淫魔、英雄の扉を開く
三人称…なのかなぁ?
世界から文明の光が消え、夜は真に闇の世界となった。
そんな中、日本のとある家の居間にランプの小さな光が灯っていた。
「はい俺の勝ち。何で負けたか今すぐ考えて下さい。ほな、クッキー頂きます」
「いや、二人でババ抜きは成立してなかったじゃん。無効無効。指スマにしようや」
居間には少年が二人。時刻は既に22時を越え、この家の人間は二人以外静かに眠っている。
では何故二人は起きているのか。それは、夜襲に備えるためであろう。
平和な日本では聞く機会などほぼ無かった言葉だが、今は違う。今の日本、いや世界は未知の生物『魔物』によって危機に晒されていた。
その割にはあまり深刻そうな雰囲気ではない二人。今は眠らないよう遊んでいるようだ。
「やっべぇ、眠い。いつもだったら2時くらいまで起きてられんのに」
「まあ今日は疲れたし、だって殺し合いよ?そりゃ眠いよ。僕も眠い」
「あ、そう言えばさ。あんま聞かなかったけど、栗林…死んだんだっけ…?」
少し表情を深刻そう変えて、そう聞いたのは長身茶髪な優男、仲の良い友からはまっちゃんと呼ばれる少年、松本海斗。
問われた方の少年、水柳朱鷺はその問いを聞き、眉を顰めて頷いた。
「まぁ…うん。それで?」
朱鷺は目の前で貫かれた彼女を思い出し、かなり気分は悪くなったが会話を続けた。
「…いや。そう言えば同じクラスの吉田が栗林のこと好きだったなって」
「はあ…。あの堅物委員長がね。どこの辺が好きって?」
「巨乳だかららしい。実際どうだった?」
朱鷺は普通に怒った。
「死ぬか?」
「すみま…ごめん」
海斗はレベルが五倍の差、更に『英雄』に選ばれた者の怒気に晒され、友達であっても普通に怖かった。
とはいえ朱鷺は本気では怒ってはいない。栗林とそこまで親しく無いのもあったが、なにより海斗の悪癖を知っていたからだ。
彼は誰かに自分の悩みを相談しようとする時、恥ずかしさからか、その相談相手が怒るような言葉を使ってしまう。それが原因で彼女と別れたりもした。
「で?何か相談でも?」
海斗は朱鷺に悩みがあると見抜かれていると分かり、恥ずかしかったが、少しずつ話し始めた。
「こんな状況になって、人が死んで…死体転がってて、婆ちゃんとか爺ちゃんとか大丈夫かなってさ…」
海斗は話していくうちに、涙や鼻水が止まらなくなっていた。
「怖いんだよ…みんな死んじゃうんじゃないかって…みんな、殺されるのかなって…考えれば考えるほど、悪い方に考えるんだ…」
「たった数回、戦っただけなのに…もう怖いんだよ…なあ、どうしたら、朱鷺みたいに…殺せるんだ…?」
海斗は恐怖していた。当たり前だろう。
死も、戦争も、殺しも知らぬ平和に生きてきた少年が急に死に触れたのだ。むしろ、恐れぬ方が異常なのだ。
それに対し、朱鷺はどうだろう?
彼は、何か恐れたのだろうか。むしろ、この状況に愉しみすら覚えているのでは無いのだろうか。
彼は異常なのだ。それは朱鷺自身も自覚してきていた。
「良いんじゃね?それで」
朱鷺は異常である。それでも、彼の根は善である。
「前に出て魔物殺すのは僕がやるし、誰も殺させない。だからまっちゃんは死なない程度に魔術で攻撃してれば良いよ」
少しの沈黙。静寂な空間。
そして海斗は流した涙が床に落ちると同時に喉を震わす。
「は、はは…やっぱ朱鷺はちょっと頭おかしいな。薄々感じてたけど」
「なんやねん。慰めてやってんのに。やっぱまっちゃんはイケメンなのは顔だけなんじゃ」
それから暫く、互いを罵り合いながら会話を続けた。
そして、話も落ち着くと海斗は急激に眠気に襲われたようだ。
「うわ。ヤバイ。めちゃ眠い…」
「はぁ?寝るなよ。交代まで後2時間だぞ」
「ぃや…ごめ…むり…そ…」
そう言って海斗は眼を閉じ、そっと床に倒れた。
「ちょ。寝るな寝るな。そんなん僕は許してくりゃあせんよ」
朱鷺は海斗を揺さぶり、耳元で少し大きめな声を出す。それでも全く反応はなく、寝たふりでもしているようだ。
「いや、えー。はあ…」
全く起きる気配がなく起こすのを諦めた朱鷺は、ため息をつき、ステータスでも眺めようとしていた。
そんな時、上の階から物音が聞こえた。それから今度は誰かが階段を降りる音が聞こえる。
朱鷺はまだ交代には早いな、誰が起きたんだろうと思いながらその"誰か"を待っていた。
ふと、違和感を感じた。いや違和感というよりももっと具体的な、感じたことのある何かだ、と。
これは、魔力だ。そう直感した。
そしてその瞬間、扉は開かれ、その"誰か"が姿を表した。
ランプの光に照らされたその誰かを朱鷺は目にする。
ソレは、女性のようであった。だか、人ではないだろう。何故ならソレには、翼が生えている。角が生えている。尻尾が生えてる。
ソレは静かに、だが堂々と、しっかりと歩みを進めている。隠れようという意思は感じられない。
ソレの姿を朱鷺はしっかりと視認した。そして、ソレも朱鷺を視認する。
「あれぇ〜?起きてる〜?効かなかったのかな〜?」
ソレは言葉を発した。その言語は日本語に違いない。確実に人ではないのに。
「誰だ、お前はッ」
朱鷺の問い掛けに対し、ソレは怯むこともなく、正直に答える。
「私は〜サキュバス!よろしくね♡」
朱鷺の頭は一つの言葉に埋め尽くされた。
えろい!
