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電磁波シールドの盲点

作者: 坂口正之

小太りな男の放ったショットがホールに吸い込まれると、グリーン上にいる二人の男は、声を合わせて言った。

「ナイス、パー!」

「なにもかも先生のお陰です。こんなにうまく行くなんて…」

もう一人の男が、さらに続けた。

「そのとおりです。前々から私も個人的には思っていたのですが、なかなか信頼できるデータも無くて、これまでの先生の研究成果やアイデアには、本当に感謝しています」

「感謝もなにも…、私はひとりの研究者として研究成果を発表して、ついでにちょっとアイデアを出しただけであって…、まあ、結果的にこうなったのも、皆さんが頑張った成果ですよ…」

そう言うと、小太りな男は満面の笑みを浮かべた。

国内屈指の格式を誇る有名ゴルフコースのグリーン上にいる男たちは、医学部教授、カツラメーカー社長、化学会社専務の三人であった。

この三人の関係を説明するには、まず、小太りな医学部教授の研究テーマから説明しなければならない。

教授の研究テーマは、『携帯電話電波の脳に与える影響に関する研究』であった。

電磁波の範囲は極めて広い。ラジオやテレビ放送に使われている電波も電磁波であるし、目に見える光も電磁波である。さらには、レントゲン撮影のX線や放射線のγ線も電磁波である。

これら電磁波の違いは、基本的にその周波数が異なるだけである。

その電磁波が、場合によっては生体に悪影響を与えることは、誰でも知っている。

例えば、X線やγ線を多量に浴びれば放射線障害になるし、夏の海や雪山などで紫外線を多量に受ければ日焼けしてしまう。

教授が注目したのは、携帯電話だった。携帯電話は電波(電磁波)を使って通信を行う訳であるから、当然電磁波を出している。そして、その電磁波が最も浴びせられているのが、携帯電話に近い位置にある耳、口、そして頭。すなわち脳なのである。

携帯電話の通話時には、脳は電磁波を浴びてしまうが、果たして脳に対して悪影響はないのだろうか?

これが、教授の研究テーマだった。

教授は、携帯電話で使用されている波長領域の電磁波を長期間に渡って、多数のマウス、ラットなど実験動物に浴びせ続けたのである。

その結果、希に脳腫瘍が発生することを見出し、発表したのであった。

当然、マスコミはその結果に飛びついた。教授の研究報告を引用し、携帯電話の使用が脳腫瘍の誘因となることをセンセーショナルに取り上げたのであった。

世の中に不安が広まったが、携帯電話がこれほどまでに普及し、人々の生活に密着したものとなった現状では、今さら誰も手放すことは出来なかった。

手放すことが出来なければ、どうすれば良いのか?

その解は簡単で、脳を電磁波からバリアすれば良いのである。

どうすればバリヤ出来るのかであるが、電磁波シールドしてしまえば良いのである。

電磁波シールドとは、通常は、導電性の金属の箱に入れたり、金網でくるんでしまうことにより行われ、これにより、電磁波は透過できなくなる。

実際に電子レンジなどは、電磁波がレンジの外に漏れることは大変に危険であるため、金属の箱や金網を使って電磁波をシールドしている。

しかし、携帯電話の場合は、電話機を電磁波シールドしてしまっては電波が届かず通信が出来なくなってしまうから、これは対策に成り得ない。

このため、携帯電話機メーカーは、電話機の耳に当てる側には導電性の材料で電磁波シールドすることにより、携帯電話からの脳への直接的な電磁波暴露を避けるようにしたものの波動には回折する性質があり、頭の方向への電磁波を遮蔽したとしても、少なからずその裏を回って電磁波は伝わってしまうのであった。

つまり、完全に脳を電磁波からバリアするには、脳をシールドしてしまうことしかなかった。

問題は、どうすれば脳をシールドできるのかであった。

完全な電磁波シールドとはならないが、一つの案として、金属などで出来たヘルメットをかぶる方法が提案された。しかし、実生活において、電話をする度にヘルメットをかぶる訳にはいかなかった。

ここで、その解決方法を提案したのも、その教授だった。

カツラの使用である。導電性のカツラをつければ良い。そのアイデアは、教授から最大手のカツラメーカーに持ち込まれた。

次の問題は、導電性のカツラと言っても、現実にどうやって導電性にするのかであった。

ここでも教授は、一つの提案を行った。それは、炭素繊維の利用であった。

炭素繊維は、炭素で出来ているため導電性に優れている。また、髪の毛のように繊維状であり、その太さや長さも自由にコントロールできる。

このアイデアも教授から炭素繊維を作っている大手化学メーカーに持ち込まれ、三者による共同研究開発が始まった。

約二年の歳月が必要だった。

完全とは言えないまでも、脳に到達する電磁波を数分の一以下に抑制することが可能になったのである。

やはり、苦労したのは炭素繊維を髪の毛のような風合い、色つやにすることだった。とにかく、三者の協力によって開発された携帯電話電磁波シールド用カツラは『シールダー』と名付けられ、大々的に売り出されたのである。

携帯電話による脳腫瘍の発生が懸念され、多くの国民が不安を抱いていたところに、その対策案が提示されたことは大きかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


三人は、最終ホールの上にいた。

カツラメーカー社長が言った。

「いや、先生のアイデアには敬服いたします…。ヘルメットや帽子なんかじゃ、いつもかぶっていられないのですが、カツラに目を付けるなんて…。カツラだったら目立たないですし、つけているかどうかもそう簡単には分からない。それに、その場の状況に合わせてヘヤースタイルを変えることも出来る。こんなにうまい話はないですよね…」

