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堕ちる覚悟


 僕たち3人は、10階への階段にたどり着いた。


 9階は魔物の数が更に増え、僕も軽度だが傷を何度か負った。その傷はもう既に治ったので気にかける必要はないのだが、二人は違った。

 明さんは右脚を犬の魔物に噛まれ出血多量、中村さんはゴブリンの攻撃が頭に当たり、脳震盪を起こしている。


 脳震盪についての知識もないので無理に動かさず、寝かせておく。

 明さんの傷には、錬金術によって生み出された回復薬を試して見る。


 「この回復薬って、飲むタイプなんですかね?それとも傷口に直接かける?」


 「ど、どっちでも良いから…!くそっ、中々血が止まらない…!」


 うーん、まぁ傷にかけてみよっか。


 「じゃあ傷にかけますね」


 包帯を解いてもらい、緑色の回復薬を直接かけてみる。すると、回復薬がボコボコと沸騰する様に泡立ち、明さんは痛みに悶え始めた。


 「ッぎ。ッァアあ!?ぃっってぇ〜ぁぁ!!」

 

 床を転がり、叫び、喚く明さんを見てすごい罪悪感に襲われる。コレ、もしかしたら飲むタイプだったかもしれない。すごい痛そう……ごめんなさい。


 「ぐ。ぁぁあ痛ぇぇ!今までで一番痛い!!噛まれた時より痛いのはどういう事だよ!くそっ!」


 すごい痛そうだが、傷は塞がったようだ。そして、明さんが落ち着く頃には中村さんも目を覚ました。

 結構早めに意識が戻ったので、そこまで重症な脳震盪ではなかったのだろう。とはいえ、油断は良くない。

 

 「大丈夫ですか?何があったか覚えてます?体調は?」


 「……あ…たま…痛い」


 最初は辿々しい喋りだったが、少しずつ調子を取り戻し、5分もすればかなり落ち着いた。


 さて、二人は何とか大丈夫と言えるくらいにはなったが、次の階層に進めるとは思えない。

 ここに置いていく?もし僕だけ先に進んだらこの二人がどうなるのか分からない。案外普通にこっちに登って来れるかもしれないし、扉を閉じた瞬間に魔物が現れて…という事もあるかもしれない。

 けど、別に見捨てても良くね?とも思ってしまう。だって現状、足手まといでしかない訳だし。


 だけどそれは正しいと言えるのか?正しくないとダメなのか?善でいたいのか、それともただ善だと思われたいだけなのか。 

 思考は無駄に回転し、意味のない考えが加速する。自己肯定と自己否定。善と悪。他人の命と自分の命。


 明確なのは、この先も足手まといを連れたままなら僕も死ぬという事。

 ならどうする――見捨てる。それで良いのか?

 

 『良いに決まってる』


 僕じゃない()()が肯定した。その誰かは、いつも正しくて、僕を救ってくれた……()()だ。今はもう形を変えた、生存本能のアビリティ…その破片・残滓だと、僕は確信する。

 本能は、正しい。醜いほどに。きっと従えば僕はどこまでも堕ちるだろう、人として。


 「中村さん。調子悪い時に申し訳ないけど、回復薬と解毒薬にその他諸々、作ってもらって良い?」


 僕は。


 「2人は、ここで待ってて下さい」

 「10階は僕が攻略してきます」


 堕ちる。その覚悟を決めた。


 「それじゃあ、行きます」


 2人は、僕を応援してくれた。

「頑張って」「ありがとう」「ごめんね」「頼んだ」


 「……はい」


 階段を登り、扉を開く。

 振り返ると扉は消えていた。


 『やあ。久しぶりだね、英雄』


 そう声を掛けてきたのは、死を纏う案内人だった。


 『お別れはもう済んだのかい?最後の別れにしては素っ気なかったじゃないか。もう一度、会わせてあげようか?』


 顔は見えないが分かる、コイツは笑っている。その様は、昨日の夢で出会った誰かと似ていた。


 「久しぶりって程じゃないだろ?昨日会ったばかりだ」


 『はは、そうだったね。おっと、怖い怖い。そんな目で見ないで欲しいね。私はただの案内人で、君は英雄で攻略者。そうだろ?』


 「ああそうだな。じゃあさっさと仕事してもらおうか」


 案内人が一言発するたびに、背筋が凍る。次の瞬間には心臓をもがれてしまうような威圧感と緊張感。怖い、怖いがそれ以上に不愉快だ。

 

 『さて、じゃあ説明するよ』


 『この10階は所謂ボスと戦う階なんだ。本来ならそれなりに強い魔物と戦うだけなんだけど。君、英雄だろ?だから、私の用意した試練に相応しい魔物と戦ってもらう』


 『英雄には祝福と試練が与えられる。じゃないと、不公平だし、つまんないだろ?それは良くない。非常に良くない。神は退屈を何より嫌うからね』


 分からない事だらけだ。祝福も試練も神も。分からない、今すぐ知るつもりもない。

 今はただ、血に染まりたい気分だ。何もかも忘れて、己をぶつけ合う殺し合いがしたい。

 

 「説明はもういい。試練を」


 そう言うと、案内人は楽しそうな声で話しながら一歩ずつ近づいてくる。


 『うんうん。やる気は十分みたいだね。いいよいいよ!神々(私たち)はね、君みたいな英雄が大好きなんだ!輝くように生きて、戦って、死んで破滅する……そんな英雄がね』


 僕の肩に手を置き、耳元で囁く。


 『最後まで足掻いて、絶望して、折れそうになった時。私を呼んでよ……助けてあげるから。特別だよ?私、朱鷺くんのことすっごい気に入ってるからさ』


 魂が悲鳴を上げるほどに美しく、妖艶な声だ。なのに醜悪な気配がするのは、コイツが根から腐っているから。

 今は恐怖よりも、殺意が上回っている。


 「試練を」


 『分っかりましたー!一名様ご案内ー!』


 手を引かれ、連れられた先には鉄製の扉があった。その扉はとても大きく、高さは5メートル、横幅も3メートルはあるだろうか。全てを拒絶するような鉄の冷たさと存在感が感じ取れた。

 

 『次に会うのは20階かな?待ってるからね。期待してるよー』


 20階もボス戦で、しかも試練とやらって事なんだろうか。つまり10階ごとにボス戦があると見て良いだろう。

  

 『あ、忘れる所だった。そう言えばもう少し上に君を探してる2人組の女の子がいたよ?早めに会ってあげると良い。それじゃあ、貴方が試練を乗り越えれますように』


 そう言い残して案内人は視界から消滅した。


 二人組の女の子ね…。心当たりはあるが、それはまぁ置いておいて。

 扉を軽く押すと、床と扉が擦れてか重低音がうるさく響かせながら扉が開いていく。


 1分後には完全に扉が開く。


 その先は完全なる暗闇で、全く中が見えない。恐らく、入るまでのお楽しみと言った所だろう。


 僕はスキルとアビリティを発動させてから中に入った。


 

 

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