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『ロックミュージック研究会』  作者: たうゆの
1曲目 Anarchy in the UK
2/87

1.不良くん

 ついこの前夏休みが始まったばかりだと思っていたのに、あっという間に八月も半ばに差し掛かろうとしていた。つまり夏休みも半分以上が過ぎてしまったということだ。


 俺は相変わらずカフェでダラダラ過ごしていた。俺が産まれる前に親父が始めたこのカフェでボケーッとすることが日課になっている。ボケーッとできるのは客が少ないからだ。


 母さんが本格的に入院して以来、親父はあまり店に顔を出さなくなった。つきっきりの看病だ。

 母さんは元々体が弱く俺を産んだのも命がけだったという。だからかどうか知らないが俺は一人っ子だ。俺を産んでからも決して丈夫ではない体で育児と親父の店の手伝いをしていた。

 そんなある日。俺が小学校五年生の時だった。母さんは急に倒れた。子供の俺に詳しい理由は聞かされなかった。子供ながらにもう二度と母さんに会えないかもしれないと思った。俺の持っているものならなんでも差し出すからと大切なおもちゃを差し出して母さんを連れていかないでくれと神に祈った。

 そのおかげってわけではないだろうが、母さんは一命をとりとめた。だがその日以来、母さんは家に、そしてこの店に帰って来ていない。


 あの時から四年。一時は命の危険まであると言われていたけど、ここ最近の母さんは入院こそしているが小康状態を保っている。それなら少しは看病から離れて店の方に顔を出しても良さそうなものだが親父が母さんから離れることはなかった。母さんがもしかしたら死んでしまうかもしれないと怯えたあの時を思えば仕方ないと思う。


 どうでもいいことだが、親父はこの店のことを頑なに『喫茶店』と呼んでいる。古臭い気がして俺はずっと『カフェ』と呼んでいる。中身は一緒だ。


 親父が店に来なくなってからは、親父と母さんの幼馴染のアヤさんという女性がパートで来てくれるようになった。パートというのは名ばかりで月曜から金曜までみっちり来てくれる。親父が始めた店だが、今やアヤさんの店のようになっている。

 そんなアヤさんも土日は家族の世話があるから来られないこともある。そんな時はは俺がメインで店に立つこともある。

 月曜日から金曜日は必ずアヤさんがいてくれるから無理に店に立たなくてもいいことになっている。それでも俺は店に来る。そうやって毎日店に来ると自然と友達はできなくなっていった。どんな誘いも店を理由に断るからだ。俺とまともに話してくれるのは幼馴染の樫村みず希(かしむらみずき)くらいだ。


 母さんが退院できないのは俺が悪いのだと思っている。


 しっかり働いた日は店からバイト代を貰うことができる。その査定をするのもアヤさんだ。アヤさんが俺の働きぶりを親父に報告して、親父がバイト代をくれる仕組みになっている。


 アヤさんは親父や母さんと同い年とは思えないほど若々しく美人だ。今やこの店の客の多くはアヤさん目当ての客だ。

 アヤさんのほかにミズキが手伝いに来てくれることもある。本当にたまにしか来ないミズキを目当てに来る客もいるにはいる。あいつはなぜかお年寄りに受けがいい。


 そんなことを考えていると店の入口の扉が開く音がした。一瞬ミズキかと思ったが俺の予想ははずれた。俺とそう年が変わらないだろう少年が店に入ってきた。


 髪は短髪。髪の色は白に近い金髪だった。純和風の顔の作りから地毛ではないだろう。染めてるか脱色しているかのどっちかだ。

 なにやら英語が印刷されたTシャツにダボッとしたハーフパンツを履いていた。腕になにか模様のような物が見えたような気がする。タトゥーかもしれない。

 とにかくパッと見で分かる不良だった。


「この店やってんの?」


 ぶっきらぼうで不躾な口調。あまり関わりたくない人種だ。


「ねぇ、やってんの?やってんなら席通してよ」


「あ、すみません。好きなところに適当に座っていいですよ」


 同い年くらいのやつに敬語を使うのは少し躊躇われた。だけど一応客だ。


「あれ?お前しかいねぇの?お前バイトくん?中坊にしか見えないけどバイトとはえらいな。じゃあ適当に座るわ。この店見た感じ古き良き喫茶店って感じだし、タバコ吸えるよね?」


「え?あ、ここは親父の店で。今はいないけど。タバコは……吸っていいよ。分煙とかにはしてないから」


 カチンと来る。「お前も俺と同じくらいの中坊にしか見えないけどな」と思ったが口には出さなかった。

 それにしてもこいつ、どう見ても未成年なのにこんなに堂々とタバコを吸うのか。まぁ、こいつのいかにも不良ですみたいな見た目からしてタバコを吸っていてもなにも不思議ではないが。むしろ似合ってすらいる。

