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『ロックミュージック研究会』  作者: たうゆの
4曲目 Ain't it fun
31/87

2.スティングレイ

 ナナカの欲しいと言ったベースは、ベースコーナーの一番奥に展示されていた。


「ミュージックマンだとこの三つがそうだよ」


 そう言ってあっくんが示した先には、似たような形のベースが三つ並んでいた。パッと見た感じ違いは色だけに思えた。あっくんによると、スティングレイ、スティングレイクラシック、スティングレイファイブというモデルらしい。よく見てみるとスティングレイファイブは弦が五本あった。


「それで、ナナカのお目当はどれなんだ?」


 ケイガが急かすように訊いた。


「うん。このスティングレイってやつかな」


 ナナカが選んだベースはボディが水色、ピックガードが白のベースだった。


「色もこのカラーが良かったんだ。この色があって良かった。あたしはこれにします」


 即決だった。もしかしたらスマホやパソコンの画面を見ながら散々悩んだのかもしれない。

 ふと値段を見るとSGの倍近い値段だった。値段で演奏の腕が決まるわけではないのは分かっていたけど、なんとなく悔しい。もちろん、俺が買ったSGだって俺たち高校生からしたら十分高いギターだ。


「ナナカ、一応弾いてみたら?いつも弾いてるのはパッシブのプレベだから少し感覚が違うよ」


 エリが俺の時と同じく試奏することを勧める。このへんは、長年楽器に触れてる人間ならではの意見なのだろう。俺にはイマイチ分からない。


「そうだね。じゃあ、これちょっと弾かせてください。って言ってもまともに弾けないかもしれないですけど」


 ナナカは気にしなくていいことを気にする。普段はどちらかと言うと勝気で、自信に溢れた振る舞いなのに、ことベースになると途端に自信をなくしてしまう。エリもそのことを心配していた。


 あっくんはナナカに言われて静かにうなずく。そして、すぐにアンプのセッティングからチューニングを済ませてナナカに水色のミュージックマンを渡した。ナナカは一息、深呼吸をしてからボリュームツマミを回しておもむろに弾き始めた。

 すぐには気がつかなかったが、ナナカは指で弾いていた。いつもはピックで弾いていた気がする。だからだろうか。少し演奏がぎこちないような気がした。

 ルート音で何小節か弾いたあと一気にスライドでハイフレットに移る。ナナカが普段弾いているベースよりも音に迫力を感じた。それは指で弾いているからというだけでなく、きっとミュージックマンというベース自体も大きく関係していると思う。


「すみません。ピックって貸してもらえますか?」


 ナナカがあっくんに言った。


「あれ?ナナカ、なんで最初に言わないの?いつもピックで弾いてるのにおかしいなと思ったんだよ」


 俺と同じ疑問をケイガが口にする。


「うん。指でも弾けるようになりたくて最近、練習してるから。でも、全然ダメだったね」


 そう言ってナナカは苦笑いをした。

 不慣れな指で弾くつもりだったから、わざわざあっくんにまで「うまく弾けない」と断りを入れたのだ。自信はないけど、自分のやりたいことを貫くというあたりはまだナナカのことを深くは知らないけどナナカらしいなと思った。


「でも、ミュージックマンって指弾きとかスラップの音にもすごくマッチしてるってネットで見て。最初はそんなこと知らずに形と色だけでミュージックマンがいいなって思ってたんだけど。ミュージックマン買うならあたしも練習して指でも弾けるようになりたいなって」


「だけど、ナナカ。どうしてミュージックマンなの?フェンダーとかリッケンバッカーとか色々あるのに。植村くんみたいに見た目だけ?」


 エリがどこか期待を込めた祈るような声で訊いた。


「うん。見た目がすごく好みってのもあるんだけどさ、一番はトレウラのベースの人がミュージックマン使ってたからかな」


 エリの祈るような声の理由がすぐに分かった。エリはこの答えを期待していたのだろう。


「そうなの?たしかにホマレはミュージックマンのスティングレイ使ってるけど。ナナカ、そんなにトレウラ好きだっけ?もしかして好きになった?」


「う〜ん、どうだろう。もちろん好きは好きなんだけど、エリとかユリハ会長みたいに熱狂的に好きっていう訳じゃないし。好きだから同じのを使いたいっていうより、あたしがこうしてベースを弾いたり、バンドをやるキッカケになったのがエリで、そのエリの音楽の原点にはトレウラがいて。っていうことはあたしの音楽の原点もトレウラな訳だから。上手く言えないし、何言ってるのか自分でも分からないけどそういうことかな」


 ナナカは照れ臭そうにそう言って笑った。

 ナナカは何を言ってるか分からないと言うが、要するにナナカはエリが好きなんだ。トレウラだったり音楽だったり、そういうもの全部ひっくるめてナナカのエリに対する敬意を感じた。エリの方もナナカを信頼しているのが普段のニ人から分かる。尋常じゃない信頼関係だ。

