試練 【胎竜】
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竜。
第一世界に生息していた上位存在。その外見は爬虫類のようで、ドラゴンという空想上の生物にも酷似している。
巨軀、圧倒的な魔力、天性の魔法。戦闘向きの気性に種族特性。
生態系の頂点であり、空の王とも。全世界最強の一角である。
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その竜は、灯りのない広い空間で伏せている。
何故、伏せるのか。
伏せる以外の体勢が取れないから。
何故、伏せる以外の体勢が取れないのか。
奇形だからだ。
腕はない。左腕は生まれつき持たず、右腕は腐り落ちた。
脚はない。低級の、竜とは比べ物にならない魔物に喰い千切られた。
翼は生えている。だが捩れ、歪んでいて飛ぶことはできない。
尻尾は生えている。だが動かすことが出来ない。神経が繋がっていないから。
口もある。牙もある。だが誕生してからの五年間、何も口にしていない。
目はある。だが何も見えない。潰されたのだ、自分を産んでくれた母に。
竜は完全な暗闇だった空間に光が差したのを感じ取る。それと同時に、3つの生命も。
竜は涙を流して喜んだ。
――母さん、父さん見ててね
――僕だって一人でご飯を獲ってこれるから
――だから、だから。僕に愛を頂戴?
彼は飢えている。肉に、水に。そして愛に。
◆◆◆◆◆
鉄製の重厚な扉が開かれた。僕たちは緊張と不安を抱きながらも、戦意を滾らせて一歩ずつ進む。
「じゃァ…いつも通りで」
「はい」
「ほんっとにヤだなぁー。何でこんなことになったんだろ〜ね?」
アンスリが僕を恨めしそうな目で見つめる。確かに試練は僕に課されたモノで君たちは関係ないんですけどね。
僕たち、運命共同体でしょー?そんな冷たいこと言わないでよォ?
「その分美味い飯食わせ……」
「……」
今回のボス部屋は今までで一番の大きさだ。学校のグラウンドほど広く、天井も10メートルは超えている。やはり今までで一番大きい。
当然だ。試練の主が今までで一番大きいのだから。
ソレは蛇のようだ。腕も足もなく、細長い。
ソレは竜のようでもある。頭部には角が一本、背には奇妙な形の翼。口から鋭い牙がはみ出し見える。
ソレは巨大だ。体高は3メートル程で全長は6、7メートルはある。
ソレは白い。そして赤い。白い皮膚から血管が透けて見えるからだ。
「竜……」
ラナンが呆然と見上げながら呟く。
――キュィィィィー!
竜が甲高い声で鳴いた。それと同時に、竜の白い皮膚が赤い線が走る。透けて見えていた血管ではない。連想したのは、アンスリの肌に刻まれていた法。
「…嘘でしょ」
竜の魔力が急激に高まっていくのを感じ、寒気が僕を襲う。あれほどの魔力が込められた魔法が発動すればどうなるのか。
結論を出す前に僕の身体は動き出す。阻止しなければならない。
だが、遅かった。
――『地抉る竜爪』
三日月が降り注いだ。
右から。左から。上から。絶え間なく。
僕の脳は一瞬で切り替わった。今はただ、生き延びる為に全力を尽くす。
脳は生命の危機に反応し加速する。身体は本能に従い無意識に最適解を選ぶ。
転がり、跳び、しゃがみ、時には剣で弾いた。それでも被弾は避けられない。脚に一回、背中に一回、その他諸々、全身傷だらけで血も結構流れた。
「これが上位存在ッ!馬鹿げてんなァ!」
今のは魔法だろう。降ってきたのは月じゃない。爪だ。魔力で造られた竜の爪。三日月のように青白く光を放ち、湾曲している爪。
問題はコレを連発してくるか。コレ以外にどんな魔法を持ってるかだ。
見る限り近接は得意では無さそう。まあデカいってだけで脅威か。
「ラナン、アンスリ!傷はァ!?」
「軽く!戦闘に問題はないです!」
「…痛い」
二人とも生きてるし大した傷はなさそうだ。それなら、今すぐに殺しに掛かりたい。
コイツがどんだけ魔法を使えるのかは知らないが、長期戦はキツいだろうら、短期決戦…全力で攻める。
――キュィイァァアア!!
咆哮。
不愉快な高音が頭に響いた。そして遅れて、竜の魔力がこの空間に満ちていく。
「また魔法が来ますッ」
ラナンが警告を発する前から何となく、魔法の発動を感じてはいたけど、信じたくなかった。
冗談なら良かった。けど数秒後には現実が降り掛かる。
――『地抉りの竜爪』
またしても、三日月が殺しに来る。
一本一本の大きさもかなりのもので、大体1メートル。数えるのも馬鹿らしいくらいの数。そんなモノが降り注ぐ。攻撃なんて考える暇もない。
とはいえ、ただ闇雲に避け続けている訳じゃない。
爪を避けながら一歩ずつ、確実に近付いている。
真上から一本を走って回避。
左上から二本、同時に右上から三本の爪が、囲むように降ってくる。左の二本は紙一重で避け、右のは剣で二本弾いた時点で腕が痺れ、最後の一本は避けきれずに肩を負傷する。
背後から、真横から、死角から。
加速し続ける思考は、いつ限界を迎えるのか僕にも分からない。既に脳の処理は追い付かず、熱と頭痛が発生している。
限界は近い。
「……止んだなァ、爪」
雨のような激しい攻撃がようやく止んだ。僕は荒い息を整えながら回復薬を飲み、体勢を整えながら殺意を研いだ。
もう魔法は使わせない。今すぐあの首を斬り落とす。
「トキさん、同時に攻めて!お姉ちゃんは距離を保って魔法!」
ラナンが指示を出した。僕とアンスリはそれに従い、迅速に動き出す。
最初に動いたのはラナン。それに続くように僕も駆け出す。そして竜に一番近かったのは僕。
「ッ!」
僕は竜の背に跳び乗り、着地。不安定だが踏み込むには十分の硬さ。
――キュィィイイッ!!
竜は不快感を示すように鳴いた。白い皮膚の赤い線が光を放つ。鳴き声は魔法発動の合図だ。
だが、それよりも。僕の剣の方が速いッ!
「ぉッらぁア!!」
最速で、最大の魔力を込めて僕は剣を振るう。竜の首は両断され、血を吹きながら落ち、塵になって消える。その筈だった。
現実は違った。
剣は竜の首に少し食い込むに留まる。血は流れているが、どう考えても致命傷には程遠い。
殺せなかった。つまり、魔法が来
――『森伐の竜尾』




