第7話 悪役令嬢って何ですの?
王妃の離縁宣告に驚いた国王陛下が玉座に倒れかかり、貴族は騒然とした。その最中、甲高い声が響く。
「あの女のせいよぉ! 何なのお!! 悪役令嬢のくせに、ヒロインのあたしに逆らうつもりぃ?」
下品な話し方のせいで、誰の発言かすぐにわかる。フランシスカが口元を扇で隠し、舌打ちした。気持ちはわかるが、人に知られると兄や彼女の評判に関わる。
「はしたなくてよ」
「いいのよ、あなたにしか聞こえていないわ」
侯爵令嬢らしからぬ振る舞いだが、確かに私しか気づいていないなら問題ないわね。くすっと笑って流し、正面で喚き散らすカルメンに視線を戻した。
先ほどクラウディオを叩くために畳んだ扇を広げ、顔を半分ほど隠す。淑女の嗜みとやらは、確かに便利だった。今まで邪魔な小道具だと思っていたけれど、こんなに使えるなんて、認識を改めなくてはいけませんわ。今後の夜会の必須アイテム……あらやだ、もう顔を出す必要はないのだわ。
王太子の婚約者という肩書がなければ、無駄な夜会やパーティーの招待を断る事ができる。自分の好きな人とお茶会をして、のんびり過ごせるなら最高じゃないかしら。もっと早く破棄して貰えばよかった。
「悪役令嬢? 何をおっしゃっているのかしら」
相手が下品だからと言って、同じレベルの受け答えをしたら、こちらの品位を疑われる。竜の乙女であり公爵令嬢としての品格は、私の誇りだった。毅然と顔を上げて応じる。
「悪役令嬢じゃないっ! 私はこのストーリーのヒロインなんだからぁ。ちゃんと前の世界で読んだのぉ。あんたがクロード様を苦しめて、縛り付けてぇ、脅してたんでしょお? だからあたしが救ってあげるの」
頭がおかしいのだろうか。何を言っているのか、意味がわからない。悪役令嬢という単語も初めて耳にした。前の世界とは、前世のことだとしたら神や竜の領域の話だと思うけれど。彼女の言った内容は半分以上が意味不明だった。
「真剣に取り合うのも馬鹿らしくなるわ」
フランシスカが溜め息をついた。やはり彼女も意味が理解できなかったらしい。本音を上手に隠す扇の優秀さに、口元が緩んでしまう。こうして顔を半分隠すだけで、淑女らしからぬ仕草や表情を気づかせない。
「お黙りなさい。お前は誰に向かってその不遜な言葉を吐くの?」
不敬罪どころではない。竜の乙女は、この国の守護神である竜によって選ばれた象徴なのだ。宗教としての形はなくても、誰もが竜を崇める国で竜の代理人たるメレンデス公爵令嬢へ喚き散らす行為は、貴族なら爵位剥奪になる重罪だった。
王妃としての地位を返上した伯母様は、先代の乙女だ。すでに子を成した伯母様が、新たな乙女になることはない。当代の乙女が私なのだから。それでも発言権は王妃であった頃と変わらなかった。
咎める響きにびくりと肩を揺らしたが、カルメンは開き直ったように再び言い返した。
「だっておかしいじゃない! ちゃんとストーリー通りにクロード様を手に入れたのに、エミリオ様はあたしを振るし、攻略対象のロベルト様やカリスト様も冷たいなんてぇ! 絶対に、あんたが何かしたのよぉ!!」
「え? リオ兄様にも言い寄ったの?」
思わず漏れた言葉に、兄の婚約者であるフランシスカが教えてくれた。付き纏われて困っていると相談を受け、フランシスカと協力して追い払ったのだと。
「いやだわ、教えてくれたらよかったのに」
除け者にされた気分で呟く。尖らせたピンクの唇を、フランシスカの絹の手袋がそっと押した。
「リオのお願いだったの。大切な妹を心配させたくなかったのでしょうね」
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