朱鷺は見てしまったのだ。彼女の姿を。
彼女の身に纏っている服は。いや服と呼ぶにはあまりに面積が少なく、纏っているという表現も適切ではない。
服というより、水着いや布切れだろう。
纏っているというより、巻き付けている。
そして何より…そのたわわッ!巨大ッ!
その姿は16歳の少年には過激が過ぎる。猛毒、劇毒、圧倒的妖艶ッ!
「もぉう♡そんなみないでよぉ〜」
サキュバスの声で我に帰った朱鷺は、控えめ言ってめちゃくちゃに動揺していた。
「え、サキュバス?サキュバスってなんすか?いやまず寒くないすか?何か服持ってきますか??」
動揺し慌てる朱鷺を見てサキュバスは少し微笑み、優しく、色気のある声を響かせる。
「大丈夫だよ〜寒くないよ〜。ね!君!この服とっても可愛いでしょ!」
「ェッハイ!可愛いですっ!」
サキュバスは軽い足取りで朱鷺に近づき、手を握った。
「ね!名前、教えて♡」
胸が、当たる。まず正気を保てる雄は存在しないだろう。それをサキュバスは理解している。
「ぅへ…あッ朱鷺っす」
距離が近づいた事で、更に鮮明にサキュバスの容姿が分かり、朱鷺はそろそろ限界を迎えそうだった。
サキュバスは、日本ではまず見ない赤い髪。目は大きく、鼻も高く、彼が生きてきた中で今まで一度も目にしたことがないレベルの美であった。
「にしても変だなぁ。何で君には効かなかったんだろうね?」
「へ?」
「実はねぇ。私、魔法でこの家の人たちを眠らせたの〜。なのにトキくんは起きててぇ〜。変だねぇ?」
「変っすねぇ〜」
完全に堕ちきっているようだが、彼は仮にも英雄であった。日本には僅か17人しかいない、人という種族の頂点。それが英雄である。
彼には生半可な魔術、魔法は通じないだろう。
だが、サキュバスは彼に対する最適な行動をとった。それは、素の、魔法を一切用いない純粋な魅了。
「ま、いっか〜。トキくんは特別にぃ〜。な♡ま♡でしてあげる♡」
生。
朱鷺の耳が拾い、脳がその言葉が理解した時。彼の脳裏に友との語らいがフラッシュバックした。
………………………………………………………
『なあ!この中で一番早く童貞捨てるの誰だと思う?』
『まあ普通にまっちゃんじゃね?』
『自分でもそう思うわ』
『そうかぁ?俺は案外トキリンだと思うわ』
『マ?いゃぁ〜困りますねぇ〜僕がイケメンだからってぇ〜』
『あ、最初に捨てたやつは残りの二人にラーメン奢りな!』
……………………………………………………………
「あ」
朱鷺は、完全に正気に戻っていた。依然として眼前のサキュバスの身体から目は離れないが…。
「ん〜?なぁに?あ、大丈夫だよ♡そこの彼は絶対起きないよ〜。だ、か、ら、安心して、しよ♡」
「あの、その前に。一つ、いや、二ついいですか」
サキュバスはにこりと笑い肯定した。思わず朱鷺はドキリとするが、正気を保つ。
「まず、写真撮っても?」
写真という言葉にサキュバスは首を傾げるが、特に気にする事なく了承した。
そしてすんなり二人はツーショット写真を撮影し、朱鷺が満足そうなのを見てサキュバスは更に笑みを浮かべる。
なぁんだ。やっぱりカンタンだ、と。
そして二つ目はなぁに?とサキュバスは上目遣いで尋ねる。
それに対し朱鷺は。
「えー、あの。ハイ」
「大丈夫だよ♡なんでも言って?」
じゃあ遠慮なくと。朱鷺は言い、続けて。
「スキル『狂戦精神』、『バーサーク』。アビリティ『闘争本能』、『狂身狂霊』」
サキュバスは目の前の男の気配が変わったのに気付く。そして変わったのは気配だけではないことも。
明らかに魔力、存在感が増している。
気付くことは出来た。だが、次の行動は予測することが出来なかった。
「ぃぎっ」
サキュバスは首を掴まれ、壁に押し付けられた。
「ぅ…ぁ"あ"…ぐ」
少しずつ、首を絞める力が強まっていく。
それを成すのは先程まで、彼女に見惚れ、堕ちかけていた少年である。
「ゃ…め」
彼の眼には、狂気があった。狂気に染まっていた。
それを彼女は見てしまった。
狂気に見つめられた貴女。SAN値チェックです。