7.会長
わたしのスティック。レイカさんから新しく、今度はもらった大切なスティックがまた遠山さんの目の前にある。
思わず遠山さんの顔を見ると目が合ってしまった。遠山さんは無表情のまま視線をそらした。
「書き終わりました」
何かを記入していた一年生はそう言うと用紙を先輩たちに手渡してそのまま教室を出て行った。先輩たちはそれを目で追うと、今度はわたしたちの方に視線を向けた。
「どうも。入部希望者ですか?」
部長さんが言った。
「エリカ。それ、エリのだよね?」
ナナカは部長さんを無視して、遠山さんに向けて言った。声こそ落ち着いてはいたが、明らかに怒っている。
「だったらなんなの?」
無視されて肩を竦める部長さんをよそに遠山さんが答える。
「勝手に持ち出してどういうつもり?エリに返して」
「ちょっと借りただけじゃん。つか、あんたら軽音入るの?」
「あんたには関係ないでしょ?」
「この状況で関係ないって、本気で言ってる?馬鹿なのぉ~?」
確かにどう見ても遠山さんは軽音部の関係者。その佇まいはまるで幹部だ。
「知らないみたいだから教えてあげるぅ〜。うちの部にはぁ〜入部の条件があんの。入部希望出したら全員が軽音に入れるわけじゃねぇんだよ。うちら幹部全員の許可がいるの。分かるぅ?あんたらの入部はうちが絶対に許可しないから、あんたらは絶対に入部できないの」
遠山さんは、たっぷりと時間を使って、ゆっくりと厭味ったらしく言った。
「本当ですか?」
ナナカが遠山さん以外の先輩たちに向かって尋ねる。
先輩たちはしばらくお互いに顔を見合わせていた。仕方なくといった様子で部長さんが答える。
「入部の許可をするかしないかは置いておいて、僕らの許可がないと入部できないってのは本当だよ。練習場所や設備は限られているからね。たくさんの入部希望者全員をそのまま入部させるわけにはいかないんだ」
部長さんは申し訳なさそうな表情を浮かべている。どこか胡散臭く真意が読めない顔だった。
「そうですか。では、あたしたちは入部しませんので失礼します」
ナナカは深々と部長さんにお辞儀をするとそのまま遠山さんの元に詰め寄った。
「スティック、返して」
遠山さんは黙ってわたしのスティックを床に放り投げた。ナナカは一度遠山さんを睨むと、スティックを拾い上げて、それからわたしの手を引いて走りだした。
わたしは急に引っ張られてよろけそうになりながらもなんとか体制を立て直して、ナナカと一緒に走って三年B組の教室を出た。そのまま一階まで階段を駆け下りた。
途中、ニ人組の男子とすれ違った。どこかで見たことがある二人だった。
自分たちのクラスに戻るともう誰も残っていなかった。わたしは今起きている状況を飲み込めずにいた。
「ごめん、勝手に軽音部、辞退しちゃった」
ナナカが小さな声で謝る。
「ううん、どうせ入れなかっただろうし、やっぱり遠山さんと同じ部活は嫌だよ。それよりスティックありがとう」
そう言われて初めて自分がスティックを持っていることに気が付いたのか、ナナカは自分の手を二度見して、照れくさそうに微笑みながらスティックを差し出した。
「投げられちゃったけど、壊れたりはしてないよね?これからどうしようか。とりあえず、レイカさんのところ行く?」
ナナカはわざと明るい声で言った。さっきのわたしと同じ。無理にでも明るくしようという声だ。
「待って。実はわたしに少し考えがあるんだ。言おう言おうと思ってて勇気がなかったんだけどさ」
「ん?なに?」
ナナカは大人が子供にするように、少しかがんでわたしの顔を覗き込んでくる。
「うん。ロミ研ってあったでしょ?そこ行ってみない?」
「え?ロミ研ってロックミュージック研究会?いいけど、なんで?」
「実は部活動紹介のときから気になっててさ」
「どうして気になったの?」
「うん。あの紹介の時に流れた曲、トレウラの曲だった。それだけなんだけど、結構マイナーな曲であれを流すくらいだからあの会長さんきっとトレウラのファンなんじゃないかな?それにバンドに興味あったらおいでって言ってたし」
一所懸命説明する。ちゃんと伝わったかは分からない。
