第8話 婚約者のいる方にまで!
リオ兄様の気遣いは嬉しいけれど、私だけ知らなかったなんて。それだけじゃなく、ロベルト様やカリスト様にも言い寄ったという。ロベルト様は宰相閣下のご子息で、カリスト様のお父様は騎士団を纏める将軍職に就いておられる。
深く考えるまでもなく、権力者の跡取りに言い寄ったと明言したのだ。玉の輿狙い――最初からそういうつもりだったのだろう。カルメンの出自に興味もないが、上位貴族の令嬢である可能性はゼロだった。庶子という可能性もない。たとえ愛玩動物であっても、ここまで野放しで無礼な生き物を育てる貴族はいないからだ。
多数の相手と同時に付き合うのは、未婚であってもふしだらな行為とされ、嫌悪される対象だった。たいていの貴族子女は幼い頃に婚約者を決めたら、それ以外の相手と付き合うことはない。
カルメンが言うストーリーや攻略対象の意味はわからないが、彼女の行いがこの国で嫌悪される類である事実は揺るがなかった。
「クロード様以外もクリアしたかったのに! どぉして反応がないのぉ? 私はちゃんと、ストーリー通りにしたじゃないのぉ」
叫びながら近くにあったテーブルの上のグラスを叩き落とすカルメンの品がない八つ当たりに、侍女や侍従が困惑顔で王太子を見つめる。止める気がないのか、彼女の言葉に衝撃を受けた様子のクラウディオは動かなかった。完全に固まっている。
あのひと、突発的な出来事に弱いのよね。あれで王太子の教育を受けたと言うのだから、よほど教師が酷かったか、上手に手を抜いたのだろう。本当に夫にしなくてよかった。
「ロベルト様、カリスト様。どちらも婚約者がいらっしゃるのに」
靡かなかったと名を出されても、正直、迷惑でしかないだろう。あの2人はリオ兄様と同じ年齢だったかしら。思い浮かべながら視線を彷徨わせれば、婚約者と腕を組んだ2人が顔を顰めていた。
当然の表情だと周囲も同情の視線を向ける。互いの婚約者にすでに話が通っているのか。彼女たちは腕を組んだ婚約者に対し、詰め寄る様子はなかった。そう考えると、リオ兄様がフランシスカに事前に話を通したのも当然だろう。あのような痴女と知り合いだと勘違いされては腹立たしく、名誉を傷つけられるのだから。
「ティファ、髪がほつれてしまったわね」
伯母様の声に顔を左へ向けると、頬にかかった銀髪を優しく直してくれた。幼少時に亡くなった母の記憶は薄いが、王妃である伯母様が母親がわりに可愛がってくれる。寂しいと思ったことはなかった。
「ありがとうございます、伯母様」
ここで王妃殿下なんて呼称したら、叱られてしまうわ。伯母様はもう、メレンデス公爵家にお戻りになるのですもの。玉座に倒れ込んだ国王陛下には申し訳ありませんが、返していただきます。
「公爵様はどちらかしら」
フランシスカの言葉に、そういえば父が騒がないと気付く。娘である私を溺愛する父が、この騒動に何も言わず動かないのはおかしい。気づかれないよう周囲を伺うも、父の姿は見えなかった。
「確かにビクトルがいないわね」
伯母様も父の姿がないことに首をかしげて、何かを思い出したように「ああ、わかったわ」と頷いた。
「竜の乙女の伝承を確認しにいったのよ」