エリートサキュバスとドーテー英雄
どんと音を立てサキュバスは床に倒れ込み、肩を上下させ荒い呼吸で空気を取り入れる。
解放されるのがあと少し遅れていれば最低でも気絶、死んでいた可能性も十分にあった。
「はッ…はッ…んぐッ!ゥエ」
サキュバスは理解できなかった。何故首を絞められたのか、殺されかけたのか。しかも先程まで自分に見惚れていた、明らかに女慣れしていなさそうな青年に。
上を見上げ、自分の首を絞めたクソ男の顔を見る。
そこにいたのは戦士である。先程までの青年ではない。無情に、冷静に、敵を殺す戦士である。
「名前は?」
朱鷺はサキュバスに問う。冷静に、冷たく。
「…」
沈黙。
だが、拒否の沈黙ではない。ただ混乱と恐怖で答える事ができなかったのだ。
朱鷺はもう一度問う。
「名前は?」
二度目の質問。答えなければ、答えなければ殺される。サキュバスの頭はそれで一杯だった。
「ぁ、ア、アンスリ!アンスリです!」
アンスリ。サキュバスはそう名乗った。
「…そうか。なあアンスリ。聞きたいことが何個かあるんだけどさ」
「はっ、はい?なんでしょうかぁ…」
アンスリは少しずつ平静さを取り戻してきた。そして思考し始める。どう逃げるか、と。
「お前、どう言う目的でこの家に侵入した?まずどうやって侵入した?魔法か?」
「目的は、その〜。何と言いますかね〜。アレですアレ。さっきも言ったじゃないですかぁ〜、アレですアレ」
朱鷺は少し考える。彼女はサキュバスであるらしい。
サキュバスとは自分の知識では男の夢に入ったり、なんというか、色々ヤッて精気?を絞り殺してしまう悪魔みたいなものだと。
ならコイツもそうなんだろうと。
「…で、どうやって家に入って来た?魔術か?魔法か?」
「いやぁ、普通に窓が開いてたので〜。ぱぱっと、入っちゃいました♡」
先程までの調子を戻しつつあるアンスリに警戒を強める朱鷺。そして緊張感と危機感のない上の階の誰かを恨んだ。
何故か警戒された!と驚くアンスリ。
「仲間はいないのか?」
「あ〜。いないですねぇ〜。気付いたらこの世界に飛ばされたので〜。サキュバスは私一人です〜」
飛ばされた。という言葉に朱鷺は疑問を抱くが、質問を続けた。
「皆んなが寝てるのは?魔法か?いつになったら目を覚ます」
「それは〜私の、と言うかサキュバス特有の魔法、睡魔ですぅ〜。多分朝までは起きませんよ〜」
特徴的な、可愛らしい口調でアンスリは答える。
今は完全に平静を取り戻し、どう自分の美しい首に傷をつけた落とし前をつけさせるか考えていた。
一方朱鷺も、この不法侵入、推定殺人未遂の魔物にどう対処するか考えている。
さっきは首を絞めたりもしたが、やはり相手の見た目が美しい女性であることが朱鷺の行動を少し制限していた。
「さっき、この世界に飛ばされたと言ってたが、どう言う意味だ?」
精気搾り取ってやると考えていたアンスリだが瞬時に切り替え、質問に答える。
「私もあんまり分かってないんですよぉ〜。ホントに気付いたらこの、第六世界でしたっけ?に来てたんですよぉ〜。ホントですぅ〜」
「第六世界…?」
この世界に飛ばされた。魔法。第六世界。新しく得た情報を処理するため朱鷺は少し黙り込んだ。
その間にアンスリも思考を巡らせる。今私に取れる行動は、逃走か戦闘か、人質か色仕掛けか。
二人は思考する。
そして最初に思考を終わらせたのはアンスリであった。
「あの〜?」
「…なんだ」
「とりあえずぅ〜…えっちな事しません?」
朱鷺、思考停止!
アンスリ、攻めに出る!