「そうなの?たしかに言ってたかも。それならちょっと行ってみようか。どこに行けばいいんだっけ?」
「たしか……旧校舎三階の空き教室だよ」
ナナカから受け取ったスティックをしっかりカバンにしまって、わたしたちは旧校舎へ向かった。
旧校舎三階の空き教室はいくつもあって最初はどこがロミ研の教室なのか分からなかった。
よく見てみると、各教室に手書きで『クイズ研究会』とか『ロボット愛好会』と書かれていた。それを頼りにロミ研を探すと一番端っこの教室にたどりついた。
『ロックミュージック研究会』と書いてある。
「ここだよね?」
ナナカがわたしに確認してくる。開けるのを躊躇しているようだ。
「たぶん……」
わたしも少し怖くなってきて声が小さくなる。
「じゃあ、入るよ」
「うん」
そういってナナカが扉に手をかけた瞬間、ガラッと自動ドアみたいに勝手に扉が開いた。そこにはわたしと同じくらいの背丈の会長さんが無表情で立っていた。
「入会希望?入って」
会長さんはそう言うとわたしの後ろに回って、背中をぐいぐいと押して教室に押し込んだ。不自然なほど強引だ。わたしたちは会長さんにされるがままに教室に入り、椅子に座らされた。
「よく来てくれた。私はロックミュージック研究会会長の佐々木百合葉。去年の三年生が卒業して、今、会員は私だけ。あなたたちが入部してくれるから三人になる。誰も来なかったらこのまま一年間一人になるところだった」
ユリハ会長は淡々とそう言ってわたしたちの手にねじ込むようにして入部届を渡してくる。
わたしはユリハ会長とどこかで会ったことがあるような既視感を感じていた。もちろん部活紹介の時に初めて見たはずなのだが、それよりもずっと前に会ったことがあるような気がするのだ。トレウラを流した一点だけで感じる親近感かもしれない。
「ちょ、ちょっと待ってください。あたしたちまだ入るとは……。ここは一体何をする部活なんですか?」
しっかり者らしくナナカは勢いに飲まれながらも、確認すべきことをしっかり確認する。
「うん。名前の通りロックミュージックを研究する。昔、もっと部員がいた頃はバンドを組んでライブをしたりもしてた。、近年は人が集まらない。誠に遺憾」
「そ、それじゃあ……バンド組めないんですか?あ、佐々木会長がギター弾けて、歌も歌えるならあたしがベースで、エリ……この子がドラム叩けますけど……」
「ユリハでいい。私は何もできない。聴き専。でも、問題ない。きっと入部希望者はたくさん来る」
「それじゃあ、ユリハ会長。あたしたちの前に誰か入部希望者は来たんですか?」
痛いところをつかれたのだろう。ユリハ会長はナナカの質問に答えられず黙ってしまう。
「来てないんですね……?それじゃあ去年までは結構人数がいたんですか?」
「私ともう一人だけ」
「えぇ……。それじゃあ活動らしい活動ができないじゃないですか」
ユリハ会長はいよいよ追い込まれた様子で下を向いてしまった。
「でも、去年、文化祭のライブには出た」
ポツリとユリハ会長がこぼす。
「え?なんですか?」
ナナカが確認するように問いかける。悪気はないだろうけど問い詰めてるように聞こえる。
「去年、うちの会長が文化祭ライブにボーカルで出た」
さっきよりもだいぶ大きい声だ。
「でも、一人じゃ出られないですよね?他のメンバーはどうしたんですか?」
「ジーアールのボーカル。去年までうちの会長がやってた」
「えぇ〜!!?ちょっと意味が分からないです。それならなんでその先輩は軽音部じゃないんですか?」
ユリハ会長は困ったように眉尻を下げる。
「詳しい事情は分からない。けど、出たのは事実」
ナナカもそれ以上は食い下がろうとせず、大きく深呼吸をした。
「あの……」
わたしは勇気を出して訊きたいと思っていたことを訊くことにした。
「部活紹介で流してた曲、あれってトレウラの曲ですよね?ユリハ会長はトレウラが好きなんですか?」
ユリハ会長は少し黙った後に静かに言った。
「私はトレウラのベースの各務穂希の姪。もちろんトレウラはどのバンドよりも好き」
思いもよらない返答に時間が止まったような気がした。