 ちなみに俺が通っている中学には俺が知る限りタバコを吸ってるやつはいない。積極的に知ろうともしてないが。


「サンキュー。涼しいとこで吸いたかったんだわ~」


 そう言うと窓際の四人掛けのボックス席にドッカリと座り、早速ポケットから出したタバコを吸い始めた。


「あ、そうだ。水ぐらいは出してくれんでしょ?俺、すげぇ喉乾いたんだけど」


 もくもくと気持ちよさそうに煙を吐き出しながら不良くんが言った。不良くんの声に散らされるように煙が拡散する。


「えっ?え~と……。まぁ、うん……」


 俺はあいまいに頷いた。

 どう対処していいか分からない。この店に来る客は基本的におじさんおばさん、下手したらおじいさんおばあさんばかりだ。若い客が全くないわけではないが、こんな見るからにヤンキーな客は初めてだ。


「ちょっと待っててください。今、用意しますから」


「お、わりぃね。じゃあ頼むわ」


 俺が水の用意を終えて不良くんの座るボックス席に持って行ったとき、不良くんは一本目のタバコを吸い終えるところだった。


「どうぞ」


 それだけ言ってテーブルに水を置いた。


「サンキュー。そうだ。今お前暇?他に客もいなそうだし暇だよな?」


 不良くんはそう言うとテーブルをはさんだ向かいの席を指差してにっこり笑った。うんうんと頷いている。座れということらしい。

 今日は特にすることもなくボケッとしているだけの一日になると思っていた。どうせ客はほとんど来ない。あまりの退屈さに憂鬱になっていたところだ。だからこの不良くんの誘いに乗るのも悪くないと思った。


「まぁ、暇といえば暇かな……」


 あくまでもしぶしぶという態度をとろうと思ってゆっくり不良くんの向かいの席に座った。本当はむしろ嬉しいくらいなのにそんな姿を見せるのはなんだか恥ずかしく思えた。


「お前、俺と同じくらいの年だよな?」


 そう聞きながら不良くんはタバコを一本俺に差し出してきた。箱から一本飛び出した煙草に目をやる。


「えっと、俺は中三。君は?……あ、タバコは吸わないからいいよ」


「あ、そうなの?俺も中三。じゃタメか。あれ?でもこの辺で見かけたことないな。俺は最近来たばっかだから当たり前かもしんねぇけど」


「そうだね。俺も君のこと初めて見かけたよ。俺の場合はこのに店いることが多いし学校以外で外にはあんまり出ないからかもね」


「マジで?お前毎日この店にいんの?親父さんの奴隷か何かかよ」


「母さんがね。入院してるんだ。親父はそっちにつきっきりだから、俺がこの店何とかするしかないんだよ」


 だいぶ盛って話している。本当はアヤさんに頼りっきりだ。でも同い年の不良くんには見栄を張りたくなる。


「おい、マジかよ。じゃあ、親父さんに代わって実質お前がマスターみたいなもんか」


「そういうことになるね」


 飲み込みが早い。どうせ頭の悪い不良だと侮っていたのもあるが、俺はこの不良くんが見た目よりもずっと頭の回転が速いことに驚いていた。


「俺は嫌だったんだけどね。家族と生活のために仕方ないんだ」


「なるほどね。お前も大変なんだな」


 俺は「母さんが入院している」と言ったときの相手の反応が大嫌いだった。憐れむような目。それでいてその憐れみを俺に悟られまいと何事もないように気まずそうにするあの態度。俺はいつもなるべく深刻な雰囲気にならないようにかつ、相手にそれ以上の詮索をさせないように淡白に伝えるようにしている。

 嫌いなくせに試すようにそう話して相手の反応を伺うことがあった。今がまさにそうだ。


「そうか、俺と似てるな。つーか、お前さ。家もこの辺だろ?そうすると中学は南中だよな」


「え?うん。この辺ていうかこの店の二階が家だよ」


 不良くんがあまりにもあっさりと話題を変えるものだからいつもの反応がくると身構えていたのに肩すかしをくらった。嫌な気分は全くしなかった。

 この不良くんも自分に向けられる憐れみとか同情が嫌いなのかもしれない。なんとなくそう思った。だから俺も不良くんが言った「似てる」という言葉には全く触れないことにした。


「とりあえずさ、南中行ってみねぇ?どうせお前暇だろ?面白いもん見せてやるよ」


 店を空けて出て行くことに抵抗がなかったわけではない。でも何故だかこの不良くんのことをもっと知りたいと思いは始めていた。


「そうだね。暇だし面白いものっていうのも気になるよ。あれ?ていうか君は南中じゃないの?」


「ん?俺?分かんねぇ。最近越してきたんだよ。俺が何中に通うかは父さんに訊かねぇと分かんねぇけど、お前が南中なら俺も南中がいいわ。昨日もこの辺ぶらぶらしてて南中に寄ったんだよ。よし、じゃあ早速南中行くか」


「そうなんだ。うん、じゃあ行こうか」


 一瞬、アヤさんに連絡してからの方がいいかもしれないと頭をよぎったが、無責任にもアヤさんはすぐに来るに違いないと思うことにした。


「おう。ところでお前、名前は?」


「ケイ……植村啓うえむらけいだよ」

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