「は?」
「いや〜だって、私サキュバスですよ?勿体無くないですか?もう二度とサキュバスとスる機会ないかも知れませんよ?」
「いや…シたら死ぬんだろ?嫌だよそんなの」
「え?いやいや死にませんよぉ」
アンスリの目が泳いでいるのを朱鷺は見過ごさなかった。
どれだけ人型だろうが、言葉を話せようが、美しかろうが、やはり人の敵、魔物であると朱鷺は確信する。
「…」
「そんな怖い顔しないでぇ〜気持ち良くなろ♡」
そう言うと同時にアンスリの右手に魔力が集まり、空中に謎の紋様が浮かび上がる。
これは魔法陣。魔法…魔力による超常的な現象を行使するのに必要な儀式の一つである。
それへの詳しい知識は無いが、朱鷺は危険を察知し、回避しようとする。
「ざぁ〜んねん♡もう遅〜い」
アンスリの魔法が発動する。
空中に浮かぶ紋様が光を放ち、姿を消す。そしてすぐ、朱鷺は異変に気付いた。
身体が動かない。動かせない。
「これはぁ〜女王様の血を引くえりーと?サキュバスにしか使えない魔法『妖艶なる女王の誘惑』って言うの♡身体動かないでしょ?ねぇ?ねぇ?」
彼女の行使した魔法『妖艶なる女王の誘惑』は少なくとも、常人であったなら抵抗することは出来ないほどに高位の魔法である。
だが、彼は英雄に選ばれた者である。
「…」
ピクリと、朱鷺の指が動く。
アンスリはそれに気付かない。
「ふふっ♡頭がおかしくなるくらい…いや元々おかしいか!ふふっ!じゃあ…快楽で脳みそ溶かして、餓死するまでバカみたいに腰を振るバカにしてあげる♡」
アンスリはその細く美しい腕を朱鷺の首に回す。そして少しずつ顔を近づけていく。
鼻と鼻がぶつかる程に近づく。そして…。
英雄は動き出す。
超至近距離のこの状況で、殺さず、だが行動を不能にする方法。朱鷺の身体はそれを覚えている。
アンスリの両腕を掴み、右斜め上に引き上げる。それと同時に身体を右に捻り、右足を左足と交差するように踏み込み、そして左足でアンスリのふとももを蹴り上げた。
彼が最も得意とし、最も練習を積んだ技『内股』
アンスリは自分が投げられた事を認識する前に、宙に浮き、すぐに床に叩き付けられた。
ドシンと、鈍く重い音が家中に響く。
「…死んだか?」
受け身も取らせず、勢い良く柔らかいとは言えないない床に叩き付けた事で殺してしまったのかと朱鷺は思った。
「…ぃ…」
どうやら生きてはいるが、身動きは取れない様だ。
その隙に朱鷺はアンスリから目は離さずに、ガムテープを用意し、腕や足、尻尾や蝙蝠のような翼もガムテープで何重にも巻き、拘束した。
絵面は最低である。
「…ク…」
数分が経ち、アンスリは喋れる程度に回復してきた様だ。
「…このっクソ男」
アンスリは罵倒されるが、朱鷺はあまり気にしていない様だ。
「魔物に何言われてもねぇ」
「クズっ!クソ!さっきまで胸ガン見してたくせにぃ!」
「今も見てるよ?」
「この童貞野郎!劣等雄!一生一人でヤッてろ!」
高校生なんて皆んな童貞だもんと自分を慰め、気持ちを切り替える。
更に情報を聞き出そうと質問(状況的は完全に尋問だが)を再開する。
「まあ落ち着いて。死にたくないでしょ?」
柔らかく、優しい声で話す。だが彼の眼は暗く曇っていく。狂気の眼だ。
「…何が聞きたいの」
「じゃあまずは…」
アンスリは自分の答えられる限り質問に答えた。あまり抵抗する様子もない。
それは朱鷺に自分を殺すつもりは無いと気づいたからだ。
もし殺意を隠しているだけで、用済みになったら殺すつもりなら奥の手もあると。
それから2、30分ほど朱鷺は自分の思いつく限り質問した。
「…もう無い?私帰っていい?」
「あぁうん。さっさと帰って下さい。あ、魔法解除してから」
「はいはいはい…これでいいでしょ」
アンスリが指を鳴らすと、掛けられていた魔法が解ける。そして最後にこう言い残して玄関から出て行った。
「今度会ったら、全力で殺すから」
「あっはーい。それじゃあお帰り下さい」
アンスリは舌打ちし、夜の世界に飛び去って行った。
朱鷺は、あの可愛い言葉遣いはどこに消えたんだろうとか、なんだかんだちゃんと玄関から出て行ったの可愛いなとか考えながらリビングに戻り、そのまま寝てしまった。
…
……
………
『防衛失敗』
『魔物が侵入しました』
『魔物が侵入しました』
『魔物が侵入しました』
…
…
『■神:■■■■■■■■が侵入しました』
…
…
『迷宮の王が目覚めました』
『日本の終焉作戦が始まります』
『作戦名は…』
『作戦名は天地開闢です』
実は裏でめちゃくちゃ頑張ってたヤツらがいたんです。どれだけ人間が活躍(魔物倒したり)しようがMVPに選ばれるのは彼らだと思います。