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『ロックミュージック研究会』  作者: たうゆの
4曲目 Ain't it fun
34/87

5.ケイガのギター

 ロミ研前会長のライブは、学校の最寄駅から二駅離れたところにあるライブハウスで行われるとのことだった。

 開場時間は十八時だったので、俺たちはそれまで部室で音合わせをして過ごした。課題曲が分かったことで、俄然練習にも熱が入る。


 エリのスマホに『Ain't it fun』が入っていたので、みんなで聞いて耳コピを試みたりもした。だが、一部分しか出来ず完全にコピーすることはできなかった。バンドスコアを買うしかないかなと思ったが、ナナカの提案でその必要はなくなりそうだった。

 ナナカとエリの知り合いに耳コピができる人がいるらしく、その人にお願いしてくれるという。二人はGreendayの『Minority』もその人の耳コピで演奏していたらしい。


 課題曲の他に自由曲を決めなければならないことも今日分かった。

 俺は特にこの曲がやりたいという曲はなかった。ケイガもナナカも特別やりたい曲はないようだったが、エリとユリハ会長はトレウラの曲を強く推してきた。俺はべつに構わないのだが、トレウラはスリーピースのガールズバンドらしい。そうすると『Ain't it fun』と同じく歌はナナカが歌うことになる。

 俺やケイガがキーを下げて歌うことをエリとユリハ会長が許すとは思えなかった。


 そういう事情で自由曲を何にするかは無理に今日ここで決める必要はないという結論になり、後日改めて話し合いを行うことになった。それまでに各自、最低一曲は自由曲の候補を決めてくることを約束しあった。


 そうこうしているうちにライブ開始の時刻が近づいてきていた。

 重い楽器を持ってライブに行くことは、躊躇われたので、ユリハ会長の勧めでひとまず部室に置いておくことにした。買ったばかりのギターを置いていくのは不安だったが、ユリハ会長曰く「鍵もしっかりかかるし今まで何かが盗まれたこともないから問題ない」とのことだった。本当に大丈夫か?と思ったが、ギターを背負ってライブを観るのは現実的じゃない。

 明日は月曜日。一晩だけだ。


 みんなで学校から駅までの道を歩いた。途中、女子サッカー部のグラウンドの脇を通るときは、妙な緊張が走った。だけどなにごともなかった。


「そういえば、ロミ研の前会長ってどんな人なんですか?」


 俺が尋ねると、ユリハ会長は待ってましたとばかりに嬉しそうに説明を始めた。


「前会長のリサ会長は、完璧なボーカリスト。確かにジーアールは演奏もうまかったけど、そんなのが霞むくらいリサ会長の歌は衝撃的。どういう理由で、リサ会長がジーアールにボーカルとして参加していたかは知らないけれど、外では別のメンバーと活動している。今日のライブもそのメンバーでやるライブ」


 前会長はリサさんというのか。そういえば、去年の文化祭ライブにジーアールのボーカルとして出ているんだったか。


「あれ?でも、ってことはそのリサさんはジーアールの正式なメンバーじゃないんですか?リサさんが入るまでは他に誰かボーカルがいたんですか?」


 ふと疑問に思ったので訊いてみる。


「よくわからない」


 ユリハ会長は自分の興味のないことにはとことん無頓着だ。だからこのそっけない返事も仕方ないことなのかもしれない。これ以上は突っ込まないことにする。


「リサさんのバンドはどんなジャンルの曲をやるんですか?」


 別の質問をして話題を変える。


「基本はオリジナル。ロックからポップス、ジャズやメタル調の曲まで幅広い。全部リサ会長が作詞作曲してるらしい。だけど私はトレウラのカバーも好き。リサ会長が歌うトレウラは本物に匹敵すると思う」


 トレウラ信者ともいえるユリハ会長が認めるのだから相当なのだろう。ユリハ会長の言葉を、エリは聞き逃さなかった。


「トレウラの曲もやるんですか?今日もやるのかなぁ?楽しみになってきた」


「うん。リサ会長もトレウラが好きだから、ライブでトレウラのカバー曲をやることは多い。もしかしたら今日もやるかもしれない。それからトレウラに匹敵するって言っても、ホマレとはボーカルの質が全然違う。ホマレが『柔』ならリサ会長は『剛』のイメージ」


