試練 【月の獣】
部屋に一歩踏み入ると、松明に火が灯り暗闇が晴れた。松明だけでこの明るさは不自然だが、まぁ良い。
とても大きい部屋だ。広さは学校の体育館くらいはある。天井は10メートルほどの高さ。
そしてその中心に、怪物が立っている。
ソレは二足歩行するヒキガエルのような姿で。
ソレは2メートルは超え、力士のような肉付き。
ソレは灰色で、ブヨブヨとした皮膚。
ソレは目が無く、目の位置にはピンクの触手が蠢いている。
ソレは手に怪物と同じ程の大きさの槍を持ち、暗く黒い魔力を纏っている。
「p"y"a"」
怪物が奇怪な鳴き声を放った瞬間、空気を引き裂く音が背後から聞こえた。
ただの勘ではあったが、僕は右に跳んだ。そしてそれは正解だった。
左脇腹に違和感を感じる。熱くて、喪失感とでも呼ぶべき感覚。
見ると、僕の左脇腹は削れていた。血が流れ、赤く染まり、少し欠けている。
止血。いや、無理だ。その隙に殺される。今は観察と回避に専念。隙を見て回復薬を使う。
一瞬で判断を下し、行動する。冷たく、鋭く、思考が加速していく。
剣を担ぎ、脇腹を押さえながら走り出す。
「p"y"a"ー!」
鳴き声。そして空を裂く音。
背後の魔力が急激に高まるのを感じ、全力で駆ける。そしてすぐ僕のいた位置に槍が出現したのを確認する。
あれがさっき僕の脇を削いだ技で間違いない。魔術か魔法か知らないが、分かるのは喰らうとヤバいことだけ。実際あの時横に跳ばなかったら腹を突かれて致命傷だっただろう。そう思うと冷や汗が噴き出す。
相手の技は割れてきた、あとは隙を見て回復。そして斬り殺す。
「p"y"p"y"ッ!」
顔の触手がうねうねと動き、謎の液体を撒き散らす。とても気色悪い。今まで見たどんな魔物よりも冒涜的で、常識から外れた外観をしている。
『■■■■ァ■■ッ!!』
喉に魔力を込めて咆哮すると、自分でも驚くほどの声量が出る。怪物は怯んだように硬直した。
その隙に、ポケットから回復薬の瓶を取り出して蓋を開け飲み干す。
空いた瓶を投げつける。怪物は槍で叩き落とした。
回復薬の影響か身体が熱くなり、脇腹がぐちゃぐちゃと音を立てながら再生を始める。アドレナリンのお陰か痛みは感じない。むしろ気持ちいいくらいだ。
傷は数秒後にはほぼ元通りに治った。これで心置きなく殺し合える。
両手で剣を握り、一気に距離を詰めていく。
「p"y"!」
眼前で魔力が急激に高まり、一瞬で槍が出現する。ギリギリで反応し、頭を傾けるが避けきれず、頬が切り裂かれる。
流れる血を舐めとり、怪物を睨みつける。
止まらず、更に勢いをつけ走り出す。間合いまで残り4メートル。
相手は槍でこっちは剣。リーチは劣っている。力と技量は不明。体格もこちらが下。
勝てるか?
