次世代『竜舞う空の下で』5
晴れた実家の庭で、並べられた茶菓子に手を伸ばし、アデライダはふと目を細めた。
「懐かしいわね」
王家に嫁いだ後、義務だと割り切って日々を乗り越えた。弟ベクトルは必死に貴族に根回しし、義務を果たした王妃が実家に戻れるよう働きかけを行う。なかなか上手くいかない状況を打破したのは、美しく儚い義妹が産んだ甥だった。次の竜の乙女である妹を守ろうとする甥の姿に、かつて弟と交わした約束を思い出した。
――姉上を自由にしてみせる。
叶うはずがない夢。早々に諦めたアデライダと違い、ベクトルもエミリオも俯くことはなかった。その姿に、いつか……自由になれるのでは? と期待が胸を焦がした。その頃、3人目の子供を産んだアデライダは夫との同衾を拒む。
義務を果たした以上、好きでもない男と体を重ねる自虐趣味はなかった。甘やかされて育つ王太子を放置し、王女達を近くに寄せない。各貴族家を実家の派閥へ誘導し、少しずつ歯車を狂わせる。それがアデライダにできる、精一杯の応援で抵抗だった。
婚約が解消されて『婚約者のいない竜の乙女』が伝承の通りに実現されるよう、愚かな息子の女遊びに目を瞑る。甘やかされ好き勝手に振る舞う、王太子への愛情はない。
貴族を繋ぐ道具として扱われる娘達へ愛情を示せば、エミリオやベクトルが動きづらくなる。だから近づけなかった。お茶会に呼ばないのも、気持ちが残っているからだ。彼女達も、自分同様に利用される王家の駒なのだから。中途半端に愛情を示して期待させ、それが裏切られた時の痛みを教えたくなかった。
直接愛情を注げない分、厳しく躾けた。勉強やマナーに手を抜くことを許さず、放置した王太子と比較にならない良い娘に育ってくれた。今は侯爵夫人であり、伯爵夫人として、夫を支える彼女達を思い浮かべた。
近いうちに彼女達に声をかけて、みんなでお茶を飲めばいいわね。子育てが一段落したフランシスカはともかく、3人目を懐妊したエステファニアは体調が気になる。今までと違い、悪阻がひどいと聞いた。果物やさっぱりしたお茶を用意させなくては……。
そこで擽ったい気持ちになり、アデライダは微笑む。こんなに幸せな老後を過ごせるなんて、本当に夢のようだった。国の犠牲にされそうだった姪は、竜帝に愛されて幸せな結婚をした。彼女達の子も、エミリオの子も、実の孫同様に可愛い。
ゆったり流れる空の雲を見上げると、赤い竜が旋回して敷地に降りてくるのが見えた。はしゃぐ幼子の甲高い声が響き、それを追いかける兄の姿――昔のエステファニアとエミリオを見るようだ。
可愛いミレーラを選んだ赤い竜の騎士を迎えましょうか。立ち上がったアデライダに向け、赤毛のアグニを連れた子供達が走ってくる。両手をミレーラとクルスに掴まれた騎士は、アデライダの前で足を止めると軽く会釈した。
「一緒にお茶でもいかが?」
「ぜひ、ご一緒させていただこう」
「大伯母さま、どうぞ」
まだ子供なのにクルスは気取った所作で、アデライダにエスコートの手を差し出した。小さく気高い銀髪の騎士に手を預けたアデライダが腰掛けると、愛しい番を抱き上げたアグニが向かいに座った。
「良いお天気ですこと」
「竜が飛ぶのに最高の好天です。どうですか、一度空を舞ってみては」
「心臓が止まりますわ」
おほほと笑って断るアデライダに、アグニは肩を竦めて膝の上のお姫様に声をかけた。
「ミラは飛ぶか?」
「うん」
「僕も」
ミレーラとクルスが声と一緒に両手を上げる。
まだまだ幼い彼女にとって、いつも遊んでくれる兄のようなアグニは、家族同然だろう。いつか幼女が少女になって乙女になる頃、この感情が愛情に変わっていることを願い、アデライダは幸せな光景に口元を緩めた。