 ユリハ会長は叔母にあたるトレウラのベースボーカルのことをホマレと呼ぶ。ほとんど会ったことがないらしいから身内の感覚がないのだろう。ユリハ会長の説明は抽象的でいまいち分からなかったが、こればかりは実際に歌を聞いてみないと分からない。


 その後はエリとユリハ会長のトレウラ談義と音楽談義が盛り上がり、俺とケイガ、それにナナカは置いてけぼりになってしまった。

 ナナカの方をチラリとみるとナナカは、ぎこちなく微笑んだ。


「ナナカ。どうかした?」


「なんでもないよ。ただ、ライブハウスって、あたし初めてだから緊張しちゃって。怖いところってイメージない?」


 言わんとすることはよく分かる。


「あ〜、分かる。タトゥーとかピアスとかゴリゴリの兄ちゃん達がたくさんいて、タバコの煙がもくもくしてるイメージだよな。俺なんか、ライブハウスに限らずライブを見るの自体この前の新歓ライブが初めてだったし」


「そうなの?意外だね。ケイもケイガもライブ慣れしてるのかと思ってたよ。ギターだってうまいし」


 ケイガがそれを聞いて笑った。


「何言ってんだ。俺はともかく、ケイのギターはナナカのベースと同じくらいだろ?そのケイを上手いと思うならナナカもうまいってことじゃんか。まぁ、二人とも俺には及ばないがな」


 胸を張って言うケイガだって、俺やナナカと大して変わらないと思うが黙っておく。ナナカはおかしそうにプッと吹き出した。


「なにそれ。でも、ありがとっ。エリの言う通りかもしれない。ケイガみたいにもっと自分の演奏に自信持っていいのかもね。これから見るライブが何かのきっかけになったらいいな」


 そう言って一つ大きく伸びをした。何かが吹っ切れたような表情のナナカを見て俺は普段のナナカから感じる頼もしさを感じていた。


「だね。俺も何か得られるといいな。ユリハ会長の話だとリサさんっていうのは相当上手いみたいだし」


 ケイガが同調する。


「そうだな。俺は去年の文化祭ライブで観てるけど、抜群に上手いぞ。ジーアールの演奏もうまいけど、歌はちょっと次元が違うと思ったからな。そんな人が外で組んでるバンドなんだ。間違いなくすごいバンドだと思うぜ」


 ケイガがここまで手放しで誰かを褒めるのは珍しい。俺とナナカは顔を見合わせると、同時に吹き出した。


「なんだよ。俺だって良いものは良いって褒めるんだぞ?バカにしてんのか?」


 ケイガは自分がなんで笑われたのかちゃんと分かっている。もちろんケイガが本気で怒ってるわけじゃないってことくらい俺もナナカも分かっていた。だから余計におかしくて、笑いを止めることができなかった。

 ケイガもつられて笑いだすと、俺たちの様子に気がついたエリとユリハ会長が「何かあったの?」と尋ねてきた。俺たち三人は「なんでもない」と答えてはぐらかした。


 エリとユリハ会長は一瞬怪訝な顔をしたが特にそれ以上は尋ねてこなかった。


「ところで内田。お前のギターにトレウラのステッカーも貼ってある。トレウラに興味がないようなフリをして実はファンなのか?」


 突然、ユリハ会長がケイガに尋ねた。隣でエリも興味津々な顔をしているから二人は俺たち三人が笑い合っていた時、そんな話をしていたのかも知れない。


「あ?ステッカー?そんなもんあったかな」


 ケイガの答えはとぼけているのか本気で心当たりがないのか分からない。ケイガのギターにはたくさんステッカーが貼られているから俺にはどのステッカーがトレウラのものかイマイチ思いだせなかった。


「あるよあるよ!それに内田くんのギターってトレウラのカホのギターと同じモデルだよね?」


 今度はエリが興奮気味に言った。

 ケイガのギターはかなり高価なギターだ。プロのものと同じモデルなら納得だった。


「あ〜?そうなの?よく分かんねーけど、俺が使うにふさわしいギターってことだな」


 ケイガはいつもの調子でふざけている。


「え〜、そうなの?内田くんもトレウラファンならわたしもユリハ会長も大歓迎だったのに」


 エリもユリハ会長も残念そうだ。戦友を失ったような、あるいは同士に逃げられたような気持ちなのかも知れない。


「そんなもん知らねえよ。とにかくライブに行くんだろ?急がなくていいのかよ」


 ケイガはそう言って時計を見せた。

 ケイガの指が少し震えているのが気になった。

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