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第9話 悪行その身に報い

 竜の乙女の伝承は、この国の民なら幼子も知っている御伽噺(おとぎばなし)だった。


 他国から攻められたセブリオ国は滅びの危機に(ひん)した。荒れた国土と傷ついた民に心を痛めた美しい乙女が、山に棲むという竜へ願いを捧げた。彼女の清らかな心と美しい姿に惚れた竜は最愛の乙女の願いを聞き届ける。敵を退け、戦で荒れた大地を豊かに潤した。


 竜に望まれて妻となったメレンデス公爵令嬢は、竜との間に2人の子供を残す。男女の子供は王や女公爵となって国を守った。力を使い眠りについた竜はいつか目覚め、()()()()()()竜の乙女を迎えに来る。


 ありきたりの「めでたしめでたし」で終わる童話だが、この伝承はずっと絵本として語り継がれている。その最たる理由は竜の乙女であるメレンデス公爵令嬢が存在し、その左手の甲に竜の文字が浮かぶことだった。現実に目に見える形で竜の乙女が確認できれば、伝承は真実となる。


「なによっ! あんたなんてぇ!!」


「ティファ!」


 伯母様と向き合っていたせいで、後ろから飛び掛かる影に気づくのが遅れた。


「無礼者っ! 触れるでないわ」


 叫んだ伯母様の叱咤と、「あぶない」と私を抱きしめて庇おうとしたフランシスカの声。振り返った先で手にしたワイン瓶が、振り下ろされた。


 まだ未開封の赤ワインが満ちた瓶は重く、女性の力であっても殴られたら痣程度では済まない。せめて伯母様や親友に当たりませんように。私の痛みなら我慢できるから……そう願った私の眼前でワイン瓶が破裂した。


 何が起きたのか。


 目の前に逞しい背中が広がる。黒く艶のあるローブの男性が守ってくれたのだと思い、礼を口にしようとした。しかし震える唇は声を紡げない。喉に張りついた声が、吐息になって漏れる。強張った身体から力が抜けた。


 割れた瓶の中身を被ったのは、私ではなくカルメンだった。ぼたぼたと垂れる赤い液体はまるで血液のようだ。割れたガラスで多少のケガはしたかも知れないが、カルメン自身も状況が理解できない様子で自分の濡れたドレスを眺めている。ほとんど下着にしか見えないけれど。


「えぇ? なにぃ! これ、なんなのよぉ」


 半泣きでガラス瓶を足元に投げ捨てる彼女に、誰もが「自業自得」「因果応報」と同情しない。紳士淑女が集まる王妃殿下の誕生祭を台無しにし、王太子殿下を竜の乙女から寝取った下品な女へ、好印象を持つ貴族はいなかった。

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