いや、勝てる勝てないじゃねぇ。
殺す。
それだけを考えろ。それ以外は邪魔だ。ただ僕は全力で、一撃で殺す気概で剣を振るえば良い。
「p"y"gg!」
ビュンッと音が立つほどに速い突き。身体を逸らして躱すが、避けきれず肩に浅いのを一撃受ける。
怪物はそのまま槍を横に薙ぎ払う。滑り込むように下に潜り、槍を避け、剣を構える。
とても低い、しゃがむような姿勢で構える。剣は大きく重い。連撃は狙えない。だから、一撃で決める。
「シャッアァアッ!!」
一歩踏み出しながら剣に魔力を全力で込め、振るう。遠心力を乗せた大振り。
怪物は跳躍し避けるが、僕の振るった剣は怪物の足を斬り落とした。怪物は足から青色の血液を撒き散らしながら落下し、片足で着地する。
「……p"…p"、p"」
耳障りな汚い高音の鳴き声。顔の触手が忙しなく蠢き、灰色の皮膚が波打つ。
斬り落とした足の断面から、青い血が流れ出ている。
「『■■■■……」
怪物は聞き取ることの出来ない言葉を、下を向きながらぶつぶつと唱え始めた。
嫌な予感がする。
あの雰囲気はどこか、僕が英雄特権を使う時と似ているように感じる。
「■■■■』」
そして怪物がこちらを向いた時、寒気が僕を襲った。
アイツの魔力が跳ね上がり、しかも別の魔力が混じっている。僕の英雄特権と同じようだが、違う。格が
、違う。
「『■■■』」
ムーンビースト。そう聴こえた瞬間。
僕は床に倒れた。
自分から倒れたわけじゃない。何か、圧倒的な力で押さえつけられている。押し潰されそうなほど、骨が軋むほどに強い力。
直感でしかないが、これは……重力?
「p"…kya!kya!」
怪物がゆっくりと近づいてくる。聞こえる鳴き声は、まるで僕を嗤っているようだ。
「クソッがぁ…!」
何とか力に逆らい、顔を上げる。視界に映ったのは、槍。
回避が頭に浮かんだ頃には頭を槍で叩かれ、額を強く地面に打ちつける。
「kya!kya!kya!」
全身を槍の穂先で突き刺される。だが致命傷ではない。アイツが加減しているからだ。
血がどこからも溢れ、全身が赤に染まる。少しずつ再生は始まっているがそれ以上に血が流れる。
痛みと屈辱を感じつつも、僕の頭は回る。
コイツが僕と同じ英雄だとしたら……この力が英雄特権によるものだとしたら……!
「kykyaa!!」
僕にだって、使える筈だ……!
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『祝福を受け入れるか?』
『試練を乗り越えられるか?』
『英雄を殺し、自分こそが神に愛されるに相応しい英雄だと、証明できるか?』
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「祝福を…受け入れる!試練を乗り越える!英雄も殺して!証明するッ!」
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『よろしい。では、授けよう』
『時を測り、魔を誅し、星辰を正す者よ』
『戦いに狂い、血に酔い、破滅をもたらす者よ』
『神を愛し、神を殺せ』
――――――――――――――――――――――――
「『英雄特権:祝福昇華』ッ」
「『闘争本能』『狂身狂霊』」
立ち上がる。身体は重く、鈍重だ。一歩ずつ、一歩ずつ進む。
「p"y"!?」
怪物は槍を突き出す。その刺突は、今の僕にはとても遅く見えた。
槍を掴み取り、怪物ごと引き寄せる。ゆっくりと距離は縮まっていく。
「p"!?p"p"」
何が起きているのか理解出来ていないのか、受け入れられないのかは不明だが、慌てふためき触手をうねらせている。
そしてもう、その触手を掴み取れる距離だ。
「■す■ァ…!■ェ…死■…!」
首を握り潰すほどの力で掴みながら、空いた右手で触手を引き抜く。
皮膚が破れ、青い血が飛び散る。脳のような器官が見え隠れする。
「p"y"……p"」
触手を投げ捨て、右手に魔力を込める。赤黒い魔力。鋭く、抉り取るようなイメージで纏う。
抵抗は感じるが、絶対に逃がさない。左手に更に力を込めると首の肉が千切れ、血管らしきものを今度は掴む。
魔力を纏った右手を、心臓の部分に突き刺していく。ずぶずぶと肉を割き骨を断って進む。
「ミッけた」
心臓を掴み、握り潰す。
「p"…!」
大きく痙攣し、命が絶える。それと同時に重力らしき力も消える。
怪物は足から塵となり、少しずつ崩れていく。最後に残ったのは、怪物が持っていた槍と、真っ黒な魔石だった。
バルバトスじゃないよ。ヴォルヴァドスだよ。
バーサークじゃないよ。ベルセルクだよ。