 このニ人に何があったのかは知らないが、友達になったのはここ一年だと言っていたから、それなりの出来事があってここまでの信頼関係を築いているのだろう。

 俺にそんな友達がいるだろうか、と思うと少し羨ましかった。この四人でそんな信頼関係で結びついたバンドを作れたらいいなと思った。


「俺は何となくわかるよ。俺がナビゲーターに拘るのも似たようなもんだしな」


 ケイガが真面目な顔で呟くように言った。

 ドキリとした。柄にもなく恥ずかしいことを考えていたから、ケイガの同意を俺の考えに対しての同意だと思ってしまった。だけど俺は声に出していないから、当然ナナカに対しての同意だ。


「どういうこと?」


 エリが小動物みたいに首を傾げていたが、エリの小さな声が届かなかったのかケイガはそれを無視した。無視されたと傷ついてしまうんじゃないかと少し心配になったが、エリの方も自分の声が届かないことには慣れているのか特に落ち込んだ様子はない。


「とりあえず、ピックでも試奏するんだろ?」


「あ、うん。そうだったね。じゃあ少し弾くね」


 そう言うと今度は指で弾いていた時よりもずっとスムーズにフレーズを奏でる。途中、『Minority』のフレーズも弾いていた。やっぱり、ナナカは自分で思っているよりもずっとうまい。

 弾き終えるとナナカは満面の笑みで「これにする」とあっくんに告げた。

 あっくんは、静かに頷いた後、アクティブがどうだとかシールドを挿しっぱなしにするとボディに入れた電池が消耗するからなるべく挿しっぱなしにして保管しない方がいい、とか俺の時よりも細かく説明をしていた。値段で対応を変えるのかと思ったが、ケイガに訊くとあっくんはベーシストなんだそうだ。だから説明に熱が入ったんだろう。


 ナナカは俺と同様、現金を持参していた。高校生にとっては大金だ。どうやって工面したのか訊くと自分ちの店を手伝ってコツコツ貯めたらしい。

 無事に気に入ったギターとベースを購入した俺たちはあっくんにお礼を言ってケイガの家を後にした。

 向かう先は学校だ。せっかく買ったのだからすぐに弾きたくなるだろうと予め決めていたことだった。ロミ研の部室でユリハ会長と合流する予定だった。

 ユリハ会長は土日も基本的にはロミ研の部室にいるらしい。


 最寄りの駅から学校までは歩いて十五分ほどかかる。途中、女子サッカー部が練習しているグラウンドの側を通りかかったとき、ミズキに声をかけられた。


「あれ?ケイ。それに、えっと、内田くんだったっけ?日曜日なのにこんなところで何してるの?」


 突然声をかけられたから一瞬、どこから声がするのか探してしまった。


「おう、ミズキ。と小山だっけ?部活か?」


 ミズキは部活紹介の日と同様に小山由紀こやまゆきと一緒にいた。


「うん。ケイ、ギター始めたって本当だったんだね」


 ミズキは信じられないという表情で言った。小山の方は軽く会釈をしていたが、俺とケイガの後ろを歩くナナカとエリを見つけるとそのまま固まってしまった。隣にいるミズキはそれに気付かないのか、構わず話し続ける。


「似合わないことやるもんだね〜。あ、内田くんと後ろの二人がバンドのメンバー?同中だったけど、話すのは初めてだよね。よろしくね」


 ミズキは丁寧に挨拶をした。さすが体育会系。

 ナナカとエリもそれに応じていたが、いつもよりも緊張感を漂わせていた。初対面なら当たり前なのかもしれない。女子同士というのは俺たち男には分からない複雑さがあるものだ。


「それで、ケイと内田くんがギターでしょ?ていうことは女の子のどっちかがドラムでどっちかがボーカル?あれ?でもそっちの子はギター持ってるからギターが三人?」


 ミズキが無邪気に問いかける。


「いや。えっと紹介も兼ねるけど、こっちの大きい方がナナカ。ベースって言ってギターに見た目がよく似た楽器担当だな。それで、こっちの金髪でちっこいのがエリ。ドラム担当。こう見えてうちのバンドではエリが一番うまいんだぞ」


「そうなんだ。ボーカルは誰がやるの?そういえばユキの友達で歌が上手い子いるみたいだからその子にお願いしたら?あ!!それから、まだ先の話なんだろうけどさ。もしライブとかやるんなら呼んでね。絶対行くから。……ね?」


 隣の小山に声をかけて初めて異変に気がついたようだった。


「あれ?ユキ、どうしたの?」


 小山は表情を一層強張らせていた。


「ミズキ、あの子達には関わらない方がいいよ。うち、先に練習行ってるね」


 そう言って小山はそそくさとグラウンドの方へ行ってしまった。あまりに不自然な小山の言動。

 俺は訳が分からずただ、小山の後ろ姿を目で追うことしかできなかった。

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