6.音楽ってそんなに怖くないよ
ライブハウスは、とても小さな駅の改札を出たすぐ目の前にあった。もうすでに開場を待つ観客数人が列を作っていた。開場まではまだ少し時間があるのに熱心なファンもいるもんだなと感心する。
リサさんのバンドは『Pinky&Black』というらしく出番は最後だとユリハ会長が教えてくれた。いわゆる、トリってやつだ。
ライブハウスの出番は、一番実力のあるバンドがトリを務めることが多いらしい。
ライブハウスが開場すると、待っていた観客がぞろぞろと中に入っていった。外にいた観客は全員吸い込まれるようにしてライブハウスの中に入ってしまい、外にいるのは俺たち五人だけになった。リサさんの出番までどこかで時間を潰そうかと話し合っている時、後ろから声をかけられた。
「あれっ?ユリハじゃん。来てくれたんだ。ありがとーーっ!」
力強い声だった。
「リサ会長。こんばんは。もちろん来ますよ。今日は後輩も連れてきました」
声をかけてきたのはどうやらリサさんのようだ。
「会長はやめてよ。現会長はユリハでしょ?朝連絡くれた通りだね。そっか。この子たちが今年ロミ研に入ったっていう新入生たちか〜。君たちもバンドやってるの?」
リサさんは初対面の俺たちにもフレンドリーに自然に話を振ってくれた。
「はい。この四人でバンドを組んでます。と言っても、組んでまだ二週間くらいですけど」
答えたのはナナカだった。こういうとき瞬時にちゃんとした受け答えができるのは、このメンバーだとナナカだけだろう。天性のリーダー気質だ。
「そっか。君たち当然、文化祭ライブに出たいんでしょ?頑張りなよ〜。ジーアールは強敵かもね」
意味ありげに笑いながら言うリサさんは、俺たちと三つしか変わらないとは思えないほど大人っぽくて、不覚にもドキッとした。
「大丈夫っすよ!俺たち誰にも負けねぇっすから」
ユリハ会長にもタメ口のケイガがリサさんには敬語だった。ブロークンな敬語だが、ケイガなりの敬意なのだろう。
「君は元気がいいね。でも、バンドっていうのは勝ち負けじゃないよ。そうだ、こんなところで立ち話もなんだからさ、どこかお店に入らない?この先に落ち着いて話せる喫茶店があるからそこに行かない?」
リサさんの提案を断る理由はなかったが、ライブ前の大事な時間に呑気に喫茶店なんかで過ごしていて大丈夫なのだろうかと心配になる。それを察したかのようにリサさんは続けた。
「アタシ、ライブ前はいっつもリラックスしたくてさ。対バンのライブを見るのも嫌なんだ。だから余計な心配はいらないよ」
そういうものか、と全員が頷いてリサさんに続いて路地を一つ入ったところにある喫茶店に向かった。
店内に入ると、お洒落なジャズと少し薄暗い間接照明が俺たちを迎えてくれた。リサさんはお店の常連なのかマスターらしきダンディなおじさんと自然な感じで一言二言交わしていた。
「はい。じゃあ、この席でいいかな?みんな、なに飲む?ここのコーヒーは美味しいよ。アタシはライブ前だからコーヒーは遠慮してハチミツ入りの紅茶にするけどね」
俺たちはエリ以外、リサさんの勧めるままにコーヒーを注文した。エリだけはコーヒーが飲めないらしくココアを注文していた。
注文したものが届くまで、それぞれが改めて自己紹介をする。リサさんは、うんうん頷きながら俺たちの話を聞いてくれた。
自己紹介が落ち着いた頃、コーヒーとココア、それからハチミツ入りの紅茶が届いた。みんなが一斉にカップを持ち上げると少しの沈黙が訪れた。その沈黙を破ったのはカップを置く音とユリハ会長の声だった。
「リサ会長。今日はトレウラの曲やるんですか?このエリが私に負けないくらいのトレウラファンで是非聞きたいって言ってまして」
「トレウラか〜。今日のセットリストには入ってないけど……。うん、せっかく可愛い後輩が大勢来てくれたんだし、ユリハの面子もあるからね。メンバーに言ってセトリ変えてもらうよ。トレウラの何をやるかは、お楽しみって事でいい?」
リサさんは、器用にウインクをしてみせた。
「えっ!?いいんですか!?楽しみだなぁ〜。何やってくれるんだろう」
エリは恍惚の表情を浮かべ、自分の世界に入ってしまった。
「あの……」
そんなエリをよそに浮かない声でナナカがトレウラとは無関係の質問をする。
「リサさんは、たくさんライブも経験してて、大勢の人の前で歌うことにも慣れてると思うんですけど……やっぱりコツとかってあるんですか?」
「こいつ、自分の演奏に自信持てないらしいんすよ。俺たちとしては、なんとか自信持ってやってもらいたいんすけどね。それでユリハ会長がリサさんのライブ見たら何か掴めるんじゃねぇかって」
ケイガがすかさず補足する。横では腕を組んだユリハ会長が意味ありげに一度だけコクリと頷いた。
「なるほどねぇ〜。う〜ん、自信っていうのは経験に裏付けられるものだったりするしなぁ〜。こればっかりは、数をこなすしかない部分もあるけど……。強いて言うならやっぱり楽しむことだよ。例えば、演奏だったり、歌もそうだけど、失敗したらどうしようとか、あの人よりも自分は下手だからって思うと自信ってなくなるよね?でも、そうじゃなくて、失敗もその時の自分の実力も、全部ひっくるめて個性だってそう思えたらその個性を生かすためにどう表現しようかな?ってならない?最初は難しいかもしれないけど、音楽ってそんなに怖くないよ」
ナナカの横顔を盗み見ると、ハッという言葉がぴったりの顔をしていた。ナナカの中で何かがしっくりきたのかもしれない。
「あとはアタシのライブを見て感じてほしいな。そういうつもりで今日は歌うから。トレウラの他にも今朝、急遽セトリに入れた曲があってね〜」
リサさんは、チラリとユリハ会長を見た後、満面の笑みでナナカに笑いかけた。ナナカもそれに応えるようにいっぱいの笑顔で頷いていた。
リサさんはその後もすごく気さくに、それでいてある種のカリスマ性を感じさせながら俺たちと音楽の話、学校の話を楽しそうにしていた。時間を忘れて盛り上がっていたが、あっという間にリサさんの出番の三十分前になっていた。
「そろそろ、行かなきゃ。ま~たメンバーに怒られちゃう」
またということは何度か怒られたことがあるのだろうか。余計なことが気になった。
「すみません、出番ギリギリまで付き合わせてしまって」
ナナカが律儀に謝る。本当にこういうところはしっかりしていると思う。
「いいのいいの。むしろ付き合わせたのはアタシだし。お陰でかなりリラックスできたよ。じゃあ、みんなバイバイ!お金はここ置いておくから。アタシは先行ってるね」
リサさんはそう言い残して颯爽と店を出て行った。
「なんか、すごくパワフルでカッコいい人だったね」
ナナカが誰にともなく呟いた。エリがそれに同調する。
「リサ会長は、いつもあんな感じ。飾らないし、驕らない。ステージでも変わらない。そこがすごいところ」
ユリハ会長は、リサさんの話をするとき誇らしげになる。それほどリサさんのことが好きで、尊敬しているということなのだろう。この数十分だけでその気持ちが分かった。そう思わせてしまうリサさんはとても魅力的だった。
まだ慌てる時間ではなかったので俺たち五人はゆっくりとリサさんの後を追ってライブハウスに向かうことにした。