「いや、いや、私のアイデアより、いい炭素繊維を開発してくれた専務の方が…」

教授は、ぷっくりと膨れた腹に手を置いて、専務の方を見た。

「とんでもありません先生…。うちは、最近売り上げが伸び悩んできた新素材を新たな用途拡大でなんとかしようと思っただけで…。でも、うちの研究者からは怒られました。これまで、軽量化しろとか、弾性率を上げろとか言っていたものが、突然、そんなことはもう良いから髪の毛の風合いに似せろと言い出した訳ですから…。ずいぶん、彼らには恨まれました…。まあ、結果的にはうまく行ったので良かったのですが…」

実際に、シールダーの売れ行きは凄かった。

シールダーでシールドしないと脳腫瘍の危険性があるとのことで、多くの人が購入していた。特に、携帯電話を頻繁に利用する若い人ほどシールダーをつけ、また、何種類ものシールダーを揃え、色々な髪型を楽しんでいた。

今では、若い人の間では、シールダーによって、時と場所に合わせて頻繁に髪型を変えることも当たり前のようになっていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


教授はパットに向かいながら、ひとり思っていた。

「こんなにうまく行くとは、予想外だったよ。携帯電話の電波で脳腫瘍になるなんて、私の全くのでっちあげで捏造データなのに、みんな信じるなんて…。だいたい、こんな話はマスコミがしっかりした調査もせず、面白可笑しく騒いでくれるのだから…。なんでこうも世の中バカなやつらばかりなんだ…。カツラメーカーからは、実用新案の手数料がたんまりと入ってくるし…。まあ、それより一番嬉しいのは、私のようなハゲオヤジがカツラをつけていると、何となく違和感があって、いかにもカツラだっていうことがバレてしまって、これまで恥ずかしい思いをしたが、今は、ハゲじゃなくても多くの人がカツラをつけるようになったから、ハゲでカツラをつけているのか、電磁波シールドのためにつけているのか、分からなくなったことだ…。私も、本当に良いアイデアを思いついたものだ。カツラをつけていても、ハゲだということがもうバレなくなったんだから…」

教授がもう一度含み笑いをした時、社長が言った。

「若い人からは、茶髪や金髪のカツラも欲しいと言われましてね…。炭素繊維じゃ黒しか出来ませんから、今、専務のところで炭素繊維に代わる新しい素材を開発してもらっているのですよ…」

「ええ、基本的に導電性の素材なら良いわけで…、色々研究しているのですが、なかなか他の色で髪の毛に近い風合いのものは、出来ないですね…」

専務がそう言った時、西の空に低く立ち込めていた鉛色のぶ厚い雲が、さらに大きく広がり、周辺を夕暮れのように薄暗くしていた。

突然、冷たい風が吹き抜けて行った。

「こりゃいかんですね、雨がきますよ。こんなに急に暗くなって、嵐にもなりそうな雰囲気ですね…。早くあがって、ゆっくり温泉につかって、一杯といきますか…。今日は、ちょっと鄙びていますが、とても落ち着いた、とっておきの宿を用意していますから…」

そう社長が言って、にやりとほほ笑んだ時だった。

鋭い閃光とともに辺りを劈く大音響が轟いた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


警察官がゴルフ場のマネージャーとともに現場を確認していた。

十七番ホールの上でマネージャーが言った。

「ここです。ここで三人が倒れられて…」

「じゃ、打たれた場所はここですね?」

「ええ、そう思います…。打たれた三人の様子は?」

「一人は直接打たれたようで、即死の状態でした」

「そくし…」

「ええ、ハゲ…、いや髪の毛の無い方です」

「あとの二人は?」

「直接打たれてはいないのですが、近くにいたせいで今も意識不明です」

「うちのコースでは、これまで落雷の被害は一度も無かったものです。まして、プレー中のお客様に落ちるなんて…、どうしてこのようなことに…」

マネージャーは、がっくりと肩を落として、うつむいた。

「あっ、なんだ、これは…」

警察官は、自分の足下から焦げたような真っ黒な毛がたくさん絡みついたグレープフルーツ大の固まりを取り上げた。

もちろん、それを少し調べれば、何本もの炭素繊維が集まって出来た導電性のもので、頭につけた場合には極めて落雷を呼びやすいものであることくらいは、直ぐに分かるのだが…。

(おわり)


このネタ(携帯電話からの電波が人体に悪影響を与える)は、以前から考えていたものですが、最後のオチをどう付けようかずっと悩んでいたものです。もちろん、個人的に携帯電話の電波が人体に悪影響を与えるとは、決して思っていません。

今回は、このようなオチにしましたが、本来、完全な電磁波シールドとするには、金網でも良いのですが導電性のもので包んでしまう必要があります。このため、導電性のカツラを頭に被ったとしても、十分なシールドとならないことは事実です。

それはそれで、まあ、このような小説ですから許していただきたいのですが、それ以前に、そもそも、頭の上に金属などの導電性のものがあってもなくても、被雷のリスクは変わらないようなデータが近年明らかになっているとか…?

雷は背の高いものの方に落ちるリスクが高いことは間違いないと思いますので、同じ高さであれば導電性のものの方がとも思いますが、どうなんでしょう?

とにかく、科学的にオチが成り立たなくなってしまうと困りますが、科学的に完全に否定される前に書いてしまえば問題ないかと…。弁解じみて申し訳ない。

なお、導電性のカツラ材料として無機物質の炭素繊維を利用しましたが、有機物質の導電性ポリマーを使った方が人体への馴染みがよさそうですっきりしたかもしれません。

ただし、本作品は2001年(平成13年)8月12日に作成したもので、当時は、白川英樹博士が導電性高分子化合物の研究で2000年にノーベル化学賞を受賞した直後でしたが、繊維状にして使用するような思い付きがなかったものです。

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