパーで楽しい曲だからみんなテンションあげていこ~~っ!!」
リサさんが観客を煽るとみんなそれに応える。ステージであんな振る舞いができたら気持ちいいんだろうなと思った。
観客の声が落ち着くのを待ってリサさんが続ける。
「今日は本当にありがとうございました。ピンキーアンドブラックでした。また来てね~」
言い終わるのとほぼ同時に曲が始まった。弾むようなリズムの軽快な曲だった。歌詞は英語詞のようだ。
しっかりとトレウラの曲を聴くのは初めてだった。もちろんリサさんの歌のうまさもあるが、それを差し引いてもすごくいい曲だと思った。
エリとユリハ会長は、これまでのどの曲よりもノリノリだった。エリもユリハ会長も曲を口ずさんでいるのが口の動きで分かった。
ケイガはずっと首と右足でリズムを取っている。ナナカはというと、一曲目から変わらず呆然とした様子でステージ上のリサさんを見つめていた。少し心配になるほど微動だにしていなかった。
曲が終わるとリサさんとバンドのメンバーは何も言わずに舞台袖に消えていった。それとほとんど同時に会場の全ライトが点灯し、観客は一部の余韻に浸っている人を除いてぞろぞろと出口に向かって動き出した。こういうライブのトリのバンドは、アンコールがあるものだと思っていたからアッサリとした終わりに驚いた。
「アンコールとかないんだな」
ケイガも俺と同じことを思ったようで、俺の肩に手を回しながら言った。
「うん。ピンブラはいつもアンコールやらない」
ユリハ会長が応える。アンコールは必ずあるものだと思っていたが、そんなこともあるんだなと感心した。
「トレウラのカバー。良かったですね〜。ユリハ会長が太鼓判を押すのも分かります。たしかにホマレとは歌い方も声の質も違いましたけど、リサさんはリサさんで自分の歌みたいにものにしちゃってて、ホントに凄かったです。あれ、曲のテンポ少し上げてアレンジもしてましたよね?」
エリがハイテンションで捲したてる。
「うん。コピーじゃなくてカバーだからアレンジして当然。ウェルフェスはあんまりカバーしてるの聴かないけど、アレンジも良かった」
ウェルフェスとは『Welcome to our festival』という曲名の略称なのだろう。ファンってやつはなんでもかんでも略したがる。
「うんうん。わたし正直いくらリサさんが凄いって言ったって、ユリハ会長の直接の知り合いだし、少し誇張というか、身内贔屓の評価なんだろうと思ってました。でも、ホントにトレウラに負けないぐらいカッコ良かったです!!」
それを聞いているユリハ会長は知り合ってから見た中で一番誇らしげな顔をしていた。リサさんを褒められたことが自分のことのように嬉しいのだろう。
「わたしもあんなライブができるようなバンドになりたいな〜。ね?ナナカ!!」
問いかけられたのにナナカから反応がない。
「ナナカ……?」
エリがナナカの顔を覗き込む。エリの視線を追ってナナカの顔を見ると、微動だにせず表情を崩すこともなく、ただただ泣いていた。俺もケイガもそして、ユリハ会長も何も言葉を発することができなかった。
「ナナカ、大丈夫?どこかぶつけたりした?こういうライブ初めてだもんね」
エリが心配そうに声をかける。
「……あ、ごめん。ぼーっとしてて……」
電池で動くおもちゃのスイッチを入れたように、急に我に帰ったナナカは動き出した。
「あたし、歌うよ。文化祭ライブの課題曲。あたし、歌いたい」
ナナカの言葉の意味がすぐには分からなかった。声に遅れて意味が脳に伝わる。一瞬の間の後、エリがナナカに飛びついた。
「ホントに!?でも、急にどうしたの?」
ナナカからすぐに離れて、また少し心配そうな声になる。今日のエリは特に感情の起伏が激しい。
「うん。リサさんのライブ観たらあたしもあんな風に歌ってみたいって思った。お客さんはみんな幸せそうな顔で、それになりよりあたしすっっごく感動しちゃった」
俺たちをしこたま心配させた涙は、リサさんのライブに感動して流した涙のようだ。
「それにさ、ホントに不思議なんだけど、最後の曲。あたしは知らない曲だったんだけど、あの曲聴いたら価値観が百八十度変わったっていうか……。ううん、もちろんこのライブ全体通してそう思ったんだけど。特に最後の曲、感動しちゃった。今まで、もう少しで届きそうなのに届かなくてモヤモヤしてたものが晴れた。何か足りないと思ってたもの全部がしっかりかっちりハマった感じがしたんだよね。あたし、リサさんみたいな人になりたいな……って、ごめん、何言ってるかわかんないと思うけど」
ナナカは少し赤くなった顔を照れ臭そうに背けたが、俺にはそれが分かるような気がした。理屈で説明するのはすごく難しい。だけどあの曲とリサさんのライブからはそんなパワーを感じた。それはリサさんの歌声の力なのか歌自身の力なのかは分からない。ただただ感じるだけの確かで不思議な感動だった。
「お、やっと、やる気になったか。なら良かった。お前なら大丈夫だ。今すぐリサさんみたいに!とはいかないだろうけど。なんつーか、お前にしか出せない良さがあるだろ?俺たちは俺たちにしかなれないバンドになろうぜ。そのためにはお前のその普段の生意気なくらいな自信が必要だ」
柄にもないことをケイガが言うものだから、思わず吹き出してしまった。それにつられてみんな笑い出す。ケイガも照れたように笑っていた。
「お〜っす!みんな今日はありがとうね。ライブどうだった?あれ?何かあった?」
服を着替えたリサさんがやってきて笑っている俺たちに声をかける。その顔には汗が光っていた。時折ファンらしき人に挨拶をしたり握手に応じたりしていた。
「いつも通り。いえ、いつも以上にすごくかっこよかったです。まさかウェルフェスをやってくれるとは……。でも、私達にぴったりかもしれませんね。それに、ちゃんとナナカに届いたみたいですよ」
代表してユリハ会長が答える。ユリハ会長はリサさんと話す時だけキャラが違う気がする。
「あははは。それは良かった。この後、打ち上げあるんだけど君たちも来る?」
リサさんは快活に笑った。
もちろん参加したい気持ちはあったが、すでに遅い時間で次の日は学校ということもあり丁重に断った。リサさんも本気で誘ってくれたわけではなかったようで、「高校生を遅くまで連れまわすわけには行かないもんね」と笑った。
「文化祭ライブ楽しみにしてるから、必ず出場権掴んでね!応援してるよ、後輩諸君!」
最後にはそう言ってくれて、そのまま颯爽と打ち上げに行ってしまった。俺たちはまだ耳に残る残響とともにライブの余韻に浸りながら、それぞれの家路に着いた。
ドリンク券で飲み物を受け取るのを忘れたことに気がついたのは家に着いてからだった。




